第34話 第一回チキチキロクサーヌ恋愛会議 後編

「12のあの時、私は無理やりヤレばよかったんだ!! 今すごい後悔してます!!」


ぎゅーっと渾身の力でコンコルド君を抱きしめながら、すんごい事を言うロクサーヌ。

私は12の時、ザリガニ釣りをして、泥抜きしてそれを茹でて食べてた事を思い出していた。

美味しかった。

そういえば近くの料理店に売っぱらって小遣い稼ぎもしていたな。

あとロクサーヌに渾身の力で抱きしめられてるコンコルド君が必死の表情で、ロクサーヌの腕をタップしている。

あ、現実逃避してないで止めないと。


「ロクサーヌ、まずはコンコルド君を離してくれ」


とりあえず意見する。

ロクサーヌは大人しく従った。

コンコルド君は慌ててロクサーヌから離れる。

ガーベラは次は私がコンコルド君を抱きしめる番だというような顔をしているが、お前の番なんか来ない。

ああ、もう無茶苦茶だ。


「落ち着いてください、ロクサーヌ嬢。まず12はさすがに駄目です」

「王都のギルドマスター殿は12歳の、よその国の御姫様と婚約してますよ!」


モロゾフ大司教が諫めるが、ロクサーヌは力強く反論する。

そういえば政略結婚とはいえ、12歳と婚約してんだよな、王都のギルマス。

貴族って凄いよな。


「きっともう、私が考えてた以上に凄い事してますよ! 貴族ですし! 実に羨ましいです!!」

「落ち着きなさい。ロクサーヌ嬢。きっとスズナリ殿は12歳の御姫様だけでなく傍付きの女騎士までベッドに巻き込んで一緒になって凄い事をしていると王都でも噂です。ですが落ち着きなさい」


本当に貴族って凄いな。

私――マーガレットは再び自分の12歳の頃、剣術指南所で学んだ「長い槍で包囲された際にどうやって逃げるか」という超難題を与えられた――自分の身体に散々槍で小突き回される事を味合わせた教師への憎しみを思い出していた。

今度、この村の青空剣術指南所で子供達相手に試そうと思う。

憎しみが血肉に変わるのだ。

まあ、現実逃避はもう良い。

というかモロゾフ大司教は止める気あるのか。

私が頭を抱え始めると、ゼスティがコホンと息をついた。


「特権階級層の話はそこまでにしておきましょう。あと、私が知る限り王都のギルマスは童貞です。ギルドのトップスリー、スズナリ・アルデール・オマールの三人は童貞三人衆として有名なのですから。何か、別な意見は?」


コンコルド君が挙手した。

そしてスラスラとホワイトボードに文字を書く。


『もうその馬鹿力で無理やり押し倒せばよいのでは』

「それは恥ずかしいです」


今更何言ってやがんだ。

ロクサーヌは今まで叫んだことを忘れたかのように、貞淑じみた女性に戻ってそう呟いた。

コンコルド君は黙してホワイトボードを握ったまま固まっている。

横でポツンと座ってるルリが挙手した。


「ところで、私の兄アルデールが未だに童貞というのは本当ですか?」

「それは今の場にはそぐわない質問です。が、あの三人は童貞の顔であることを私が保証します」


ゼスティに何がわかるというのだろう。

私は今まで我々パーティーの頭目として信頼を置いてきたゼスティの変な側面を目の当たりにしながら、再び現実逃避を始めようかと考えた。


「ちなみに私も童貞です」


別に聞いてねえよ。

私は誰も手を挙げなくなったのを見計らって、挙手した。


「はい、マーガレット。何か良い案がありますか」

「目安箱ってあるじゃん。王都に」

「ありますね」


目安箱。

庶民の進言の投書を集めるために、王様が王都に設置した箱。

我が国の御姫様が働く暴挙への悪口から(最近は大人しいらしいが)、各直轄地の代官への苦情。

また色々やくたいも無い愚痴その他ひっくるめて王様に直通で届けられる。


「その目安箱がどうかしましたか? マーガレット」

「目安箱にカーライルとロクサーヌを結婚させてあげてくださいって書いて投げ入れとけ」


ゼスティは、貴女は何を言っているのですかと言う顔をした後に。

少し考え込んだらしく、一つ時を置いて呟いた。


「カーライル、今は王都に王様に直接会いに行ってるんでしたっけ」

「そう、アルバート王からは気軽に来いって言われたとカーライルが愚痴吐いてた」

「そう、確かそうでしたね」


ゼスティはうん、と頷いてまた黙り込んだ。

そうして長考を初め、誰しもが黙り込む。

誰もがそれに飽き、モンゾがガーベラを真剣に口説き始めたころに。

やっとゼスティは口を開いた。


「アルバート王はカーライルの事を良く知っている」

「そう、だからそのカーライルに関する投書を耳にすれば必ず興味を示す」


私はゼスティの考えに合わせるように言葉を続ける。


「詳しい事情を知れば、フランクでちっちゃな意地悪大好きなアルバート王の事です」

「必ず面白がる」


ゼスティが丸眼鏡を光らせて、悪い笑みをする。


「良いですね、とても良い案です。マーガレット。少なくともカーライルはアルバート王に抵抗する手段を持たない」

「アルバート王が『結婚しろ』と命令すればめでたくゴールインさ」


私はゼスティに合わせて悪い笑みを浮かべる。

だが――


「ちょっと待ってください」


ロクサーヌが口をはさむ。


「なんですか、ロクサーヌ。この案に何か問題が?」

「カーライル様の意思がそこに介在していません。私は無理やり結婚したいんじゃないんですよ。多少強引な手段を取るにせよ、カーライル様が納得した形で結婚したいんです」


お前12の頃に既成事実作り上げようとしてたろ。

今更何言ってやがる、という気分になるが。

……まあ、女としてカーライルの最後の領分を守るというか、男が納得した形で結婚したいという気持ちはわからんでもない。


「じゃあ駄目か」

「いえ、やりましょう」


ロクサーヌはふんす、と鼻息荒くゴーサインを出した。

お前どっちなんだよ。


「この際、愛は結婚生活で勝ち取ります。まずは事実です」


やー、と叫ぶような感じでロクサーヌは腕を振り上げた。

結局それか。

マーガレットは、「私の兄ってもう24なのに童貞なんですか」というルリの小さな呟きを聞き流しながら、やれやれと首を振り、とりあえずロクサーヌ恋愛会議とやらが終わった事に安堵した。

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