第294話 廃村復興事業(後編)

 三人で車に乗って旧井野畑村まで移動すると、山間に長閑な里山の風景が広がっていた。

 ゴーレムたちが草刈り、農作業、畔の補修などをしているのが見える。

 今の時代、多くのゴーレムたちが働いているので、特に違和感を感じないな。


「嘆かわしい! 農村は人間が働いてこそ美しいのだ!」 


「いくらゴーレムが綺麗に農村や山野を維持していたとしても、それは美しくないですよね」


 誰も人がいないのに、綺麗に管理されてる廃村というか、農村。

 特に年配者に多いのだけど、人間が作業をしていないと美しくない、温かみがないなどと批判する年配者は、WEBやSNSでは主に若者たちにバカにされるようになっていた。

 その昔、無人レジは人の温かみがないと批判していた人たちの仲間だ。

 

「だからワシは、必ずこの村を村民たちの手に取り戻すのだ!」


 間違いなく、農業の経験すらない吾川よりも、古谷企画のゴーレムたちに廃村、山野、耕作放棄地の管理を任せた方がいいはずだ。

 どうして僕がそう思うのかというと……。


「あのぅ、吾川さんの実家の写真を撮りたいんですけど……」


「そうだな……」


 先輩が思わず口籠ったのは、ゴーレムの仕事にケチをつけた吾川の実家が、長年人が住んでいないのでボロボロであったからだ。

 廃村の管理を冒険者資本から取り戻し、農村を復興させる運動をしているくせに、に、実家の管理すらできていない吾川に内心呆れたのだろう。

 田舎の実家の管理すらできない人が、今せっかくゴーレムたちが綺麗に維持している農村……もう人が住んでいないので、ゴーレムたちの保管施設を除いて、古い家屋は取り壊されてしまったけど……にケチをつけたところで説得力の欠片もない、というか吾川に任せたら、確実に再び廃村に戻ってしまいそうだ。

 この二人を見ていると、人間っていくつになっても駄目な人は駄目なんだなって思ってしまった。

 先輩記者も、吾川の言ってることが矛盾しているのはわかっているけど、すでに悪いのは国、地方自治体、古谷良二を始めとする冒険者資本というストーリーラインで記事を書くと上に言ってあるので、それを覆すわけにいかないのだろう。  

 吾川や先輩記者と意見を同じくする新聞社の上層部に対し、『旧井野畑村はゴーレムたちがちゃんと管理しているので、冒険者資本批判はめやめましょう』だなんて、口が裂けても言えないからだ。

 なにがなんでも、廃村をゴーレムたちに任せることは悪、ということにしないといけないのだから。

 新聞には事実しか書かれていないと信じている人たちには刺激の強い話だけど、だからWEB媒体やSNSに抜かれつつあるとも言える。


「ワシは必ずや井野畑村を、元の長閑な農村に戻すために戦っています!」


 吾川と先輩記者とのインタビューをスマホのビデオカメラで撮影していくが、彼のボロボロの実家と、雑草だらけで何年も作物が作られていない農地を映さないようにするのを忘れないようにしないと。

 いや、先輩記者からはそれも別個に撮影しておくように言われた。

 多分、ゴーレムの管理がいい加減だから家屋がボロボロで、農地は雑草だかけだとざ批判する記事を書くためだろう。

 吾川の実家と農地が手つかずなのは、彼が所有権を手放していないからだ。

 勝手に人の家屋や農地に手を出さない、順法精神に溢れたゴーレムたちの高性能ぶりがわかるというものだが、それをやらせ記事に利用するため写真を撮れという先輩は……まあわかりやすい古いタイプのブンヤなんだと思う。

 僕にはとうてい真似できない、というか真似したくなかった。


「あのぅ……吾川さんの実家、すでに崩れつつありますし、農地は雑草だらけなんですけど、なんとかしないんですか?」


 崩れた家屋が、国が管理する土地や農地まで落ちてしまったら、吾川さんの管理責任になると思うのだけど……。


「若造が生意気なことを言うな! そんな些末な問題よりも、権力者と冒険者資本との癒着を正す方が先だ!」


 古い家屋の管理がいい加減で他人に被害が出ると罰せられるのだけど、吾川はそんなことも知らないのか?

 いや、自分は社会正義のために働いているから、なにをしても無罪だと思っているんだろうな。

 先輩記者もそんな感じの人なので、この二人は気が合うのだろう。


「そうですよねぇ、吾川さん。加藤、余計なことを言わないように!」


 そして先輩記者に、理不尽な理由で叱られる僕。

 他人のミスはどんなに些細なことでも許せないが、自分のミスはどんなに酷いこともでも気にらない。

 やっぱり二人とも、人間として色々と問題があるよな。

 そもそも農村の復活を目指す人物の実家が、ろくに手入れもされずにボロボロ。

 畑も雑草だらけでは、農村復興を口にしても説得力がないと思う。


「(古谷企画にすべて任せておけば、この長閑で美しい農村の中に、今にも崩れそうな吾川の実家と、雑草だらけで何年も耕されていない彼の畑が残ってるなんて、みっともないことにはならなかったのに……)」


