第2話 ダメだったよ
執務室を出て、クラン拠点の中にある自室に戻ってきた。
部屋の扉を開けようと手を伸ばした時、僕の耳にとある女性の声が聞こえてきた。
「ギル~! どうだった?」
声が聞こえてきた方へ、顔を向ける。僕の名前を大声で呼びながら、長髪の金髪をなびかせて走り寄ってきたのはティナという女性だった。
「うるさいよ、ティナ」
「不機嫌だねぇー!」
見ただけで分かる通り、普段からとても明るくて活発な女性である。彼女と僕は、パートナーを組まされて任務に就いたり、魔物を狩りに行くような仲間だった。
そして、ティナも僕の性別が男だと知っている数少ない人物の一人である。今日も辞めさせてもらえずに落ち込んでいる僕の事を見つけて、嬉しそうに煽ってきた。
「それで、どうだったのよ?」
「そりゃあもちろん、今回もダメだったよ」
「ハハッ! ま、そうだろうね!」
どうだったのか尋ねられて僕は、先ほどの結果をティナに教えた。すると、彼女は楽しそうに笑っていた。
「それで、自分の部屋に戻ってきたところ」
「そうだったのね!」
クランを脱退したいと訴えたけど、聞き入れてもらえなかった事。レオノールから執務室を追い出されて自室へと戻ってきた、という事を正直に話す。
ティナと話しているうち無意識に、僕は床にしゃがんでショックを受けているよと一目見て分かるような、うなだれている体勢になっていた。
少しでもクランのメンバーに男性であることがバレないよう、カモフラージュするために伸ばしていた自前の黒色の長髪が、ダランと地面に垂れる。
「ほらほら、よしよし、気を落とさないでよギル。そんな所でしゃがんだら、綺麗な髪が汚れちゃうよ」
「うぅぅぅ……、いいんだよ。こんな僕の髪なんか汚れたってさ……」
「もう! そんな事、言わないの! せっかく綺麗な髪なんだから」
「綺麗よりも、カッコよさが欲しいよ」
ティナが項垂れている僕の側にしゃがみ、地面に垂れていた僕の髪の毛を集める。そして僕の髪が垂れないように勝手に結ぶと、その後に頭をヨシヨシと撫でてくる。
子供じゃないんだからと手を振り払う気力もなかった。さっきまで煽ってきていたのに、今度は優しくしてくるティナ。
クラン脱退を聞き入れてもらえず、レオノールに部屋から追い出された後は彼女に慰められる、というのがよくあるパターンだった。
今日も残念ながら、クランを脱退することは出来なかった。そして、ティナに頭を撫でられているという情けない結果である。涙が出そうだ。
「もう、クランから出ていこうとするの諦めたら? ギルが、どんなに脱退したいと言っても、レオノール様は絶対に許可してくれないと思うけれど……」
「そうなのかなぁ」
僕の頭を撫で続けてくれているティナは無情にも、クラン除名を諦めたらどうだと説得しようとしてくる。
どうやら、彼女はレオノール側の人間だったらしい。
「いやいやいや! いつ僕が男だって事がバレるのか、怖くて夜も眠れないんだよ。だから、男だってバレる前に先にクランから除名されたほうが良いと思うんだよ!」
「……その可愛い見た目じゃ、多分バレやしないと思うけどなぁ」
ボソッと、ティナがなにか言ったが聞き取れなかった。
「え? なんだって?」
「何でもないよ!」
何と言ったのか聞き返してみれば、明るい笑顔で何も言っていないと誤魔化されてしまった。もしかして、馬鹿にされたのか。悲しい。
とにかく今は髪を伸ばしたり、女っぽい仕草や服装など意識してみたりと、色々な創意工夫によって男だという事が他のギルドメンバーにはバレていなかった。
けれど、注意しなければならない。
いつか、僕が男だという事がバレてしまう日が来るかもしれないのだから。それは今日かもしれないし、明日なのかもしれない。
そういう危機感を僕は常に抱いているんだと、ティナに訴えかける。だけど彼女は僕の危機感を正しく理解してくれていないのだろう、幸せそうな笑顔を浮かべて僕の話を聞いてくれるだけだった。
聞いてくれるだけ、ありがたいとは思うけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます