第295話 冒険者格闘大会

『この俺、古谷良二こそが世界一、いや宇宙一の冒険者だ。少なくとも現時点で、俺に勝てる人(冒険者)がいるとは思えないな。これは決して誇張でなく、冷静に実力を分析して言っているだけだ。想定外の高レベル冒険者がいれば別だけど』   


 言わずと知れた、冒険者にしてインフルエンサーでもある古谷良二。

 彼に挑もうとする多くの若手冒険者たちが集まり、まずは挑戦者を選ぶオーディションが始まる。




『おっさん、もう年なんだから、縁側で猫でも抱いてな!』

 

 山路龍一(やまじりゅういち)。

 スキルは『魔法剣士』で、出身である千葉県の不良二千人を従えたこともある、最強の元ヤンキー。

 そのレベルは二万を超え、今も愚直に富士の樹海ダンジョンのレコード記録を目指す。

 一万五千階層を突破した古谷良二を追い越すことができるか。




『強さはレベルだけじゃねえ! 極めた格闘技も駆使して、古谷良二の腕をへし折ってやるよ!』 


 深山雄一郎(みやましんいちろう)。

 真格闘技『てっぺん』で負けなしの、永世チャンピオンから冒険者へ。

 スキルは『フルコンタクトマスター』。

 レベルのみならず、理論を極めた各種格闘技も駆使して、金属すら素手で引き千切り、ドラゴンの首すら折る男。

 彼も、古谷良二を打倒することに誰よりも情熱を燃やしている。




『俺様の火焔に全身を焼かれ、骨すら残らないかもな! 古谷良二、今のうちに謝っておくぜ』


 篠原竜斗(しのはらりゅうと)。

 彼は、火魔法しか使えない特殊スキル『火魔法使い』の持ち主である。

 その分威力は他の魔法使いを圧倒し、『火焔』……『火炎』じゃなくて『火焔』だ……で数多のモンスターはおろか、冒険者犯罪者を焼き尽くしてきた。

 一見大人しそうな外見とは裏腹に、古谷良二打倒の野心を燃やしている。




『ひゃっひゃっひゃ! 古谷良二を神の元に! アーメンだぜぇ!』


 熊谷空(くまがやそら)。

 スキル『破戒僧』を持つ、異形にして、異端な冒険者。

 『人体を治せる以上に破壊できる』がモットーの、誰が見ても治癒魔法使いには見えない人物。

 トラブルになった冒険者百名以上を一人で戦闘不能にしたあと、全員を治癒魔法で治し、『次は、治癒魔法が効かないように殺すから』と言い放った伝説がある。

 彼も、古谷良二の打倒と、その後釜に座ることを狙っている。





「今回の挑戦者たちも、凄い人ばかりだな」


「ついに、あの深山雄一郎が参戦だぜ。あいつはヤバイよ。冒険者特性が出たあと、すぐダンジョンに潜らず、レベル1のままで『てっぺん』に参加して負け知らずだから」


「古谷良二に勝てるかな?」


「どうだろう? 『てっぺん』を引退前、あれだけイキってた格闘系動画配信者『ミック・道山』が瞬殺されて涙目だったじゃないか。なんかやってくれそう」


「ミックは、昔から動画でも口だけじゃないか。深山雄一郎以外の挑戦者たちもガチだって」


「楽しみだな、『死合(しあい)』が始まるの」


「チケット、欲しかったなぁ」


「競争率が激しくて、全然抽選に当たらないから仕方ないよ。転売対策も完璧で、金を出せば会場で見れるってものでもないから」


「金持ち優先じゃないだけマシか。その代わり、運がないと抽選に当たらないけどな」


 あの古谷良二が、『冒険者決死録』という動画番組を始めた。

 彼が二十年以上、世界一どころか、今では銀河系一、いや宇宙一の冒険者であることを疑う人はいない。

 だが、それでは冒険者業界の新陳代謝が起こらないと、彼は自分を倒せる若手冒険者を探し始めたのだ。

 集められた凄腕冒険者たちが自分の強さと自信のほどを予選会でアピールし、選ばれた者だけが古谷良二と戦うことができる。

 レベルが一万を超えた者同士の、人間のレベルを超越した戦いは、ダンジョン探索後チャンネルにて独占放送され、世界中どころか、宇宙中で注目を集めていた。

 いまでは地球を除く宇宙の星々では、タイムラグがない『魔導通信網』が宇宙中に張り巡らされており、宇宙人たちも古谷良二の動画を見るようになっていた。

 ただ、全宇宙の魔導通信網を整備、維持しているのは、その技術を持つデナーリス王国、古谷企画、イワキ工業のため、今では地球の動画配信サイト『ミーチューブ』の運営会社は、三者の下請けのような状態になってしまった。

 そうしなければ、まだ地球人類は宇宙で商売をできないので仕方がない。

 その代わり、大勢の宇宙人たちが地球の動画を見るようになり、視聴回数がすさまじく増えたため、ミーチューブの運営会社は収益が爆増して株価も大幅に上がっていたけど。

 宇宙人に見てもらえるといい収入になるので、このところさらに動画配信者が増え続けており、彼らは『宇宙人に見てもらえる動画』作りに余念がなかった。

 仕事はないけど、動画配信でアルバイト代くらいは稼ぎ、ベーシックインカムと合わせて暮らす地球人が増えていた。

 冒険者決死録も大人気で、ダンジョンが出現して冒険者を育成中の惑星国家では、『レベルを上げて強くなり、冒険者決死録に出場するのが夢だ』と語る異星冒険者が増えて続けている。


