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自分の短歌を自分で解説することを「自歌自解」と言います。本来はあまり品のない行為です。しかし私は学習の機会に恵まれた解っている人だけで歌を独占することに美しさを感じません。インターネットにより情報が民主化された業界のみなさまには、頷いていただけると思います。
ということで自分の歌を大手を振って解説するのが私の芸風となります。もし解説と違う読み方をしていても、多様な解釈こそが歌の世界を広げます。「作った側はそういうつもりだったのか〜」と気軽にお読みいただければ幸いです。違う解釈のツイートや感想の投稿、本歌取り(オマージュ、二次創作)も大歓迎です!
『三千のサムネイルから遠花火』
目的:第一回XR創作大賞を短歌が得意なシチュエーションのロマンで勝ち取る
テーマ:XRが当然になった時代の恋慕 ヤンデレ風味
作風:カタカナの用語と伝統的な季語を衝突させ、違和感を楽しんでもらう
季語は春夏秋冬をより細かく三つの季節に分けます。春ならば初春・仲春・晩春。初春が二月ごろで晩春が桜の季節なので、現代人の感覚より数ヶ月早回しでしょうか。春全体を渡るような季語は三春と表現します。
俳句は季語必須の詩形ですが、短歌に季語は要りません。それでも季語を採用する大きなメリットのひとつとして、その季語が所属する季節の空気感を作品に封じ込められるというものがあります。短歌の基本形は五七五七七の三十一文字。字数に制限があるため「桜も散り始めていて、うららかだけれど夜の熱の残り方に春の終わりを感じて、気だるさのなかに少し切なくなるような……」と説明することができません。季語を使えばこれを「暮れの春」一語でババーンと叩きつけられるのでとっても便利です。今までその季語が使われてきた作品やシチュエーションを間接的に引用することもできます。
この世ではない場所へ行け
季語:朧 三春
今はまだ大きくて重いVR用ヘッドマウントディスプレイですが、簡素なARであればスマフォで体験できるのが素人には嬉しいところです。VR機器の小型化を楽しみにしています。
XR当然時代になっても、思春期に初めての機器を手に入れた日の浮つきはきっと、私たちが初めてパソコンを手に入れた日と同じなのではないでしょうか。
朧は湿度が高く月も景色も霞んで見えるような夜を言います。どこか別の世界に行けそうな春の夜を、VR機器を初めて手に入れた心情に重ねてみました。
ローポリの
季語:初蝶 初春
初蝶は春になって初めて目にする蝶のことです。とりあえず無料のアバターをまとって飛び出した様子を「初蝶 .obj」と季語と拡張子の組み合わせで表現しました。初蝶と拡張子の間に半角スペースがあるのは、繋げるとなぜか全部全角にされてしまうカクヨムの仕様ゆえです。
一人称視点ゲームでさえ操作に慣れるには時間がかかります。手足をトラッキングするタイプのVRなら尚更かなと思います。羽化したての蝶のようにふわふわする初心者、やはりベテランにはひとめでわかるものなのでしょうか。
季語:沈丁花 三春
早めに作中主体(主人公)が恋をしていることを示して読者に恋の作品なのをご理解いただきます。初めは初蝶 .objの歌と同一句でしたが要素が多すぎるので二つにわけました。
沈丁花はとても良い香りのする花で、姿が見えなくても近くにあるとすぐわかります。きっとアバターで遊んでいても、話し方や振る舞いの気配から恋するあの人だとわかる瞬間もあるでしょう。そんなときどうすればいいのでしょうね。
君だって知らないふりで聞く悩み
季語:若紫 仲春
アバターの髪が若紫色であることくらい別に珍しくないでしょうけれど、好きな人の髪がそんな綺麗な色で、光る飾りまでついていたら目に焼きついてしまいそうです。
源氏物語の章「若紫」には「手に摘みていつしかも見む紫のねにかよひける野辺の若草」という歌があります。ざっくり言うと「好きな人と同じルーツを持つあなたを今すぐにでも摘んでしまいたい」と言ったところでしょうか。その後、歌われた少女は主人公の手で引き取られ、理想の女性に育てあげられます。若紫を季語に斡旋することで、好きな人を自分に都合いい方へ誘導したくなる様をチラつかせています。
PointLightは日本語発音すると多すぎる字余りですが、英語風に読むとリズムがハマるようにできています。
季語:暮れの春 晩春
男性にとっての理想の女性がハッキリしているぶん、中が成人男性の女性アバターは非常に可憐であると聞きます。それを春って終わり頃が一番春っぽいよねという「春より春の暮れの春」という言い回しで表現しました。
