第6話 彼と私と、その未来。



 彼の訪れなくなった部屋。

 それでも、その他の事は取り立てて変わらない日常。

 相変わらず仕事はヘマをする日もある。でも、そんな時は本屋に立ち寄って、好きそうな小説を買って、隣の喫茶店でコーヒーを飲みながら読んだ。そうすれば、嫌なことは大体忘れる。

 強く生きていかなくては、と思い始めていた。

 遅かっただろうか。

 否、何かを始めるのに遅過ぎると言うことはない。ーーーなんて、何処かで聞いたことある。誰かの台詞。本当に、そうだと思う。

 青い鳥に幸せを運んで貰おうとしてはいけない。幸せにして貰おうなんて思ってはいけない。


 だって、幸せを運ぶ青い鳥は、空を飛べないのだから。


 よちよちと、あの可愛い足取りでまさか、私の元まで歩いて来ない。

 私は、私の力で幸せになら無ければいけないのだ。

 それは、彼も同じこと。

 彼もそんなことは百も承知で生きているのに、その心配りの器用さに、不器用に生きている。まるで呪いのように。


 どうか、貴方を幸せにしてくれる人と出会って。……なんて。


 勿論、そんなことは思わない。

 変わらず、彼の世界が、彼がありのままで生きていける世界になりますように、と願う。



「いらっしゃいませ。……おや、お久し振りですね」


 小説を開いているくせ、他事ばかり考えてしまって全く読み進められずにいると、カラン、とベルが鳴り、次いで店主の明るい声が耳に入る。

 誰だろう?ーーー小説から、ふと視線を上げる。視線が合い、その人は微笑んだ。……今日の月明かりに負けないくらい、眩い笑顔で。

 「考えてみたんだけど…」と、形の良い唇が、私に向けて音を紡ぐ。


「やっぱり、貴女と幸せになりたいと、……どうやら僕は想っているらしい。振られておいて、未練がましいけど…」


 彼にまた出会えたという驚きと、続くかもしれない言葉を想像して、フライングで溢してしまった私の涙を、彼は優しく人差し指で掬い取る。


「…僕達、やり直せないかな……?」


 人の姿のその、私の青い鳥は。

 その二本足で確かに私の元にやって来てくれた。

 返事の為に、口を開く。漏れそうになる嗚咽をなんとか堪えた。



 ーーー…今度こそ、私が。



 貴方を幸せにしてあげる、なんて、そんな言葉じゃない。

 今度こそ、私が。

 貴方と一緒に、私達の幸せを見付けたい。

 その先の未来で、貴方と一緒に、笑っていたい。


「私がっ…!今度こそ!……貴方が、嘘をつかなくていい世界を作ってみせる。だから…っ、私達っ、」


「また、始めよう。最初から」ーーー私が紡いだその言葉に。

 彼は今まで見てきたどんな笑顔にも敵わない、極上の微笑みを浮かべて、「やっぱりね」と言う。


「僕の『ほんとう』は、此処にある気がしたんだーーー…」


 貴方を想った決意の夜の後、の、その後。

 私達はまた、共に有ることを選んだ。










ー完ー

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幸せの定義と青い鳥の正体 将平(或いは、夢羽) @mai_megumi

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