第293話 廃村復興事業(前編)
「古谷良二をワシは決して許さん! ワシの故郷の村を金の力で支配し、搾取しておる! 記者さん、必ず奴の悪行を記事にしてくれ! 古き良き里山を、悪辣な冒険者資本から取り戻すのだ!」
「任せてください、吾川さん! 必ずや、井野畑村を村民たちの手に取り戻してみせましょう! 加藤、取材に行くぞ!」
「……はい」
「なんだ? 元気がないぞ、加藤 。こんな時こそ、我々新聞記者の出番じゃないか。豊かな自然を、冒険者資本から取り戻すんだ」
今時珍しいと言われることもあるけど、僕は地方紙の記者をしている。
今や、発行部数も売り上げも広告収入も落ちる一方の新聞社だけど、新入社員を募集していないわけではない。
リストラにどうにか耐えきり、どんなに給料が下がっても会社に居残り続ける年寄り記者たちのせいで、今では年に一人か二人しか採用されないけど。
それに加えて、今の日本の失業率は六十パーセントを超えている。
オワコンと言われる新聞社の求人ですら、倍率は数百倍であった。
今年も、なぜか僕だけ採用されたけど、どうして自分が採用されたのかさっぱりわかららない。
別に僕は、新聞記事で社会正義を成そうだなんて微塵も感じておらず、就職活動で受けられるだけ会社を受けて、ここしか合格しなかっただけのこと。
無職は嫌だから、新聞社に就職したに過ぎない。
そんな理由とはいえ、今のところは辞めるつもりもなく、新人記者として先輩記者について取材をしていた。
今日の取材先は、一人も住民がいなくなって廃村となった旧井野畑村……その前に、県庁所在地にある高級マンションの一室である人物を取材している。
彼は井野畑村の出身で、亡くなった両親はそこで農業をしていたそうだ。
彼は大学進学と同時に村を出て上京し、たまの帰省や冠婚葬祭くらいの時しか村を訪れたことがないらしいけど。
そんな彼の説明によると、旧井野畑村の大半の土地や農地が所有者から国に返納され、その管理を国からの委託で古谷企画の子会社が引き受けるようになったのだという。
その制度なら僕も知っている。
今の日本では誰も住まず、なんなら管理を放棄された山野、家屋、土地、農地、が増える一方であり、その対策に各地方自治体が頭を悩ませていた。
元々その土地に住んでいたり、管理していたり、耕していた所有者が亡くなり、そのまま放置されてしまうのだ。
さらに、それを相続したはずの親族が管理と納税を放棄して行方知れずになる。
そんな事案も多く、かといって地方自治体や国が勝手に管理もできず、税を滞納していても取り上げることすらできない。
もし取り上げても税収が下がるだけなので、一縷の望みに期待してそのままに……田舎の売れない土地だから相続者も放置しているような土地の固定資産税などたかが知れており、地方自治体が土地の持ち主を探していないなんて現実もあった。
調査費用と、得られる税収を比べての決断だろう。
そんな理由で放置された土地が増えていたのだが、平地の広い農地は法律を改正して会社が取得しやすくした結界、大規模農業が効率よく行われるようになった。
日本は食料自給率が低いので、その対策もあって補助金も出るからだ。
そうやって育てた作物は国の備蓄に回されたり、古谷企画とイワキ工業が他の惑星国家に輸出していた。
日本ではありふれた食材も、宇宙人からすれば珍しい嗜好品なので高く売れるらしい。
それもあって、今の日本における二大農業法人は古谷企画とイワキ工業の子会社であった。
放棄された日本の農地を次々と買い取り、国や地方自治体から委託を受け、ゴーレムで農業生産量を増やしていた。
それはいいとして、問題なのは山間地にあるような土地と農地だ。
狭くて高低差があって機械を入れにくく、管理、生産コスト的にも高くつき、管理してくれる人を探そうにも、誰も手をあげなかった。
ベーシックインカムのおかげで、廃村に集まって自給自足の生活を共同で行う人たち、みたいな例はたまにあったけど、すべての廃村や限界集落にそういう人たちが集まるわけではない。
そのまま自然の中に埋もれるのを待つしかないと思われたその時。
手を差し伸べたのが、古谷企画、イワキ工業、他いくつかの冒険者資本だった。
『廃村、里山、山林もゴーレムたちに管理させましょう。そうすれば、コストも安く抑えられます』
この提案に、放棄地に悩んでいた国と地方自治体が乗った。
なによりありがたいのは、格安で引き受けてくれたことだ。
『合併した村についていた無人の廃村、熊も出るからどう管理しようか悩んでいたけど助かった!』
