第5話 隠し事

「それでクラシスは、僕に何を聞きたかったの?」


 先ほど彼女が何か話そうとする前に、僕が話を遮ってしまった。


 途中で止めてしまったあの時、彼女は何を話そうとしていたのだろうか。改めて、クラシスに確認する。


「はい。ギル様がまた、戦乙女クランを脱退したいとレオノール様に訴えたと聞いたのですが、本当ですか?」

「あー、うん。さっきレオノールと話して、また却下されてきたよ」


 ほんの少し前の出来事の筈なのに、クラシスの耳にもう入っていたようだ。情報を察知するのが早い。


 しかし、その話か。僕は思わず、気の抜けた声で返事をする。そんな僕の様子を、ジッと見つめて真剣な表情を浮かべるクラシス。


「なぜ、ギル様は戦乙女クランから脱退しようとしているのでしょうか?」

「えーっと、それはね……ちょっとね」


 僕は理由を話せずに、口ごもる。


「何か不満があるのでしたら仰って下さい。私なんかがギル様の力になれるかどうか分かりませんが、戦乙女クランを抜けたいと思っている貴女の意思を変える為なら、何でも手伝います」

「うーん、それはねぇ……。何と言ったらいいか」


 クラシスの気持ちをひしひしと感じた。本気で、僕の事を心配してくれているのがよく分かる。


 原因が何か聞き出して、その問題を解決してくれようと手助けを申し出てくれた。ただし、この問題に関してサポートするのは無理だろうな。


 実は男なので、男子禁制の戦乙女クランから出ていくべきだから。なんて理由は、クラシスに話せない。


 僕が戦乙女クランを離れたいと思う理由は、残念なことに彼女には解決することは不可能だった。


 彼女は、僕が男性であることを知らない。長年付き合ってきたが、最初からずっと女性だと偽って接してきたから。


 事実を知った時に、一番激怒しそうな人物がクラシスだと思う。だから、彼女には特にバレないよう注意して性別を隠してきた。


 彼女のように真面目な性格をした女性にバレでもしたら、とんでもない事になってしまうだろう。


 女性の格好をして男子禁制の戦乙女クランに入り浸っていた変態男として、衛兵に突き出されて処罰されるだろう。絶対に、許してはくれないだろうな。


 だからクラシスたちには知られないように、今も全力で真実を隠し続けている。




 まさか、こんな事態になるとは予想していなかった。


 最初はレオノールの夢だという女性だけのクラン立ち上げを手伝うことになって、適当な時期になったら抜け出せばいいだろうなと考えていた。


 というか何回も抜け出そうとしていたのに、その度にレオノールに引き戻された。そして僕は現在も、戦乙女クランに所属し続けることになってしまった。


 レオノールは僕を絶対に辞めさせようとはしなかった。隠れて抜け出そうとしても絶対に見つかって、必ずギルド拠点に連れ戻される。


 戦乙女クランは、今では王国にある数多くの冒険者クランの中で三本の指に入ると言われる実力派クランとして、とても有名な巨大組織に成長していた。


 クランメンバーの女性もどんどん増えてきて、僕の隠している性別がバレてしまう確率も年々増加しているだろう。


 いつか、真実にたどり着くクランメンバーが現れるかもしれない。


 一刻も早く、クランマスターであるレオノールから戦乙女クランを抜け出す許可を貰って姿を消さないといけないのに、その許可を貰えない。


 そういう訳で僕は、クラシスには絶対に本当のことは話せない。申し訳ないけれど事実を誤魔化すしかない。


「はぁ……」

「大丈夫ですか?」


 ため息をつく僕を気遣ってくれる優しいクラシス。それなのに騙さないといけないという事に、とても申し訳ない気持ちになる。


「僕のような古顔は、そろそろ退いて後の子たちに任せたほうが良いんじゃないか、って思ってさ」


 僕の語った言葉の内容は辞める理由としては嘘だけれど、本音も少し混じっていたからクラシスが納得してくれたらいいな、と思って語った。あわよくば、後輩たちに後を任せて戦乙女クランを抜けられないか、と。


「そんなこと、あり得ません! ギル様はずっと、戦乙女クランで皆と一緒に戦ってきました。今や貴女は戦乙女クランのシンボルとなっているのです! だから絶対にクランには残るべきなんです!」

「し、しんぼる?」


 そんな僕の考えに対して、カッと目を見開いて辞めるべきでないと熱弁してくれるクラシス。ただ、男である僕が戦乙女クランの”シンボル”になっていて大丈夫なのだろうか。


 僕が男性であるという事実を、世間に絶対に知られないよう注意しないといけない理由がまた増えた。


「と、とりあえずレオノールにはクラン脱退の件は却下されたからさ。しばらくまた戦乙女クランに残ることになりそうだよ」

「えぇ。私も、それがよろしいかと思います」


 クラシスの熱気と勢いに圧倒された僕は、しばらくの間は戦乙女クランに残留する事実を彼女に伝えた。


 それを聞いて安心したのか、クラシスがいつもの物静かな雰囲気に戻る。

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