第4話 ナツミちゃんと冒険しよう
僕はナツミちゃんと、張りきって沖縄島探検に出掛けた。
わくわく、どこかそわそわした気持ち。
行き先は未定。
意気揚々と、足の向くまま気の赴くままに、行き当たりばったりな真夏の冒険――。
ナツミちゃんは、岩場のゴツゴツとした場所も難なくすいすい歩いて行ってしまう。
「シュンく〜ん! こっち、こっち」
「あっ、うん。待って、待ってー」
彼女は、幼い頃からおばあちゃんを訪ねて島に遊びに来ていて海の岩場にも慣れているんだって。
僕はそんなナツミちゃんについて行くのが精一杯だ。情けないなぁ。
照りつける陽射しを全身で受け、汗が吹き出し雫になって顔や背や腕からもあらゆるところ、僕の体中から流れて出ている。
僕は滝のような汗が出ることに不思議と嫌な感じがしなくて、生きてる実感みたいなものを感じてた。
海から内陸に向かうとジャングルみたいな森林が広がる。
ナツミちゃんが名前を教えてくれたガジュマルの木や、メヒルギにオヒルギなどの木。タコの足みたいな根っこを地表に出しどっしりと構え、樹々がそびえるマングローブ林が見える。
マングローブ林の水辺や川は淡水と海水が入り混じっているんだって。
塩分があっても育つ木って凄いよね。どんなメカニズムになっているんだろうか。
足元は泥の地面が多くなり、影になる木々の根元近くはぬかるんで陽向は干上がってひび割れたりしてた。
よく見ると、カニがさささぁっと僕を警戒して素早く走って行く。
足が疲れるまで僕達は、ナツミちゃんのお気に入りの場所を歩き回った。
どれぐらい歩いただろうか?
「そろそろ休憩しようか? シュン君」
「う、うん」
僕に比べたらまだまだ平気そうなナツミちゃん。彼女が休もうと提案してくれたのは、へたばってる僕への優しさに違いない。
「休憩場所にとっておきの場所があるの。ついて来て」
「うん」
僕の足は棒のよう……、はたまたぎこちないロボットみたいだったが、頑張って歩いた。
こんなに歩くのは学校の遠足のハイキング以来だ。
ナツミちゃんのとっておきの場所がどんな所か――、それが楽しみで僕の気力になって歩き続けた。
辿り着いたのは、ナツミちゃんのお父さんの友達のお店だった。
「わあっ」
僕は感嘆の声を漏らす。
「ねっ、素敵でしょ?」
ナツミちゃんは得意顔で微笑んだ。
お店は、ツリーハウスが横に並ぶ丸太小屋だった。
ツリーハウスはまるで冒険小説のトム・ソーヤーに出て来る、トムの親友ハックルベリー・フィンの隠れ家を彷彿とさせる外観だ。へぇ〜、すごいや。
お店は観光客向けにお土産を売っていて、沖縄ならではの体験ができたり、カフェになっている。
アクティビティ体験が出来るって言うので、初めて僕はカヤックに乗ることにした。
お店の人がカウンターの地図を指差しなぞり、川下りツアーの大まかな説明をしてくれる。
「これから行くのは、初心者向きのちっちゃい子だって挑戦出来るような安全なコースだからね」
「シュン君にも安心だよ」
「うっ、うん」
ナツミちゃんは悪気は無いだろうが、ナツミちゃんが言った『シュン君にも』ってとこにカアッとなった。
そりゃあ、僕は運動神経は抜群じゃないさ。体育は苦手な方だもの。
だけど、ナツミちゃんに「シュン君上手だね」って言わせたい。
よしっ、やってやろう!
