第296話 レアブラックドラゴン

「うーーーん?」


「リョウジさん?」


「このブラックドラゴン、他の個体とは色が違うな」


「より黒が濃いよね」


「漆黒って感じですね。普通のブラックドラゴンと見分けられるレベルで黒いですね」


「リョウジ、この個体はレアなんじゃないの?」


「向こうの世界も合わせると、四十年近くで初めて出現したレアブラックドラゴンってやつか……」  

 



 円満な夫婦生活維持のため、今日もイザベラたちとパーティを組んで上野公園ダンジョンに潜っていたら、いつもなら出現しない階層で、なんとブラックドラゴンと遭遇してしまった。

 上野公園ダンジョンのボスであるブラックドラゴンは、今の俺たちからしたらそこまで強いモンスターというわけでもなく、これまでに何頭倒したことか。

 特に苦戦することもなくイザベラたちが連携して倒したが、よく観察すると、他のブラックドラゴンよりも体色の黒が深い。

 漆黒と呼ぶに相応しいのだ。


「リョウジさん、この漆黒ドラゴンの皮は優れた防具の素材になりそうですね」


「なるけど、普通のブラックドラゴンの皮と性能は変わらないと思う」


「希少なのは色だけなんですね」


 そう。

 漆黒だがら、普通のブラックドラゴンの皮よりも防御力と魔法防御力に勝るわけではないのだ。 

 ブラックドラゴンの皮で作った防具自体は、金属製の防具が装備できない冒険者たちに重宝されていたし、魔法防御力に長けているという利点もある。

 大変に貴重で高価なんだけど……。


「こいつは、他のものを作る材料に回そうかな」


「リョウジ、防具を作らないの?」


「これ一体分くらい、他に回しても問題ないさ」


 どうせ各惑星国家向けの需要が多すぎて、まったく足りていないのだから。


「良二様は、この漆黒ドラゴンの皮でなにを作るのですか?」

 

「普通の革製品を作るのさ。この漆黒の皮を用いれば、いい革製品が作れるからね」

  

 その日のダンジョン探索を終えた俺は、持ち帰った漆黒のドラゴンから皮を剥ぎ取って鞣し、完成した革を使って革製品を作った。


「漆黒ドラゴンのバック、ベルト、財布などなどを作ったよ。みんなにプレゼントだ」


「「「「「「「ありがとうございます」」」」」」」


 俺が七人の奥さんたちと仲良くやれているのは、他の女性と浮気をせず、一緒にダンジョンに潜り、こうやってプレゼントし合ったりしているからだと思う。

 たまに、『新しく若い女性とどうです? 紹介しますよ』なんてことを言う人がいるけど、アニメや漫画、ゲームならともかく、現実世界で嫁を増やすつもりはなかった。


「このバッグ、シックでセンスがいいですね」


「同じデザインのものがないんだね」


「同じデザインだとつまらないからね」


 これも俺が、『デザイナー』系のスキルを有しているからだろう。

 今も、古谷企画が経営するアパレルブランドは好調だからな。

 まあ今となっては、プロト2に任せてなにもしていないけど。

 イザベラたちに漆黒ドラゴンの革製品を色々とプレゼントしたが、なにせドラゴン一頭分だ。

 纏まった数の漆黒ドラゴンの革製品ができあがった。


「残りは売るか」  


 というわけで、古谷企画の通販サイトで販売してみたのだけど……。


「三秒で売り切れって……」


「かなり高額にしたんだけどなぁ……」


 元々、ブラックドラゴンの革製品は大人気だったが、防具が最優先なのでなかなか市場に流れず、さらに地球にダンジョンが出現してから一頭しか見つかっていない、貴重な漆黒ドラゴンの革製品だから、バッグの価格は一個五億円だった。

 売れなかったら、知り合いへの贈答品に使うからいいかなって思っていたのだけど……。


「一個戸五億円のバッグが、三秒で売り切れって……」


「リョウジ、価格設定が安すぎたんじゃないの?」


「プロト2が決めた価格なんだけどね……。人工人格にも計算させているから、適正価格だと思うな」  


 デナーリス、五億円で駄目ならいくらで売ればいいんだ?


「このバッグがなくても、人は生きていけますからね」


「それよ」


 ダーシャの言うとおりで、このバッグを買うのはお金が有り余っている富裕層のはずだ。

 だからこの価格というか、このバッグの価値は五億円が適正のはず。

 安すぎるなんてことはないはずだ。


「すでにオークションサイトでは、その倍の価格で売られて……これ、偽物では?」


「怖っ! もう偽物を!」


 旧華族令嬢である綾乃は、オークションサイトで転売されている漆黒ドラゴンのバッグの写真を見て、すぐに偽物だと見破った。


「アヤノ、こういうのって、写真はフルヤ企画の通販サイトの本物の写真を転用するんじゃないの?」


「もしその写真を使って偽物を売ると、詐欺になるじゃないですか。最初から偽物の写真をあげておけば、あとで問題になった時に、漆黒ドラゴンの革製品だと誤解したのは向こうだって言い張れますから」


「そんなんで、警察から逃れられる?」


「……無理ですけど、詐欺師ってそういう真似をしますから。転売とはいえ、五億円のバッグをオークションサイトで取引きしようとする人たちですから、迂闊なのは仕方がないかと。むしろ、こういうところが欲していますよ」


 綾乃がスマホで開いたのは、限定会員しか利用できない高級な洋品店だった。

 そこの会員である綾乃がログインすると、漆黒ドラゴンのバッグか商品として掲載されていた。


「でももう売り切れなんだね。一個六億円かぁ……」


「こういうお店は、倍で売るなんて阿漕でセコいことはしませんよ。手数料二割ですから。このお店のお客さんたちも、上手く手に入れてくれた手数料だと思いますから」


「手数料が二割って暴利でもなんでもないけど、五億円のバッグの仕入れ手数料が一億円だと高く感じる不思議」


「ですよね?」


 里菜は俺と同じく根が庶民なので、五億円のバッグを買うのに手数料が一億円と聞くと、高すぎると思うのだろう。


「ただ、他の転売ヤーたちは……」


 五億円のバッグを倍の十億円ならまだ安い方で、なんと十倍の五十億円で売っている奴までいた。

 だが……。


「思ったよりも売れてないのか?」


「五億円のバッグを買える人が、オークションサイトやフリマアプリで買い物はしませんから」

 

 里奈の正論に、みんなが納得した。


「本物だって保証もないじゃない。アヤノが会員のお店が偽物なんて売るわけないから、手数料が一億円でも即座に完売じゃない」


 リンダの言うとおり、商売において信用は大切だよね。


「さすがのセレブ御用達のブティックでも、手に入れられる漆黒ドラゴンのバッグには限りがあるか」


「ですから、私にも購入しませんかって連絡が来ましたよ」


「おおっ! VIP客だ!」


「私は良二様に貰ったので、他の方に譲りましたけど。とても丁寧にお礼を言われましたね」


 結局ドラゴン一頭分の革で作った製品なんて、世界どころか宇宙で取り合えば、すぐになくなってしまうのか。

 とはいえ、漆黒ドラゴンなんてそうそう出現しないからなぁ。

 ないものはないので、作ってくれと言われても不可能だ。

 そんなわけで俺たちは、漆黒ドラゴンの革のことなんて忘れて、日常に戻ったわけだけど……。




「このレッドドラゴンは……。希少なワインレッドドラゴンだ!」


「同じ赤でも、レッドドラゴンと簡単に見分けがつきますね」


「リョウジ君、こいつの皮でまたバッグを作るの?」


「防具にしてもいいんだけど、普通のレッドドラゴンの革と防御力は一緒だから、その方がよさそうだな」


 希少なワインレッドドラゴンの皮で作ったバッグはまたも高額で取引きされたけど、ただのバッグに十億円を出せてしまうなんて、俺にはちょっと理解できなかった。

 次に希少なモンスターが出現したら、またその素材で作ったものに、とんでもない価値がつくんだろうな。


「ドラゴンの革のバッグは、火事になっても燃えないし、小さな傷一つつけるのも大変なので、長持ちして実用性は高い。だから人気なのか」


「こんな高価なバッグ、一部の金持ち以外普段使いできないだろう。投機用も多いんじゃないか?」


「……だろうな、きっと」


 剛にそう指摘され、妙に納得してしまう俺。


「ダンジョンから産出した貴重なドロップアイテムや、レアモンスターの素材及び、それを使って作られた品の価格は上がっているんだよ」


 そういうものなら、俺も剛も山ほど持っている。

 宝箱から出た品の一定の割合で、換金くらいにしか用途がないアイテムが出るのだが、魔法の袋やその技術を用いた倉庫に仕舞っておけるし、急ぎ換金しなくても生活に困っていないので死蔵していたといたものが山ほどあったのだ。


「ほら、これ」


 剛のスマホを覗くと、それらの品を売買するサイトの画面が映っていた。


「ダンジョンから出た換金用のツボなんて、あまり使い道はないからな。だが、ダンジョンから出た貴重な品ではある。美術品に評価がつき、相場が上がったり下がったりするのと同じだ」


 資産の一つとして所有したり、売買で利益を得ようとする人が増えているのか。

 

「リョウジ君、仕事がこれらの品の売買、なんて人は最近珍しくないよ。なにしろ世界中で仕事がないから」


「それしても、ただの壺が一億って高すぎないか?」


 ダンジョンから産出しているし、美術的な価値がないわけではない。 

 とはいえ、値段が高すぎな気がしてならないのだ。

 仮想通貨バブルを思い起させるような……。

 今は電子マネーが普及しているから、仮想通貨もだいぶなくなってしまったし、安くなってしまった。


「需要は宇宙にもあるからね。だって、宇宙の人たちはまだダンジョンのドロップアイテムを満足に手に入れられないんだから」


「それならおかしな話ではないのか」


 汎銀河連合に加盟している惑星国家の人口だけで、数兆人もいるのだ。

 彼らの中で、大金を払ってでもダンジョンのドロップアイテムを欲しがる人は少なくないはず。


「ちなみに、宇宙向けの売買サイトの運営は、魔導通信必須だからデナーリス王国、古谷企画、イワキ工業と、実はボクの会社もやっているよ」


 数億光年離れていても、リアルタイムで通信とネットができる魔導通信技術。

 その技術は、俺を含むデナーリス王国国籍冒険者しか持っておらず、地球の人たちが宇宙にアクセスするには、デナーリス王国に頼るしかなかった。

 地球の通信、ネット技術では、惑星国家に連絡するだけで一番近い場所でも数百年かかってしまう。

 これでは商売にならず、デナーリス王国及び、俺たちの会社は『第二のGAFA』と呼ばれるまでになっていた。


「ボクのダンジョンドロップアイテム売買サイトは、手数料で大儲け。イザベラたちも出資しているから、これからどんどん規模を拡大するよ」


「私も、地球の人たちが惑星国家の株式、債券、投資信託を取引できるネット証券会社を始めて好調です」


「私も銀行とネット証券、日本の工芸品、美術品、食品などを宇宙の人たちに紹介、売買するサイトの運営を始めて好調です」


「ビルメスト王国製武具の通販と、特産品の販売を始めました」


「私もデナーリス王家で同じようなことをしているわ。プロト2に任せてるけど」


 地球の国や国家が、宇宙とアクセス、商売をするには、汎銀河連合に加盟しているデナーリス王国を介さなければならない。

 他にも、魔導通信技術がなければリアルタイムで話をすることすらできず、宇宙船建造技術がなければ商品を宇宙に運ぶことすらできない。

 地球の国や人が宇宙に進出しようとすればするほど、デナーリス王国の影響力から逃れられなくなっていった。

 そして……。


「今後、宇宙人冒険者たちのレベルが上がって、ダンジョンドロップアイテムの需要が満たされるようになったらバブルが弾けるかもしれない。だが、ウーの会社は損失が出ないってのがさすがだな」


「手数料ビジネス万歳だね」


 宇宙人とコンタクトにより、地球経済はさらなる拡大を始めたが、その主役はアメリカでも日本でもなく、デナーリス王国に移りつつある。

 なお、ワインレッドドラゴンのバッグは、宇宙人に一つ百億円で飛ぶように売れていき、俺たちは素で引いてしまった。

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異世界帰りの勇者は、ダンジョンが出現した現実世界で、インフルエンサーになって金を稼ぎます! Y.A @waiei

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