第45話 自爆

 突然、林の中から大輔の前に飛び出してきた一人の男。


 慌ててライトを向けた大輔の目に、黒のスーツに派手なシャツを着た白人の大男が映る。しかも、その上半身には自分が来ているのと似たベストが装着され、手にはAK-47が握られていた。


「え?」


 敵の存在は予期していたものの、男の必死な形相と異様な格好に戸惑う大輔。


 一方、男は大輔を見つけた途端、いきなり発砲してきた。


 ドドドドドド


「うわッ!」


 大輔は咄嗟に両腕を交差させ、防御姿勢を取る。放たれた弾丸のいくつかが身体に当たるも、大輔の鎧には傷一つつけられない。


『死ね! 死ね! 死ね!』


 男は叫びながら、なおも射撃を続ける。フルオートで連射したAKはたちまち弾切れを起こし、男は予備の弾倉を取り出そうとポケットに手を入れる。


 しかし、交換はスムーズにはいかない。男は目の前の大輔のことよりも、身に付けたベストがいつ爆発するかで頭が一杯だった。なぜなら、ベストの起爆装置が自分以外の人間に握られていたからだ。


 それは、大輔を殺せなければ自分が死ぬことを意味していた。


 命が掛かる緊迫した状況では極度の緊張により心拍数が上がり、平常心ではいられない。普段当たり前のように出来たことが出来なくなる。


 それを防ぐ為には高ストレス下での訓練と反復練習を積むしかない。だが、マフィアの一員として自堕落な生活を送ってきた男にそんな訓練などしているはずもなく、結果、弾倉交換にもたついてしまう。


 焦る男は言葉にならない怒号を発しながら、強引に弾倉を銃に差し込んだ。


 本来なら、この隙に攻撃を仕掛けるべきだが、大輔にそんな器量は無い。


 男は弾倉を交換し終えて引金を引くも、今度は弾が出ない。チャージングハンドルを引き忘れ、弾倉の弾を薬室に装填してなかったのだ。


 それに気づかず、慌てて銃を確認した次の瞬間……


  ドォン


 男の着ているベストが爆発する。男の身体が弾けると同時に、爆薬と一緒にベストにあった無数の鉄球が大輔に降り注いだ。


「ッーーー!」


 悲鳴を上げる間も無く爆発の衝撃と鉄球を浴びる大輔。幸い、近くとはいえ距離があったことから大輔の爆薬は誘爆せず、大輔自身も無傷だった。


「……ど、どういうこと?」


 辺りには肉片と血が散乱し、呆然とする大輔。自爆攻撃というものを初めて体験し、驚きと恐怖がごちゃ混ぜになる。



『いたぞッ!』


 そしてまた、同じベスト着た男が現れ、銃を乱射してきた。


 ドシュッ


 しかし、直後に男の頭に銃弾が突き抜ける。


 男は血と脳ミソをぶちまけながらその場に倒れ、何が起こったか知覚することなく、目を見開いたままピクリとも動かない。


「うえ……」



『大輔、その男が出てきた方向に側道がある。そこから山に登れ。それと、少し用事が出来た。しばらく援護は出来んが、後は任せた』



 突然のレイからの無線。


「あの! ちょっ――」


 しかし、再び無線は切られてしまった。


「任せたって……」


 しばし考え込んだ大輔だったが、どんなに考えても無駄だと諦め、レイの指示どおりに山を登りはじめる。


「と、とりあえず、遺跡を使わせないようにすればいいんだよね……」


 …

 ……

 ………


 ゴクリッ


 側道を登った先に、ポッカリと開いた洞窟を見つけた大輔。まさに、ここが目的地だと言わんばかりの状況に、無言で唾を飲み込む。当然、ただで済むわけはないと分かり切ってる。


 だが、大輔はこういった状況は実は初めてではない。それどころか異世界で散々体験したことだ。


 古代遺跡の探索。地図も情報も無く、何が起こるか分からない迷宮。罠や魔物が待ち受ける未知なる世界に、かつて大輔は挑んでいた。


 しかし、今この場には大輔ただ一人。頼れる『エクリプス』の仲間はいない。


 すー はー 


「やっぱ、この雰囲気は慣れないなぁ……」


 不安な顔をしつつも、大きく深呼吸し、覚悟を決めて足を前に踏み出す。


 勿論怖い。入りたくない。出来ることなら帰りたいと思う。しかし、夏希が率いた『エクリプス』の一員になった時から、大輔は何事にも逃げないと決めていた。


 夏希にガッカリされることの方が、大輔にとって何より恐ろしいことだ。


 レイの援護も無く、自分一人という状況が逆に大輔に覚悟を決めさせた。



「や、やるしかない……よね」


 …

 ……

 ………


(やれやれ、自爆ベストとはな……)


 レイは消音器付きのアサルトライフルの銃口を下げると同時に、視線を下に落とす。足元には喉を掻っ切られた兵士がおり、手にはリモコン式のスイッチが握られている。


 どうやら敵はマフィアの下っ端に自爆ベストを着せて、大輔の排除に使っているようだ。しかも、自爆スイッチは本人ではなく、離れた場所から他の兵士が握っており、銃撃で仕留めれば良し。出来なければ自爆させるという鬼畜ぶりである。


 仮にも元は正規の軍人だった者がすることではない。それも、元軍人とそれ以外では仲間意識が無いようだ。


 探知魔法には先程とは打って変わり、いくつか派手に動く人間の反応がある。恐らく自爆ベストを着せられたマフィア達だろう。しかし、起爆スイッチを持つ監視役の兵士は既に始末している。爆発の心配はないだろう。


「所詮はマフィアってとこか」


 レイは自分が大輔にしてることを棚に上げ、残りの敵の排除に動いた。



(他に兵士の気配は無い。自爆マフィアを外に放ち、主要戦力は遺跡内の防衛に切り替えたか。やはり、本当に遺跡を起動する気か? だが、今は大輔に任せるしかない……)


 敵の排除の他に、レイには気になることが出来ていた。それを確認するまでは、大輔の援護には向かえない。



「さて、覗き野郎の顔でも拝んで来るとするか」

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【書籍化&コミカライズ】ヴィーナスミッション ~元殺し屋で傭兵の中年、勇者の暗殺を依頼され異世界転生!~ MIYABI @MIYABI82

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