栄光とお邪魔モノ

にぽっくめいきんぐ

栄光とお邪魔モノ


 姉と入れ替わったままここに来てしまった。


 入れ替わりは、一卵性の姉妹ふたごならきっと思いつく遊びだと思う。でも今は、遊びどころじゃなくなっている。


 トンネルがある。巨大プールに設置されたウォータースライダーのような形の、黄色が濃くて、狭いトンネルだ。

 銃を持った男の人が2人、トンネルの入口を固めている。

 その2人は無言。でも目の動きが「トンネルに入れ」と言っている。


 私はトンネル前のタラップに足をかけ、穴に入って腰を下ろした。浅めの深呼吸を一つ。


「世界を救う時間だ」

「「公国に栄光を」」

 2人の男の人の声は高かった。その声に応じて、私は勢いをつける。黄色くて暗い穴の中を、私は両手を肩に置いて滑って行った。


 姉も今頃は、灰色のトンネルをくぐっている頃だろう。

 彩りを奪われて、私のよりも傾斜のゆるやかなトンネルを。


 私は祖国の延命を、姉は他国の滅亡を、それぞれ期待されている。

 どちらにしても、生贄にえであることに変わりはない。行き場所が違うだけのこと。


 いくつかのカーブをクリアする。スピードが落ちないよう、体を真っ直ぐに伸ばして、首だけは上げた態勢で。


 トンネルの中に、いくつかの横穴を見かけた。どの穴も、上の方から合流しているみたいだ。


 周囲の黄色が薄くなった。

 いいえ、『雲の大地』を突き抜けて、下界に出たんだ。

 太陽の光を浴びたトンネルの、壁の色が変わったように感じただけ。


 そしてほどなく、傾斜がきつくなり始めた。

 『すべる』という感覚から、『落ちていく』という感覚に変わっていく。

 ここまで来れば勝手に加速するから、態勢は自由だと指示されている。

 自由なんだけど、つい、縮こまってしまう。

 私は元々、高いところから落ちるのが苦手なんだ。


 周囲がいっそう明るくなったのが、体を丸めて縮こまったままの私にもわかった。空に出たんだ。


 ばっと体を広げれば、きっときれいな世界が見えたことだろう。

 おばあちゃんが昔教えてくれた、大きな水たまりと、緑と茶色の混じった地面。下界の地面はフワフワではなくて、固いらしい。


 空中での態勢をどう制御するか、その訓練を私は受けている。

 でも、私はずっと縮こまったままだった。


 地面の上には、厄災が積みあがっているだろうから。

 地面の上に積み重なった、灰色と複数の原色とから成る厄災は、いつか祖国を突き破ると言われている。誰が生み出した業なのかは分からない。


 その業の中に姉が居るのなら、私は体を広げてそこを目指し、そして一緒に、この世界から消えたい。でも姉は、違う国へと送りこまれている。


 まったくおかしな話だと思う。

 国同士で争い合って、相手の厄災を増やすなんて。

 そんなの、誰が面白がるんだろう?

 自分達が幸せになることだけを、どうして考えられないんだろう?


 黄色く染まったはずの私は、縮こまったまま落ち続けた。空気抵抗の影響なのか、加速している感じはしない。


 着地点は何色だろう?


 もうすぐ、地面だ。


<了>

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