 美しい農村を取り戻す運動をしている人のせいで、長閑な農村に今にも崩れそうなボロボロの家屋と、雑草だらけの畑がポツンと残っている。

 こんなに滑稽な話はないと思う。


「吾川さんのインタビューよかったですよ。必ず井野畑村を住民たちの手に取り戻しましょうね」


「井野畑村だけでなく、同じ問題を抱える全国にこの運動を広げるつもりだよ。そのためにワシは、国会議員に立候補する計画も立てているのだ」


「それは素晴らしい!」


「……」


 なんかもう、色々と疲れた。

 ベーシックインカムで暮らせないわけじゃないから、新聞社は辞めようかな。

 別にやりたい仕事でもなかったし、この人たちと仕事をしていると、自分の倫理観がおかしくなりそうな気がしてならなかったからだ。

 なにより一刻も早く、このどうしようもない取材が終わってくれることを切に願う。

 この二人を、これから三時間かけて県庁所在地まで車で送らないといけないから、それもしんどい。

 普段人権だの、働き方改革を口にしているのだから、数少ない若い記者を扱き使うのはやめてほしいよなぁ。





『ということで、僕は地方のオワコン新聞社を辞めましたぁーーー! 結局、吾川が目論んだ旧井野畑村の管理を旧村民たちに戻す運動も、旧村民たちが『今、ちゃんと管理されているのに、どうして年老いた自分たちがやらなければいけないんだ! 年齢や体力的な原因でそれができないから、泣く泣く村を出たというのに! ゴーレムたちが綺麗に村やその周辺の農地、山野を管理しているのだから問題ないだろうが! だいたい、進学で村を出てからほとんど村に顔を出さなかった奴が、偉そうに我々に指図するな!』って大批判されて頓挫しました。ああ、吾川と同調していた田野町日報ですけど、風向きが悪くなったら彼を見捨てて、とっとと逃げ出しましたよ。でも、田野町日報はその件で広告主が凸されて、ますます収益が悪化したとか。このところ、新聞社の倒産が増えていますからね。次はどんな仕事をするべきか……。今は動画配信でそこそこ稼いでいるけど、これいつまで続くのかね?』


 結局僕は、還暦間近なのに吾川に追従し、やらせ記事を書いた先輩記者……田野町日報は、昔から経営状態が悪くて中堅記者がほとんどいなかった。先輩記者が還暦間近というのが恐ろしい……に呆れた僕はすぐに新聞社を辞め、その時の話を動画配信で話すように。

 するとその動画がバズって、以後も動画配信で稼ぐようになってしまった。

 なので僕は、毎日動画配信を続けている。

 いつまでこんな仕事が続くかわからないけど、駄目になったら新しい仕事を探せばいい。

 今の時代、仕事がない人の方が多いので、すぐに仕事が見つからなくも別に恥ずかしくもないし、なによりベーシックインカムがあるのだから。


『若者たちが廃村に集まって自給自足の暮らしをしているケースもあるけど、ほとんどの廃村や耕作放棄地は手つかずになっていて、このまま自然に還るのを座視するくらいなら、それを格安で管理してくれる古谷企画とイワキ工業をありがたがっている人は多いんだけどね。事前に村に行くって言っておけば、旧村民も遊びに行けるから。それを、国や地方自治体と冒険者資本の癒着って記事を書いてしまうのは、いかにも古いブンヤって感じ』


 彼らはそれでずっと上手くやっていたから、今もその手法を続けているけど、新聞の代わりに台頭したWEB記事や動画、SNSですぐに嘘が暴かれてしまうから、新聞の市場規模は縮む一方だった。

 

『日本では熊や害獣も増えていて、ゴーレムなら襲われても問題ない。誰かが手を挙げて管理しているケースもあって、そこに古谷企画やイワキ工業が手を出したなんて話も聞いたことがないから、このままでいいんじゃないかな。それともまったく管理せず、自然に埋もれるのを待つとか。それも自然の流れだから悪くないのかも』


 『故郷が消える!』と騒ぐ人たちもいそうだけど、じゃあ自分が管理するのかと問われると、それはできないと言う。

 すると国がやれと言い出し、いざ始めてみたら予想以上に経費がかかり、今度は『税金の無駄遣いだ!』と騒ぎ始める。

 国や地方自治体も予算は有限なので、すべて引き受けるわけにもいかない。

 それなら、無料みたいな予算で仕事を引き受け、その土地を維持することで手に入るものを売却することで大赤字を補填している冒険者資本は悪くないと思う。

 古谷資本とイワキ工業のこの事業における利益率を考えると、これを癒着というのは言いがかりでしかないのだから。


『今日はこんなところかな。明日はなにを話すかまだ決めてませんけど、お楽しみに』


 人口が減っている日本では、ゴーレムを用いることが増えている。

 街中では多くのゴーレムたちが、人間を雇うよりも安価に運用されているのに、どうして廃村になった故郷でゴーレムを使うと怒る年配者が多いのか。

 感情の問題だと思うけど、それなら自分で廃村を復興させたり、里山と山野を保全したり、害獣を駆除すればいいのに……。

 もしくはお金を出して人を雇えばいいのだけど……。


「そんな人はまずいない……いや、古谷良二以下冒険者資本がそれをやっているんだよな」


 コストが安いゴーレムを使うからか、批判する人は多いけど。

 そして、それでも彼らが日本の自然、里山、山林、農地の管理を続ける理由。

 それは自然を維持することが、ダンジョンを維持することにも繋がっているから。

 前に、古谷良二が動画で話していたことだ。

 田野町日報の老記者たちと吾川には、一生理解できないだろうけど。

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