Over the Floating ~ girl(s) sight ~

ブーカン

Over the Floating

 昼と夜の狭間はざまの空。

 オレンジをキラキラとチラつかせる川面かわも

 鉄の浮き島。

 もうすぐ花火が上がる、この喧騒。

 隣には、あなた。

 ――こんな素敵な景色の中で、これからきっと、失恋する私。


「そういうところだったのよね」


 濡れたから、といって上着をかけてくれた彼に、私は言った。

 

「……そういうところ?」

「私、兄さんの束縛そくばくもあって、同年代の子との付き合い、あまりなくて……。すいさんほどじゃないかもだけど」


 彼女の名前を出すのが、ほんの少し――ホント、少しだけ悔しくて、それをごまかすように、彼の上着を引き上げた。


「男の子に優しい言葉を掛けられるのって慣れてなくて、それであっさり、つよしくんにポーっとなったわけ」

「……うん」

「……どう? コレ」


 私はそう言って、自分の浴衣ゆかたの足元――スソをピン、ピンと引っ張った。

 大輪の向日葵ひまわりがら

 今日のために買った、この浴衣。


「……すごい似合ってると思うよ」

「ふふ。そう? そうかしら。ぜんっぜん、私の趣味じゃなかったのよ。この浴衣」

「……どストレートだな」

「でも……、緑の、緑の、ってお店で探してたら、これが目にまったの。なぜだか見惚みとれちゃったわ」


 あなたが好きだと言った色だったから。

 それだけ――だと思ってた。


「……今は好きよ。この浴衣を着た私を、強くんに見てもらえたのが嬉しかった。思い出が重なって、これはきっと……私の一番になる。そんな変化も起きるのが――起きてしまうのが、この気持ちなのよね。こんなに嬉しいなら、私はいくらでも変わっていける」


 隣に座る、彼を見た。

 ほら、また困ったような顔してる。

 その困った顔が可愛くて、もっと可愛くしてみたくて、いつも私は素直になれない。

 だけど――今、このときは違う。


「――信じてもらえないかもしれないけど、強くんと会うとき、強くんが視界に入ったとき、私の胸はいつもドキドキしてるの。ずっと見ていたいと……、そう思うの。これは、吸唇きゅうしんのキスのせいなんかにはさせない、私自身の……ホントの気持ち」


 私の想いは、このひと言だけで伝わる。


「大好きよ」


 私の心は、このひと言だけで溢れてる。


「……」


 彼が見つめてくる。

 いつものような困った顔じゃなくて、何かを決めた顔。凛々りりしい顔。

 あなたは、そんな顔もできるのね。


「……何を言っても、どうしても、ソフィーを傷つけてしまう」

「……うん……。知ってる……」

「だから、単刀直入に……伝えるね」

「……うん」

「謝らないよ」

「……うん」


 きっとあなたは、綺麗に私を振ってくれる。

 そう信じて、いいのよね。


「僕には……大事な人ができたんだ。ソフィーのことはとても大好きだけれど……、それとは違って……大事な人ができた」

「うん」

「その人を想うと、僕は身体を後ろに一歩引いてしまいたくなる……。『違うんじゃない?』って逃げ出しそうにもなる……」

「……」

「でも、それはめようと思う。ソフィーみたいに……、真っ直ぐに向き合って、変えたいと思う」

「……ふふ。私みたいにって……それは……ズルい……言い方ね……」


 瞬きの度に、私の頬を涙が伝っていく。

 彼も……ふふ。

 どうして? ふふ。泣いてる。


「だから……だから、僕は……ソフィーには……こたえられない……」

「……ふふ……ふふっ……」


 震えながら、私は笑った。

 思い描いていたとおりの答えに、笑った。

 予想外の言葉が少しも出てこなかったことに、笑った。


「ふふっ。ふぅ、ふ、うぅ……」


 ホント、ホント……、笑っちゃう。


「く……うぐぅ……ぅううっ!」

 

 笑わせてくれるわよね。

 どうして、こんなにツラいの? 

 知ってたのに。分かりきってたはずなのに。

 どうして私は、みっともなく彼にしがみついてるの?


「うぅっ! う……んぐぅ……うぅうっ!」


 それでも――これくらいは許してほしい。

 あなたを好きになった私に、これくらいのわがままだけは――。

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