「僕たちも、冒険者特性があればなぁ……」


「頑張って、冒険者決死録への出場を目指すのに……」


 さすがに冒険者特性がないと、古谷良二に挑むのは無謀だ。

 動画番組では、冒険者特性がない人たち向けの普通の格闘技番組もあるし、人気もあるけど、一度冒険者決死録を観てしまうと物足りなくなってしまう。


『無理して俺様に殺されることはないぜ。古谷良二さんよ』


『覚悟しな! 古谷良二!』


『お前の時代はもう終わりなんだよ』


 静かなままの古谷良二を全力で挑発する挑戦者たち。

 彼らとの死合は後日となるが、今日も先日のオーディションに合格した有名な冒険者たちが古谷良二と対戦する。

 今度こそ、古谷良二を倒せる挑戦者が現れるのかな?





「……ふう……。俺って陰キャ寄りだから、体育会系や元ヤンが主体の冒険者たちの相手をすると、精神的に疲れるわぁ」


「王者の椅子に座りながら、挑戦者たちを見下ろしてだけなのに?」


「そういう台本だし……。というかこの台本、プロト2が書いたんじゃないか」


「実は、部下に任せて最終チェックをしただけなのだ。今さら社長が挑戦者を挑発しても、イタいおっさんだと思われるだけだから、このままでいいのだ」


「誰がイタいおっさんだ! まあいいけどさ」


 まさか、俺と戦いたい冒険者がこんなに多いなんて……。

 賞金も出るけど、俺と戦うよりも、ダンジョンに潜った方が稼げるはず。

 そもそも冒険者特性を持たなければ、俺に挑戦することすらできないというのもあったので、挑戦者が冒険者ばかりなのは当然として。


「しかしこんな格闘番組、面白くないと思うんだよなぁ……」


 これも、元々俺が格闘技をあまり好きではないからかもしれない。

 プロト2に任せているのもあり、俺はいまだにこの番組の良さがよくわからないのだ。




『うぎぎぃーーー! 剣が動かねえ!』


『どうして一撃も当たらないんだよ!』


『岩でも殴っているのか? 指の骨が折れた!』


『レベル三万に迫る俺が、完全に子供扱いだと!』


『おおっと! またも挑戦者たちは、チャンピオンにまったく歯が立たないぞ!』


 冒険者決死録は、やらせが禁止されている。

 ゆえに、最初あれだけイキって俺を挑発していた高レベル冒険者たちだったが、手も足も出ずに俺に負けてしまうパターンがすべてだ。

 なかなか俺を追い込む冒険者はいないな。

 むしろ、階層が増えたダンジョンのボスモンスターの方が強いと思う。

 今もスキル『剣豪』を持つ挑戦者が渾身の一撃を俺の指で摘まれ、一ミリも動かせずに情けない踏ん張り声を上げている間に俺のデコピンで気絶させられたのを始めとして、残りの挑戦者たちも瞬殺レベルで意識を狩り取らせてもらった。


『次の挑戦者は、五分くらいは保ちそう?』


『古谷良二め、俺を舐めやがってぇーーー!』


『舐めてるわけじゃないんだよなぁ……』


 俺も伊達にレベルを上げ続けているわけではなく、レベル一桁万くらいでは、相手にもならないというか。

 だから最初、俺はプロト2に『接戦をしているように見せたらいいのか?』と尋ねたことがあった。

 だがプロト2は、そんな必要はないと言ったのだ。


「社長が圧倒的な強者だとわかった方がいいのだ。そういう接戦は、他の格闘技に任せるのだ」


 そんなわけで俺は、今日も挑戦者たちを赤子の手を捻るように倒してしまった。


「(これがどうして人気になるのか、わからん)」


 台本を渡されて、やらせ試合をするよりはいいけど、こうも一方的な試合展開だと『死合』って言い方が泣くと思うんだよなぁ……。

 それと……。


「古谷さん、お疲れ様です!」


「古谷さん、すげぇ強かったです! 俺の努力なんてまだまだだったんですね」


「兄貴と呼ばせてください!」


「……」


 基本陰キャの俺は、この手のヤンチャ系な人たちとの交流が苦手なので、誰がこれを解決する方法を知らないでしょうか?

 まだまだ冒険者決死録は続くみたいなので……。

 

「剛、俺と代わってくれない?」


「良二、別に俺だってヤンキーだったわけじゃないぞ。そう誤解されることは多かったけどよ。そもそもこの番組は、陰キャっぽい良二が、イキっていたヤンキー冒険者たちを赤子扱いし、ワンパンで倒すからいいんだ。客層が他の格闘技動画番組とは違うから」


「そうだったんだ……」


 本当、人の好みは多種多様だよな。

 というか、俺の格闘技番組の客って、そこまで格闘技に興味ないんだろうな。

 それがわかったのと、お芝居で接戦を演じるのは俺が疲れる。

 じきに、本当に強い冒険者が出現するかもしれないので、それまでは無敵のチャンピオンを演じることにしよう。

 冒険者決死録は全宇宙で人気動画になっているから、やめるにやめられないって事情もあるのだけど。




「宇宙人冒険者の中にも社長に挑戦したい人が多いから、冒険者決死録○○星編を始めるのだ」


「レベルが全然足りないじゃないか」


「社長、殺さなければ治癒魔法で、殺しても蘇生魔法で蘇るから問題ないのだ」


「よくはないだろう」


 その後始まった冒険者決死録宇宙編も人気の動画となり、多くの利益を俺にもたらすのだった。 

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