心のなかで、拳を握り自身に誓う。
カヤックツアーガイドの店員さんのレクチャーを受けた後、救命胴衣を着け、いざカヤックに乗り込む。
水かさの浅い川はガジュマルなんかのマングローブの木々を抜けるように流れていて、僕はカヤックをおっかなびっくり進ませる。
握ったオールには、水の感触と抵抗が伝わってくる。
頭に枝が引っ掛かるのを払って前を見るとナツミちゃんが近くにいた。
ナツミちゃんの鮮やかで力強いオールさばきに目を奪われて、数秒間呆けてた。
「シュン君、キジムナーって知ってる?」
「うん、名前だけなら」
「ガジュマルの木に棲む幸運の精霊なんだって。ねぇねぇ、向こうの茂みから、私とシュン君を見てるかもよ」
「ナツミちゃんに言われたら、そこにキジムナーが居るような気がしてきた」
「ふふっ。きっと居るんだよ」
精霊が棲む島、神聖な感じがした。
木漏れ日が影と光を交互に作り僕の視界に心地良く、水の反射も体にキラキラ当たる。
地球の上に住んでるんだって実感がこもる。
自然をグイグイ身に受け感じたら、ああ、僕だって生きているんだなと感慨深くなって、喉の奥がツーンとした。
うん。生きてる。
風が撫でるように吹きつけ、爽やかだった。
穏やかな川の流れだったが慣れないカヤックのオール漕ぎに、僕はへとへとになっていた。
腕が痛い。全身が重だるくて。だけどそれが心地良かった。楽しかったから、プールや水遊びをした後みたいな疲労感に満足な気持ちも混じってた。
カヤックツアーのゴール地点に着いて、僕達は川岸に上がる。
ナツミちゃんが僕の顔を真っ直ぐ見て、にっこり笑った。僕はその笑顔にキュンとした。……眩しくて。キラキラがナツミちゃんの周りで弾けてる。
「頑張ったね、シュン君。カヤック初めてだったんでしょ? そんな風に見えなかったな。とっても上手だったよ」
「あ、ありがとう。運動は苦手なんだけど、どうにか漕げて良かった」
「ふふっ。運動が苦手って感じでもない雰囲気だったよ。やりたいスポーツが見つかったら、また私と一緒に挑戦しようっ!」
「うっ、うん……。褒めてくれてありがとう」
「お世辞じゃないよ、本当だからね」
僕はナツミちゃんが一緒にやってくれるなら、嫌いなスポーツも一つぐらい好きになれそうな気がした。
戻ったらツリーハウスで、ナツミちゃんと甘い黒糖カヌレやソーキそばを食べた。
初めて食べたけど、どちらもしっかりとした味わいで美味しかった。
ナツミちゃんと出掛けてる途中で、母さんに心配させたくないので僕がどこにいるかをメールをしておいた。
母さんからはすぐに返事が来た。
『気をつけて、楽しんでらっしゃいね』って言葉が、短いのに母さんの気持ちが込められている。
僕をすごく心配してて。
でも、少しはシュンの好きに冒険させてあげたいわ――。
携帯電話の画面の文字から、そんな母さんの声が聴こえるようだった。
ナツミちゃんの提案で、横の丸太小屋のお店で、琉球ガラスのコップ作り体験をした。
夕暮れ――。
島の灯台が建つ岬に二人で並んで、水平線に沈む夕日をずっと見つめていた。
僕の両方の目からは涙がこぼれた。ぬぐってもぬぐっても勝手に涙があふれて。僕の頬を静かに流れてた。
ナツミちゃんは、何も言わずに僕にハンカチを差し出してくれた。
「ごめん。夕日を見ただけで泣くなんて変だよね、男のくせに泣いたりして」
「ううん、そんな事ないよ。感動したんだよね。男の子だって泣いて良いんだから」
ナツミちゃんの頬にもひと筋光るものを見つけて、僕は借りたハンカチで先にナツミちゃんの涙を拭いた。
「ありがとう」
「……ううん。ナツミちゃんのハンカチだし」
ナツミちゃんは、僕の手からハンカチをそっと掴んで「お返し」と言って、僕の涙を拭いてくれた。
二人の目と目が合ったまま沈黙が続いて――。
僕の肩にナツミちゃんが手を置く。
背伸びをしたナツミちゃんの唇が、ふわっと僕の頬に触れた。
あっ……。
僕はキス、されたんだ。
言葉が出なかった。
驚いたのと恥ずかしさが、光の速さで駆け巡る。
僕の中に、好き、が満ちる。
なにか口にしたら、幸せで魔法みたいな時間が解けちゃう気がした。
僕はいつしか美しく厳かな島の自然にも、可愛くて元気いっぱいで人懐っこいナツミちゃんにも夢中になっていった。
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