『山奥すぎて、たまに職員が様子を見に行くだけでも大変なのに、崩れかけた廃屋の解体や田畑の維持も、格安でやってくれるのはありがたい』
日本政府はまず法律を改正し、放棄地を国に返還するよう、土地を放置していた持ち主に連絡をした。
同時に、これまで支払わなかった固定資産税を払えと。
面倒な管理や納税をしたくないから土地や農地を放置していた持ち主たちはパニックに陥るが、ここで国は助け舟を出す。
『土地を国に返納するなら、これまでの税金は免除します。手続きも無料ですよ』と。
『助かったぁーーー』
『あんな山奥の段々畑や棚田なんていらないしな。実家もボロボロだけど解体費用が高くつくし、更地にすると固定資産税が何倍にもなるし……』
『『無料でもいいから引き取ってくれ!』って何度も役所に頼んだけど、断れたから放置してたんだ』
親の死で仕方なく相続したものの、売るに売れないし、ボロボロになった空き家の解体費用も出せない所有者たちは、その提案に飛びついた。
こうして、日本の大半の放棄地や所有者不明の土地が国のものとなり、その土地の管理を古谷企画などが引き受けることになったわけだ。
しかも、管理事業の落札金額はかなり安かった。
というか実質無料に近い。
その代わり、ゴーレムたちは管理する農地を再生して収穫物を得たり、山野で狩猟……これは害獣駆除も兼ねている。最近は熊が増えて問題になっていた……を行い、山菜、キノコなどの採集をしたり、林業をしたりして、それらの収益を得るという条件になっていた。
国や地方自治体は、管理が面倒な放棄地の管理を安く頼める。
中には、国や地方自治体がゴーレムを借りてやれという人たちもいたが、それをすると国や地方自治体が管理をすると、とんでもない経費がかかってしまう。
そうなれば今度は確実に、『税金の無駄遣い』と批判されてしまうだろう。
なので、古谷企画やイワキ工業が山林や放棄地を安く管理してくれるのなら、その過程で出た成果で商売をしたとしても、利益は税収になるのだから大歓迎……とはならなかった。
そんな大半の土地が国の所有となり、古谷企画がゴーレムたちに管理させている廃村、井野畑村に故郷がある老人が、村を村民たちの手に取り戻すべく行動を開始し、地元新聞社であるうちがそれを記事にしようと取材していたわけだ。
一応取材はしているのだけど、盛り上がっているのは先輩記者と旧井野畑村出身者の老人だけ……ここには三人いるから、三分の二は旧井野畑村の管理を古谷企画に任せた国や地元自治体と、廃村管理と銘打って、管理している土地で商売をする悪の大企業、古谷企画を糾弾することに賛成となったわけだ。
「幼き頃、自然溢れる井野畑村で遊んだ光景が今でも脳裏に浮かぶ……。そんな大切な井野畑村を冒険者資本になど任せられるか!」
「そうですよね、吾川さん。必ずや、旧井野畑村の管理を旧住民有志の手に取り戻しましょう!」
「田野町日報さんも協力してくれるか! 必ずや井野畑村を悪の冒険者資本から取り戻すのだ!」
「任せてください! なあ加藤」
「はい……」
「加藤、お前はいつも元気がないな。せっかく、社会正義を成せるのに」
実は、盛り上がっているのはこの二人だけだった。
そもそも、旧井野畑村が廃村になったのは、住んでいた住民たちが亡くなったり、高齢のため都市部やケアハウスなどに引っ越したからだ。
そして、悲しいことに移住志望者がゼロだったという理由も。
彼らの大半は、自分たちでは管理できない旧井野畑村の土地と畑の所有権を放棄して国に委ねたのだ。
いくら説得しても土地を渡さず、頑迷に抵抗しているのは吾川さんくらいだった。
そして一番ビックリすることは、彼は自分の両親の葬儀以降、一度も旧井野畑村を訪れていない。
彼は、県庁所在地のある田野町市にある高級マンションの一室を所有し、そこで暮らしていたからだ。
吾川さんは定年退職するまで東京で働いており、彼は今声をあげるまで旧井野畑村存続のためになにかしたことはない。
仕事がなくなって暇になったのか、最近になって急に旧井野畑村存続運動を始めたという事情があった。
「(旧井野畑村を古谷企画から取り戻し、旧住民たちで管理するって言っても、誰も賛成しないだろう)」
それが嫌だから、できないから、国に土地の所有権を譲って管理を任せているのに、勝手に吾川さんが旧井野畑村の所有権を取り戻し、管理は旧住民有志で行うなんてことになったら、みんな無理だって言うに決まっている。
