星石と宙獣


 空井昼夜が転入してきたのは、マヤカ山がズタボロになった二週間後のことだ。


 マヤカ市に頻発した地震や山で起きた地すべりの原因は、見つからなかった。

 巨大な岩の怪物を見たという根拠の怪しいウワサが密かに流れ、それがかつての消えた隕石騒動と関係があるのではなんて推察が盛り上がったけど、どれもハッキリとした証拠は無い。例によってウワサ話は時間と共に衰退して、空井昼夜の再転入と共に過去の話題だと見向きもされなくなっていった。


 昼夜の転校と転入は親の仕事の都合と説明され、クラスメイトはみんなして「結局それってどんな仕事なんだ」と首を傾げたけれど、昼夜はいつも通り、あいまいな優しい笑みで追及を逃れる。前と少しちがうのは、「お前はなにか知ってるんじゃないか」とオレにまで質問の火の粉が飛んできたことだ。

 もちろん、オレは何も知らないと白を切るのだが。


「怪しいよね」


 席替えで隣の席になったクラス委員の倉田さんは、じぃっとオレの事を見て呟く。

「怪しいって、なにが」

「千葉くんと空井くんの関係。仲が良いのはいいことだけど、絶対何か隠してる」

「気のせいだろ。いたってふつうの友だちだぞ、オレと昼夜は」

「そうだけど、たまに二人でなにかコソコソやってるでしょう?」

 オレと昼夜の宙獣対策会議のことだ。

 バレてたのか、と思いながらも「やってない」とオレは否定するしかない。

「なんかしてるとしたら……アレだ、昼夜の質問に答えてるだけ」

「ああ、生き物の? そっか、まぁそうだよね」

 倉田さんはまだちょっと怪しんでる風だったけど、どうにかオレの言葉で納得はしてくれたようだった。実際、そういう時の方が多いし。

「でも、空井くんが戻ってきてくれてよかったよね。千葉くんも楽しそうだし」


 前の千葉くん、ちょっと辛そうだったもん。と倉田さんはつぶやいた。

 昼夜が急に転校した時のことかと聞くと、「ううん」と彼女は首を振る。

「その時もだけど、それより前からさ。……空井くんが来てから、千葉くん良い顔してる」

「……かな」

 倉田さんとは、去年も同じクラスだった。

 だから知っているんだ。オレが一番沈んでた時のこと。

「あ、でもそれ、昼夜には言うなよ? なんか、知られたくない」

「そう? うん、分かった。言わない。……だから二人の秘密を~」

「だからそういうのは無いって」

「ふふ、冗談冗談。あ、もう先生来るよ」

 倉田さんの追及が終わって、オレはホッと息を吐く。

 チラっと前の方にある昼夜の席に目を向けた。どうやら昼夜は、オレと倉田さんの会話には気づかなかったみたいで、こっちも安心だ。

(にしても、気づかなかったな)

 昼夜が来るずっと前から、オレは平気なつもりでいたんだけど。

 昼夜に救われた部分って、オレが思ってるより多かったのかも。


 放課後、オレは一度家に帰ってから、いつもの公園に顔を出した。

 先にベンチで待っていた海璃は、オレの姿を見ると小さく手を振ってくる。

「昼夜は? 先行っててくれって言ったんだけど」

「まだです。彼のことですし、もうすぐ来るんじゃないですか?」

 どうぞと隣を示されて、オレは海璃の横に腰掛ける。

「空井さんの調子、良さそうですか?」

「すっかり元通り。やっぱアレが効いたんだな」

「ガンジェイナの塗り薬ですか。あるんですねー、ああいうの……」

 ひび割れた昼夜の体は、あの夜ムリして外に出た事で更に悪化したのだが、結果としてすぐに回復に向かった。

 その理由は、ガンジェイナの剥がれた岩肌にある。

 昼夜が言うには、ガンジェイナの剥離した岩には、ルミナ人のような石人間に良い成分が大量に含まれているらしい。それを小さく砕き割り、溶かして割れた体に塗り込むことで、昼夜の体はみるみる内に元に戻っていった。

「しばらくは変な色になってたけどな。元の色と全然ちがくて」

「そりゃあ、なんだかんだ言っても砕いた岩ですからね……どうなってるんでしょうか、ルミナ人の体って」

「分かんないことだらけだ」


 遠い星から来た石人間と、どこかの宙の獣たち。

 オレも海璃も彼らについては知らないことばっかりで、だからこそ、一つ一つの出来事が、新鮮で面白かった。


 ともあれ、あの時にムリをしてでもガンジェイナを捕まえて正解だった。

 そのおかげで、昼夜は元気に学校に通い、オレたちと一緒に宙獣を捕まえに行けているんだから。


「あ、来たみたいだぞ」


 話していたら、昼夜も公園にやってきた。

 何をしてたんだと聞くと、イヌをみていたのだと彼は言う。

「ほら、地球のイヌって色々いるでしょ? だから面白くって。散歩してた柴犬ってイヌとか、細長いのとか……なんで細長いんだろう、あのイヌ?」

「ダックスフントのことか? あれは品種改良でそうなってるイヌで、元々はアナグマを狩る目的で、穴に潜りやすい形状にしたヤツだな」

「そうなんだ! じゃあアナグマって?」

「アナグマってのはな……」

「はい、そこまで! 雑談は後にして、宙獣の話を進めましょう。情報、色々集めてきましたので」

 ついつい脱線しそうになるオレたちに、海璃が元の目的を思い出させる。

 そうそう、今日も宙獣を捕まえるために、情報を共有しに来たんだった。


「最近よく聞くのは、空をふわふわ漂ってるヒツジのことで……」

「なんだそれ、まるで雲だな」

「似た宙獣はいるよ! ヌュヤープっていう宙獣で……」

「言い辛いですね……ヌ……ヌヤ……」

「雲ヒツジで良いだろ。それってどんなヤツなんだ?」

「えっとねー、最大の特徴は……」


 そうしてオレたちは、また次の宙獣を探して歩き回る。

 次に会う宙獣は、どんな面白い生き物なんだろうな?

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星石と宙獣 螺子巻ぐるり @nezimaki-zenmai

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