第4話 前から気になっていたこと

「ところで、ギル様」

「ん。その前に、ちょっといいかな?」


 何か言いかけるクラシスに、僕は口を挟んだ。


「はい、なんでしょうか?」


 珍しくキョトンとした表情を浮かべて、僕の顔をジッと見てくるクラシス。普段はあまり口を挟まないから驚いたのだろうか。


 背の高い彼女を見上げながら僕は、以前から少し気になっている、ある事について指摘した。


「その、ね。いつも僕の名前を様付けで呼んでくれているんだけれど、それを止めてもらえないかなって思って。普通に、名前を呼び捨てにして呼んでくれないかな」


 クラシスとは、戦乙女のクランを立ち上げた当初から一緒だった。そして今まで、長い間ずっと協力してきた仲間である。


 そんな親しい関係のクラシスから、名前に様を付けて呼ばれるというのはなんだか距離を感じてしまう。なので僕は、呼び捨てで名前を呼んでほしい。


 それにクランマスターであり威厳たっぷりなレオノールとは違って、背は低めだし見た目も弱々しい僕には、様付けのような敬称での呼ばれ方は似合わないと思うんだけれど。


 過去に1度、その呼び方を変えてくれないだろうかと、クラシスに相談したことがあった。そして、その時はバッサリと断られた。今回も、彼女の返事は頑なだった。


「それは出来ません、ギル様。貴女は戦乙女というクランの上位層に位置する大切な御方ですから」


 僕としては、戦乙女クランの一般メンバーだと思っているんだけど。


「そして何よりも、私はギル様をクランメンバーの中では一番に敬愛しております。そんな御方を、ちゃん付けで呼ぶなんて出来ません」

「ちゃ、ちゃん……?」


 いや。ちゃん付けで呼ぶ必要は無くて、普通に呼び捨てで良いんだけど……。


 それから序列で言えば、クラシスもクランメンバーの中では上位と言えるくらいの実力と評される位置に居る。だから、本来なら呼び捨てでも何の問題もないし、僕も構わない。実際に他のメンバーから僕は、名前を呼び捨てにされているし。


「ティナからは、何の敬称も付けずに呼ばれているけど」

「あの子は、ただ単に馬鹿で無遠慮なだけです。今度こそ、私がしっかりとギル様に対する相応しい態度について、ちゃんと出来るように彼女を教育しておきます」


 ティナの話題を僕が口に出した瞬間、キリッと目尻が上がって鋭い表情に変わってしまったクラシス。


「いや、違うんだ。ごめん。様付けでも問題ないから、ティナは勘弁してあげて」

「そうですか?」


 話しているうちにティナにまで影響が出そうだったので、僕は急いで引き下がって様付でも問題ないからとクラシスに許可を出してしまった。


 クランを脱退したいという望みと同じ様に、クラシスから様付けを無くして呼んで欲しいという僕の願いは、やはり聞き入れてもらえなかった。


 戦乙女クランでは上位層なんて言われている僕だけど、実は意外と意見なんてのは聞き入れてもらえない。自分で思っているよりも、普通の存在なのかもしれない。


 自意識過剰なのかもしれない。

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