その「小説」が書かれた理由。

飯田太朗

さて、チャーリーくん

 私の特技と言えば断然日向ぼっこで、広い「カクヨム」世界の「ミステリー界隈」、比較的ジメっとしていたり陰惨だったり霧やスモッグに包まれていたりするような世界の片隅で、僅かなお日様を見つけてはのんびりと体を横たえる、そんな年老いた猫のような性格をしていた。それが私だった。


 まぁ、「猫」と言われることに不満はない。嫌いではないし。むしろ好きだし。何なら私、顔を舐めるし。


 ミステリー界隈、と言ったが、私がよく姿を現す場所はミステリーと近接領域であるホラーの近く。扱うのが怪異なのか怪奇なのかという微妙なラインを攻める領域だったので余計に日の当たりが悪い。何だかこのところ、血を吸う虫を題材にした作品が書かれたのか妙な虫が湧いていて困る。どんな作品を書くかは好き好きだが他のアカウントや作品に迷惑をかけるのは辞めてほしい……ま、ミステリーやホラーなんて不快感や不安を扱うジャンルなので、多少のことは仕方ない、が。


 そういうわけで日向ぼっこである。


 読書は好きだった。そのための「カクヨム」だ。当然、読むのはミステリーやホラー。この界隈は過疎なので、大海から真珠の粒を見つけ出すようなことはしなくていいが、代わりに澄んだ小川のように見つける石の全てが艶々して見えて迷ってしまう界隈でもある。


 あの作品との出会いも、本当に済んだ川の中に丸まったちょうどいい大きさの石を見つけたような出来事だった。


 ちょっと変わっていると思われるかもしれないが、私はタイトルやキャッチコピーはあまり気にせず、「カクヨム」内のタグや、面白そうな作者でまとめ読みをするようなことをしているアカウントである。


 故に「あの作品」のタイトルが何だったかは今となっては分からない。ただ私は、「あの作品」の作者と出会うことができた。どことなくニヒルな雰囲気を放った、ジャケット姿の紳士である。つけている腕時計が高級そうだった。紳士は笑った。


「僕の作品をここまで丁寧に読んでくれたのは君が初めてだよ」

 えーっと? 紳士は私に名前を問うように首を傾げた。私は少し意地悪をして、首を傾げ返した。それは、そう。猫がそうするように。


「チャーリーくん、と呼ぼう」

 紳士は再び笑った。

「さて、チャーリーくん」

 チャーリー。

 私は笑った。私の作品にもその名前は出てくる。


「ここに謎がある」

「謎」

 私は言葉を返した。謎。ミステリー好きにとってこれ以上の餌はないだろう。まさに猫にマタタビ、カツオブシ。


「例えば、だ」

 紳士は手を広げた。

「ある女性がいたとしよう。妊娠している。出産間近だ。もう中絶はできない」

「はぁ」

 何だか重そうな話題だと私は察知した。

「産まれてしまう。陣痛は避けられない。しかしだ、考えてみてほしい。その生まれた子供が優秀な確率は? その生まれた子供が犯罪者にならない確率はどれくらいだろうか。障害や先天性の疾患を抱えている確率は? そもそもちゃんと生まれてくれる確率は?」


 何が言いたいのか分からなかったので私は首を傾げた。それこそ……もう、何度も言うが……猫のように。


「さて、『謎』だ」

 紳士が自分の鼻をちょいと掻いた。

「そうまでして『子を産む』意味は何だろう? 子供側から見ても、『生まれる』ということはデメリットがあるのではないだろうか? 生まれなければ、苦しむことも、悩むことも、悲しむことも、辛いことも、一切が生じない。ゼロだからな。しかし生まれたことによってマイナスに振るリスクが発生する。母の立場になってみよう。出産は場合によってはマイナスに大きく振れるリスクのある行為だ。まず妊娠を望む望まないがあるし、妊娠による体調の変化、出産時の苦痛、その後生まれた子供の養育、保護、様々な義務の発生。子を産んだことにより母の生活……人生とも言えるね。『ライフ』だ……は大きな制約を受ける」


 ここまで一息に話すと紳士は興奮を押さえ込むようにため息をひとつ、ふう、と吐いた。その様さえ何だか絵になる気がした。


「さて、子の立場になってみよう。出生はゼロがマイナスに振れるリスクのある行為だ。生まれた、つまり『始めた』ことにより『ゲームに負けるリスク』が発生する。多くのゲームは『勝てないゲームには参加しない』ことができるが人生というゲームは別だ。勝てる勝てないに関わらず、自分の意思が介入できない第三者の手によって強制的に参加せざるを得ない。ここで、考えてみてほしい。産む意味は? 生まれる意味は?」


