最終話 恋の島、古宇利島で誓う

 ナツミちゃんと知り合って二日めの昨日は、僕とナツミちゃんとでホテルのすぐ前のビーチで朝から夕方まで過ごした。


 海水浴をしたり、浜辺で二人でお互いのこと、たくさん話して。

 高校生になってから同年代の子と、しかも女の子とこんなにじっくりお喋りしたのは初めてだった。

 ナツミちゃんに仲の良い男子とか彼氏がいないことが分かって、僕はホッとしていた。

 魅力的な女の子だもんな、うかうかしてたらきっとすぐに誰かがナツミちゃんに恋して告白してしまう。

 僕は自分の気持ちを伝えるべきだよね。

 引っ込み思案な僕だから、相当な勇気と覚悟がいる。

 僕にとって人生初の告白だ!

 ……頑張ろう。


「はあー。帰りたくない」


 明日は東京に帰る日だ。

 僕からは、ため息が出てばかり。


 僕は胸がぎゅうっと痛んだ。

 寂しくてたまらない。

 沖縄を離れるなんて、ナツミちゃんと過ごせる時間がもう終わりだなんて……。

 僕は、ナツミちゃんの柔らかい唇が触れた自分の頬にそっと手を当てた。

 現実じゃない、夢みたいな出来事……。

 キスされた感触を何度も思い出してポーッとなっては、次に胸に去来するのは別れが近づいている事実だった。

 恋って……。人を好きになるって嬉しくて甘くてそわそわくすぐったい。だけど、こんなに痛くて辛くて、寂しくて悲しい。

 両極端の気持ちが行ったり来たりする。

 ちょうど、寄せては返す海の波のようだと僕は思った。


「シュン。ナツミちゃんって、可愛らしくてとっても素敵な子ね」

「うん。お母さん、今日もナツミちゃんと出掛けて構わない?」

「もちろん。ただし、晩御飯までには帰って来てね。ナツミちゃんのご家族も心配するだろうから」


 旅先で僕に友達が出来たことを、お母さんは喜んでくれた。

 嬉しそうに笑ってた。

 僕はお母さんが、憂いのない満面の笑みを浮かべるのを、久しぶりに見たような気がする。



    ✧✧



 沖縄に来て三日めの今日。

 朝御飯を食べてから、ナツミちゃんと二人で古宇利島こうりじまというところへ行くことになった。

 ナツミちゃんが僕と行きたいって。

 古宇利島にはハート岩というシンボルがあって、恋の島とも言われているらしい。


 待ち合わせた僕とナツミちゃんはバスに乗って、古宇利島に向かった。

 座席に二人で寄り添うように座ると、恥ずかしくて僕は無口になった。

 ナツミちゃんが話しかけてくれるから、僕はちらちらナツミちゃんを見たり車窓からの絶景を交互に見ながら、答えを返した。

 古宇利島こうりじま屋我地島やがじしまという場所を結ぶ、長い長い橋は海の上を通っている。


 晴れ渡った青空に綿あめみたいな雲が並んで流れ、海面はエメラルド色に広がる。薄い水色に濃い青色や緑色がグラデーションになっている。

 どこを見ても、視界に入る景色は宝石を散りばめたような煌めきを放っている。


「沖縄ってほんとに海が綺麗だね」

「そうでしょ? 綺麗すぎて言葉も声も出なくなるよね」

「うん。たしかに」


 僕が声が出なくなるのはそれだけじゃないけれど。

 ナツミちゃんはこの景色に感動したから、僕は無口になったと思っただろうか。


 僕はナツミちゃんの笑顔の眩しさにも、息を飲んで声が出なくなってる。


 出会ってたった三日間の恋。


『――ねぇ、ナツミちゃんは僕のこと、どう思ってる?』

 訊きたくても訊けない。


 古宇利島にバスが着いて、僕はナツミちゃんとハート岩にさっそく向かうことにした。


「ナツミちゃん。帰りのバスの時間もあるから、古宇利島にはそんなに長くはいられないみたいだね」

「……うん、そうだよね、のんびりしてられないね。あ〜あ。楽しい時間ってすぐ過ぎちゃう」


 僕達はお喋りしながら、ゆっくりと海沿いの道を歩いていた。

 隣りを歩くナツミちゃんは急に歩みを止めた。

 あれっ? と不思議に思い、僕が振り返るとナツミちゃんは寂しそうに笑った。


「明日にはもう、シュンくんは帰っちゃうんだね」

「また、来るよ」

「ほんと?」

「うんっ、必ず来るよ。だからナツミちゃん。僕のこと忘れないで」

「忘れるわけないじゃない。だって、私……」


 言うなら――。

 今だっ! と、思った。

 自分の気持ちをナツミちゃんに伝えるなら、好きだって告白するなら、今しかないと思った。


「僕はナツミちゃんが好きです! 君は……。ナツミちゃんは僕のことどう思ってる?」


 言った。

 はあぁ〜っ、言っちゃった。

 勢い任せに言ったもんだから、息が上がる。顔がめちゃくちゃ熱いです。


「ふふっ。私も好き。……良かった」

「えっ……」

「だってまだ私とシュンくんは出会ったばかりだし。明日にはお別れだから」

「思い出、いっぱい作ろう。メールも電話もするよ」

「うん。私はじゃあ、手紙を書くね。沖縄の写真をたくさん撮って手紙に入れて、シュンくんに送る」


 僕は自分から初めて、女の子の手を握った。

 ドキドキする。

 ナツミちゃんの指は細くて、柔らかかった。


「ナツミちゃん。僕はナツミちゃんに、本当はハート岩の前で告白するつもりだったんだ。僕は生まれて初めて恋をした。君が好きですって」

「ごめん、せっかくロマンチックな場所で告白してくれるつもりだったのにね」

「ううん、良いんだ。ナツミちゃんと気持ちが通じ合ったから、結果オーライだよ」


 僕はナツミちゃんと繋いだ手をきゅっと握った。


「ハート岩ってどんなだろうね」

「ナツミちゃんも初めて見るの?」

「うん、そうだよ。私、見に行くなら好きな人と行くんだって決めてたんだ」


 三泊四日の旅はあっという間に過ぎ去っていく。

 本当にあっという間で……、ナツミちゃんとサヨナラなんて寂しい。


 僕はハート岩の前でナツミちゃんと約束をした。必ずこの島に戻るって。


「約束だよ、シュン君」

「うん」


 僕とナツミちゃんは、離れ離れになっても想いが繋がるようにハート岩に願いを込めた。


 きっと約束を守るから――。


 僕はナツミちゃんに誓う。


 沖縄の島でナツミちゃんと出会ったから、僕は人生の冒険をすることにした。

 沖縄に住みたい。学校も変わりたい。

 東京に帰ったらお母さんに決意を伝えよう。

 一度は反対されるかもしれない。

 でも、僕は知ってしまったんだ。

 楽しい世界があることを。

 広い世界があることを。


 僕の細胞こころが渇望している。


 部屋の仮想の狭い海から抜け出して、僕は本物の海のそばで暮らしたい。


 たぶん。

 きっとお母さんは許してくれる。


 死んだように自分の部屋で虚ろな目をした僕より、今の僕をお母さんは喜んでいる。


 たとえ誰かに無謀で馬鹿なことと言われても。


 たった三日一緒にいただけの女の子のそばにいたい。


 僕がいたい場所はここだ。


 仰ぎ見る空には飛行機雲がひと筋、駆け抜けていった。




        了




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君と出会った夏【カクヨム公式自主企画参加版】 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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