悪者とお姫様-6

 翌日、私は逃げるように実家を後にした。急用ができたからと、最寄りの駅まで送ってくれるよう母に頼み、僅かばかりの荷物を詰め込む。


 サヤちゃんの告白。それは今の私には刺激が強すぎた。


 眠って脳をリセットしようとしたけれど、唇に残る苦みとグロス、それから胸の温もりは消えることなく、それどころか意識をすればするほど深く深く刻まれるようだ。


(なんだか呪いみたい。……もう、やめやめ。忘れよう)


 荒れかけた道路を跳ねるように進んでいると、不意にスマホが鳴った。着信だ。見覚えのない電話番号からだった。


 セールスかと無視を決め込もうとするが、ひょいと横から取り上げられてしまった。


「ちょっ、お母さん!?」


「はーい、今代わるからね」


 勝手に電話に出た母は、勝手に私へと電話を引き継ぐ。スピーカーを耳に当てて声を待つ。


 数分にも感じられる静寂の末、聞こえてきたのは覚えのある声だった。


「ごめん。顔、見たくないかなって思って……見送りには行かなかったんだけど」


「それなのに電話は掛けてきたんだね? というか、電話番号、教えたっけ?」


 お母さんが教えました、と隣から声が飛んでくる。なぜサヤちゃんは母と繋がっているのかと、そこにも底知れぬ意図を感じるが、私は目を瞑ることにした。


「で、何の用なの、サヤちゃん」


「……普通に話してくれるんだね」


 トーンを落としたサヤちゃんに、否が応にも昨日の出来事が引きずり出される。


「あんなこと、したのに」


「後悔するなら最初からしないでよ」


「後悔じゃなくて……何というか、ほっとした」


「ほっと?」


「幼稚園からの付き合いの人はたくさんいるけど、『幼馴染』はリナちゃんだけだから」


 だから失いたくなかった。それでも気持ちは伝えたかった。揺れ動くサヤちゃんは、きっと衝動的にあんなことをしたのだろう。たまたまコンビニで出会って、たまたま近況を知って。


 私のどこにサヤちゃんが夢中になるのかは理解できないけど、それでもほんの少しだけ、彼女の気持ちが分かる気がした。


「次帰って来る時は教えてよ。食材とか諸々の準備、しておくから」


「本当にするの、バーベキュー」


「もちろん。ケイ君も会いたがってたし」


 ケイ君に話したのかよ。口止めをしなかった昨日の自分に悪態を吐きつつ、出そうになる溜息をぐっとこらえた。


「同窓会をしたいのは山々だけどさ、そろそろ就活もしなきゃだし……予定、全く分からないよ?」


「リナちゃんに合わせるよ。それに就活なら、こっちでやればいいじゃん。大学四年生ってほとんど授業ないんでしょ?」


「卒論――」


「卒論は夏休みが終わってから書き始めれば大丈夫って、お姉ちゃん言ってたよ」


 滅亡を背に隠した楽観が誘惑してくる。経験者談と聞くと何となくできる気がしてしまうのが怖いところだ。


 何とか言い訳を――と頭を巡らせていると、サヤちゃんは特大の爆弾をぶち込んできた。


「ちなみにケイ君、百合豚だから。私たちの仲は応援してくれてるよ?」


 むしろ別れるとすら言い始めているから、とサヤちゃんは電話口でカラカラと笑う。外堀から埋められているような気しかしない。今度この田舎に戻ったら、二度と都会の地は踏めないだろう。


 冷や汗の流れ落ちる予感に、私は固く誓うのだった。


(就職先は絶対に都会で見つける――!)



  ―完―

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悪者とお姫様 三浦常春 @miura-tsune

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