「非出生主義ですね」

 私は述べた。

「ショーペンハウアーとか。『人生は苦しみに満ちている』」

「そう、そうなのだよ、チャーリーくん」


 紳士は空を見上げた。「カクヨム」の空。「カクヨム」の自由な空を。


「苦しみなんだ。創作と言うのは。それは作者にとっても作品にとってもそう。作者は作品を産んだことで『評価される』、すなわち『悪い言葉』を受け取るリスクが発生し、作品は生まれたことで他者を『支配する』、すなわち『悪い影響』を与えるリスクが発生する。ねぇ、チャーリーくん。我々は何故創作をするのだろうね」


「ミステリーですな」私は顔を舐めた。「まさしく、『謎』です」

「全く以て」紳士は私の手を握ってくれた。握手、なのだろうか。


 紳士が空を見た。さっきから妙に上空が気になるようである。そう言えば、と私は思い出す。


「闘技場でイベントがありますね。賞金十万リワード」

「あるね」紳士が頷く。「参加する予定だよ」


 私は息を継ぐ。


「失礼ですがミステリー作家ですよね?」

 紳士は訳もないように答える。

「そうだが?」

「戦えますか?」

「それは愚問だね」

 紳士は笑った。

「考えてもみたまえ。ミステリーだ。殺人の物語だ。これ以上に殺傷性の高い物語があるだろうか」


「しかし相手は魔法や科学です」

 私は背中をぐっと伸ばす。

「単純な殺人鬼じゃ、戦えるか……」

「私の作品を読んだだろう」

 紳士の声に、私はハッとした。

「そういうことだよ」


 うむ。

 そういうこと、のようである。

 確かに紳士の作品は面白かった。人工知能が活躍する物語で、主人公と人工知能のコンビネーションが抜群だった。


「行ってくるよ」

 紳士はジャケットを正した。もう何度目か、また空を見上げる。

「いい天気だね」

「本当に」


 紳士が闘技場の方に歩いていくのを私は見届けた。お日様を受け、少しだけ伸びをした。何となく疲れたので、私はその場でログアウトすることにした。そしてその判断を下した自分に、心の底から感謝することになった。


 闘技場イベント。

 賞金十万リワード。

 その会場で事件は起きた。

「カクヨム」の空が割れた。

『エディター』が降ってきたのだ。


 作品が荒らされた。

『エディター』は様々な方法で作品を蹂躙した。ここで私は、紳士の言葉を思い出した。


「苦しみなんだ。創作と言うのは」


 言う通りだった。作家は作品によって苦しめられ、作品は作家によって駆逐される羽目になった。産んだものと生まれたもの、双方が苦しめ合う形となった。それは阿鼻叫喚の図であると同時に、あるべき自然の姿のようにも思えた。


 作家たちは自衛に走り、それぞれのギルドを作った。私はどこにも所属する気がなかったが、一人の紳士に声をかけられ、とあるギルドに所属することとなった。


「チャーリーくん」

 奇遇にも、紳士はあの紳士と同じ名前を私につけた。

 奇遇にも、紳士の作品はあの紳士と同じく人工知能が活躍する物語だった。

 奇遇にも、紳士は私やあの紳士と同じくミステリー界隈の人間だった。


 あの日、霧やスモッグの彼方で出会った謎の紳士のことを、私は時折思い出す。

 思い出す度に、何故か気持ちが「カクヨム」の墓地に引っ張られる。


「墓地」に思い入れを持っているのは私だけではないようだった。亜未田久志、という同じギルドの作家も、「墓地」には思い入れがあるようだ。


「チャーリーくん。作戦会議だ。すず姉を奪還するぞ」


「ノラ」に「小説を書いたことがない」という新入りが入ってきた時。

 彼は私にやっぱり「チャーリーくん」と声をかけてきた。私は応えた。


「にゃあ」


 そう言えば。

 あの紳士の作品、のタイトルを思い出した。


 残忍にも己の作品を切り刻む作家を見て。

 無残にも己の作品に切り捨てられる作家を見て。

 私の脳裏に、あの澄んだ川の中の一石、紳士の作品のタイトルが浮かんだのだ。


『あの羊を屠るには』

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その「小説」が書かれた理由。 飯田太朗 @taroIda

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