第15話 海に散る

 海辺に立つ。打ち寄せてくる波は休むことを知らず、とろとろと私の足を這う。少しずつ、砂浜に足が沈んでいく。このまま、全てが沈んでしまうように思えてくる。   どうせ、今から沈んでしまうから、怖いなんて思わないけれど。今はもう、慰めようと頭を撫でる手も、あの温かい笑顔に触れることもできない。


 嗚呼、もう一度、あの人の声を聞けたら。


 小さく肩を震わせて笑う。疲れた、全てを諦めた大人の笑い。白いワンピースが風で旗めく。しゃがみ込んで、海水に手を浸す。


「何で、あの時だったんだろうね」


 見えない彼に向かって話しかける。


「私たち、いつもタイミング合わないよね」


 服が濡れるのも気にせずに、砂浜に腰を下ろす。


「あの時、間に合ってたら、違ってたのかな」


 決して、問いかけても答えは返ってこない。


「聞こえないよ」


 ——聞こえないよ、ねぇ。


 答えてくれるのは波の音だけだ。温かく降り注ぐ雨はもう、海の向こうに行ってしまった。

 息ができなくなりそうで、私は思い切り息を吸い込んだ。そのせいか咽せて咳をしてしまった。


「何してるの」


 笑いながら聞かれた気がして横を見たけれど、誰もいなかった。青く、青く、暗く、深い静寂が私を包み込んでいく。その静寂は、私が今、たった独りでここにいることを強調しているようだった。


 どろっとした、しかしサラサラとした液体が私に纏わりつく。嗚呼、そうか、泣いているのか。まだ、自分は泣くことができたのか。振り返ると、堤防の切れ目から縁結び神社が見えた。頭上には銀色の月と、満天の星空が広がっている。


 ——神様、もし、生まれ変わりというのがあるのならば。


 海水が、私を濡らしていく。


 ——もう一度、彼の隣に。


 辛くて、苦しくて、叫び出したかった。何処までだって深く、沈んでいきたい。あの時の星のように、深く深く、光の届かない海の底へ。







 そして私は————海に沈む。

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海に散る 平川彩香 @XTJpx5L1

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