投げ銭を意中のライバー等に認識してもらうための手段と捉える人がいることも聞きました。風炎は俳句用語でフェーン現象のことです。投げ銭は場をあたためますが、愛だと直接伝えるには形がなさすぎて、ガチ恋勢の胸をかえってしめつけそうだなと思いながら書きました。
暗がりの個室カラオケ届かない君を歌えば咲くフリージア
季語:フリージア 晩春
自分の歌に自動でエフェクトつけてくれるAR個室カラオケ、欲しくないですか。私はすごく欲しいです。誰もいない夜の花園で歌うと花がぶわあああみたいなのが欲しい。というのを上品に丸めて歌にしたらこうなりました。
フリージアは一列に蕾をつけ、端から順に咲いていきます。最近だとグッスマ二十周年CCさくらフィギュアの足元装飾にも採用されていましたね。枯れたと思えば隣が満開の様は、尽きることのない恋慕に似ていませんか。
季語:花の雨 晩春
花の雨は満開のさくらを濡らす雨のことを言います。雨の重さに耐えかねてうなだれる花は、まるで恋の切なさに耐えかねる少女のようで、このような歌にぴったりです。季語、背景や感情すら説明できるの便利だなぁと思います。
写真にキャラクタが写り込んでくれるAR技術、古いものではラブプラスあたりから非業界人の手に渡り、ポケモンGOで非オタの手にすら届きましたが、こちらに来てくれるあの感じはなかなか代わるものがないように思います。基底現実の想い人は振り向いてくれないのに、VRで知り合った君はこっちまで来て写真にうつってくれる。恋慕でズタズタになりそうでたまらないですね。作中主体がいよいよ壊れ始めます。
手を振って笑む
季語:薔薇 初夏
序盤でこの片想い相手の髪が若紫色なのが示されています。人類が追い求め続けている青い薔薇はお世辞にもまだ青とはいえず若紫色といったところです。サントリーのアプローズが有名でしょうか。
薔薇の季語には棘のイメージが伴います。みんなのアイドルと友達でも、愛想良く笑ってくれていても、我が物にせんと力一杯掴めば自分が傷つくだけなのを作中主体はわかったうえで恨みごとを言っています。
季語:雹 三夏
雹は雷雲と共に現れ過ぎればあっという間に溶けてなくなってしまいます。その割に降っている間の農作物や建造物への被害は甚大なものです。胸の張り裂けるような想い人の夢を雹に例えました。
たとえアバターを解いたとしても現実の姿があらわれてはこないでしょう。フィクションだと「全身フルトラッキングのために身体情報を取得していたので」としてアバターの中に現実の体があるとする設定も多くありますが。そんなことはおきない、夢だとわかっている切なさを前に出すために初句からいきなり「雹の夢」と断言しています。
やまゆりを
季語:百合 仲夏
露 三秋
アバターを纏った者同士の恋が咲き、それが両方女性型であるのも既に珍しくはないかと思います。やまゆりは百合の中でも最大級の花を咲かす種の総称です。人の物になるくらいならと散らさなかった。えらいぞ作中主体。
露はよく涙のたとえで使われます。前半に夏のまんなかの季語である「百合」があり、最後に秋の季語である「露」が来ることで、悲しみの時期の長さを表現しました。
VRCの経験者から「美少女アバターから女の子のにおいがした」という話を聞きました。XR当然時代にはあるあるの経験になるのでしょうね。
季語:遠花火 初秋
花火が大好きですが、昨今の事情から地方の花火は衰退の一途であり、三大花火大会から離れた土地ではなかなか名作にお目にかかれません。CGだからこそ表現できる鮮やかな色彩と目まぐるしい変化、ぜひCG作家のみなさまにはVR空間で花火大会をして技術を競ってほしいです。デジタル空間なら観客も採点に参加できたりするのでしょうか。
遠花火は初秋(八月上旬〜九月上旬)の季語で、遠く建物や木々の陰から見切れている花火を言います。花火大会で好きな人のこと探しちゃう、というのは知られたシチュエーションではありますが、もしVR当然の時代になったら、同時開催される数多の花火大会から「彼のいる会場」を探すところからになるのかもな、と思って作りました。直前の句で作中主体は想い人の恋が咲いたのを見届けているので「だれの手を取る」はわかってて言ってる虚しい反語ですね。
ここがこの作品の転換点で、今まで花の季語が多く使われていたのに空にあるものの語が多くなってきます。地に足がつかなくなってくることを読者にもほんのり体感してもらう仕掛けです。
迷い出たかりがね
季語:かりがね寒き 仲秋
裏インターネットのルートキット売り場のようなもの、きっとVRアバターでも現れているのでしょう。オーダーメイド・オンリーワンとして契約で保護されているはずのアバターが転売されることも当然に起こってくるだろうなと思います。もう起こっていますか?