「(しかも吾川さん自身は、自分で管理をしない可能性が高い)」
彼が自分で、田畑や山野などの管理をするとは到底思えなかった。
これまでそんなことをした経験もなく、もしその気があったら、会社を定年退職した時点で旧井野畑村の実家に戻って農業でも始めていたはずだ。
「(でも彼は、便利な県庁所在地の高級マンションを買った)」
吾川さんはいいところに勤めていたから、地方都市なら高級マンションを買うお金があった。
それはとてもいいことだけど、それなら中途半端に政治活動なんてしない方がいいのに……。
「(もし国が、旧井野畑村の管理を旧住民有志に任せるって判断したらどうなるんだろう?)」
吾川さんはのん気に喜ぶんだろうけど、いきなり過酷な肉体労働がある旧井野畑村の管理を任されたら、彼以外の旧村民とその親族たちは堪ったものじゃないだろうな。
年を取った自分たちが過酷な仕事をやらされるのだ。
余計なことをしてくれたと、吾川さんは旧村民たちに恨まれるはずだ。
「(吾川さんはとてもいいことをしているつもりだから、旧村民たちに恨まれるなんて微塵も思っていないだろうけど。定年退職したあと、吾川さんは暇だったんだろうなぁ……)」
そんな時に、故郷の廃村が国の所有と管理になり、それを管理するのが古谷良二の会社だと聞いた。
冒険者を格差の元凶だと嫌う人は一定数おり、吾川さんが働いていた会社にも悪い影響があったのかもしれない。
その仇……吾川さん本人は、旧井野畑村奪還を正義のためだと思っていそうだ。
そして、そこに古い新聞記者である先輩が飛びついた。
先輩は、ゴーレムたちが管理することにより旧井野畑村から生産されたものを古谷企画が宇宙の惑星国家に販売して利益をあげていることに注目した。
国と地元自治体は、新たな富を生み出している山野や耕作放棄地の管理を古谷企画、イワキ工業などの冒険者資本に独占させている。
これは、国や地方自治体と冒険者資本の癒着なのではないかと。
吾川さんも先輩も、少し前までは放置されていた山野や廃村の価値を高く見積もり過ぎだ。
冒険者資本が上手く商売にしているから、誰がやっても山野と廃村から利益を出せると勘違いしているのだ。
これまで誰も引き受けなかった山野と耕作放棄地を格安で管理してもらえるのは、その売却益があるからではないのか?
という正論は、少なくとも吾川さんと先輩には通用しないんだろうなと。
どっちも新卒から定年及び、それに近い年齢まで同じ会社に勤めていたから、世間の人たちが思うほど社会常識がないんだと思う。
「(これ、もし記事が燃え上がって、古谷企画とイワキ工業が山野と耕作放棄地の管理業から降りたらどうなるんだ?)」
考えただけでも恐ろしいが、新人記者が意見しても無駄だろう。
むしろ、自分たちの正義を邪魔するのかと、吾川さんと先輩に叱られそうだ。
「日本国民の富と税を奪い取り続ける冒険者資本に一撃食らわせてやりますよ!」
「旧井野畑村を取り戻したら、次の廃村を取り戻す運動を始めます」
「それはいいですね」
そんなことだろうと思った。
吾川さんは、取り戻した旧井野畑村の管理を旧住民有志に一任するつもりのようだ。
そして自分は、旧野畑村と同じように冒険者資本が管理している廃村や放棄地の奪還運動を続ける。
吾川さんは、自分のようなエリートは根本的に農作業や肉体労働なんてする必要がなく、他人に任せればいいと思っているようだ。
旧井野畑村を取り戻したら、そのあと旧井野畑村がどうなろうと知ったことではないのだ。
もしちゃんと管理されていなかったら、それは旧村民有志の責任だと言い張るのだろう。
勝手に旧井野畑村の管理権を取り戻し、その仕事を押し付けたくせにだ。
「(そうやって吾川は、運動家から政治家になるのか……)」
こんな人と、それに同調するいい歳をした新聞記者。
それは、新聞がオワコン化したなんて言われるはずだ。
しかし……。
「(こんなバカな告発、上手くいくわけがない)」
「加藤、行くぞ! 吾川さんが旧井野畑村の実家に戻り、農作業をする写真を撮るんだ」
「わかりました」
なにが農作業だ。
実家と農地の所有権を国に渡していない吾川だったが、これまで実家に移住するわけでも、定期的に戻って管理をしていたわけでもないというのに……。
それでも上司の命令に逆らえず、僕は旧井野畑村まで社用車を走らせた。
タクシーは経費節約のために使えず、新聞社の経営も危機的状況だよなぁ……。
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