かりがね寒きは雁が渡ってくる頃の寒さのことです。思わず渡り鳥の群れを見上げるような物寂しさ。その中で失恋した彼と同型のアバターが売られているのを見つけてしまったら、心も荒れるでしょう。
試着いま
季語:稲妻 三秋
アバターの試着って不思議な概念です。自分の意識を載せ替える体を選ぶってどんな感じなのでしょうか。それがもし、手に入るはずもない想い人と同じ体だったら。
短歌は五七五七七が基本形ですが、この歌は三/二七五四/三七と中途半端なところに区切れがあります。型を崩すことによって指の滑るような動揺を表現しました。
君と同じ体の
季語:なし
葛それ自体は季語にあたりません。葛は風で葉の裏が見えると白く目立つことから「うらみ」の象徴としてよく歌われます。叶わなかった恋が易々と怨みへ裏返ってしまうのは、きっとXR当然時代になってもそのままでしょう。作中主体はそのアバターを買うのが悪いことだと知っており、自分をクズと表現しています。だから髪色は彼と同じ若紫ではなく白にした、と。
季語:台風 仲秋
嵐すなわち荒らしですね。作中主体が歌好きなのは個室カラオケの歌で提示済み、想い人は踊る人なので、歌って踊るなりすましが出てきたらサブアカウントかなって色んな人が騙されそうです。
人が心を守るときよく取る行動をまとめた「防衛規制」と呼ばれる概念には、同一化があります。手に入らないものと同じになって自分の心を守る手段です。現行のテキストSNSですら著名人のなりすましはよくいます。XR当然時代にはアバターをコピーしてのなりすましもきっと多発するんだろうなと思います。
季語:十六夜 仲秋
十六夜は満月の次の月、息を潜める影、これから殖えていくであろう影。不穏を出すにはぴったりの言葉です。作中主体が白い髪を選んだのは前述のとおり。そして兎は嘘をついたりズルをする生き物として物語に登場することが多々あります。なりすましの収益化、邪悪ですね。
ライブをする場所を箱と呼ぶのは、業界人にはおなじみかと思います。前後のポエミーなフレーズに挟まれた「収益化」の異質さを楽しんでもらえたら嬉しいです。
季語:星の
いよいよ作中主体の歪んだ愛情が形になります。自分がなりすましなのを、想い人には教えず相談にのっているというシチュエーションです。
「星の入東風」は昴のよく見える場所に吹く北東向きの風で、天候不順の予兆と言われています。なにか思いついちゃったわけですね。宇宙の部屋を相談部屋に選んだあたりからも黒の連想を強調しています。行きたいな360度全天宇宙の部屋……。
聖なる
季語:聖なる夜(クリスマス) 仲冬
アイドルに盗聴器入りのぬいぐるみを渡したり、菓子折りに落とし物タグを混入させるストーカー手法があるそうです。画像やWEBサイトを閲覧しただけで感染するマルウェアもあるくらいなので、アバター用パーツに仕込む手法も確立秒読みなのではと思ったりしています。
友達なのにダイヤモンド風ペンダント渡す時点でだいぶ一線超えてる感がすごいですが、そこにマルウェアを仕込んで心以外の全てを知ろうとする作中主体。この先どうなるのやら不穏を残してENDです。
ありがちな愛のこじれの間にアバターやVR・ARの美しい空間、デジタルエフェクトを挟んだ本作、楽しんでいただけたなら幸いです。
三千のサムネイルから遠花火 #XR創作大賞 千住 @Senju
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