スペランカー男とバンドを組んだ女の話

ラーさん

スペランカー男とバンドを組んだ女の話

 口説いてる途中で悪いんだけど、異能ってわかる?


 あ、いや、あたしの歌唱力の話じゃなくて、マンガや小説みたいなフィクションに出てくる超能力みたいなヤツ。


 あれ、あたしにもあるんだよね。


 いや、だから話を聞いて。はぐらかしとかじゃないじゃない。けっこうマジでガチな話。すんごい重要な話だから、ちょっとおとなしく聞いて? ね?


 あたしさ、昔もこうやって口説かれたんだよね。高校時代の話。え、異能? ちょっと待ってよ、話にも段取りってもんがあるんだから。ちゃんと異能につながるから、落ち着けって。そういうとこだよ、あんた。


 あーっと、それで高校時代ね。文化祭でさ、バンドのヴォーカルったのよ。クラスメイトとガールズで。そしたら次の日「俺とバンドをやってくれ」って――そう、あんたみたいなヤツが現れたのよ。「お前のヴォーカルは俺のギターのために生まれた声だ」って初対面でさ。……なに悔しそうにしてんの? うん? 自分が言おうと思ってたセリフ? はっ、安心しろや。先に聞いてる。


 で、あたしはその誘いをどうしたと思う? お、嫌そうな顔。そりゃあ口説き相手から昔の野郎の話なんか聞きたくないもんねぇー。ふふふ、その顔が見たかった。そう、悪い女なのよ、あたしは。まあまあ、惚れた弱みってヤツで聞いてよ。最初は断った。最初って言ってる時点で最後にはバンド組むことになるんだけど、ともかく「お前は俺のギターのために生まれた女」とか第一印象最悪の何様俺様発言だったから、こう「スパァン!」と擬音付くくらいの勢いでぶった切ってやったんだ。うん? そうだよ地雷だよ、このセリフ。よく覚えとけ。


 で、断ったんだけど、こいつが恐ろしくしつこくてさ。もう次の日からは校門やら廊下やら教室やらで待ち構えていて、毎日「俺のギターを聴いてくれ」って、後にも先にもこんな非常識なヤツは初めてだったわ。ああ、あんたはやらなくていいから。だからそのギターにかけた手を下ろせ。マジで。ストーカーっぽくてガチキモかったから、アレ。


 まあ、キモかったんだけど、あまりのしつこさに結局は根負けよ。ギターなんて高校生にとっちゃ安いもんでもないものを、雨に濡れながらでも無理矢理聴かせてくるんだよ? ギターぶっ壊す気かよって突っ込んだら、「運命を引き寄せるためなら惜しくない」とかかんとか。熱意だけは本物だった。それに、冷静に聴けばいいギターだった。ああ、いちいち悔しがるな面倒くさい。


 こうしてそいつとあたしはバンドを組んだ。あいつが曲を作ってギター弾いて、あたしが歌う。あたしの声が欲しいって言っただけのことはあって、あたしの声によく合った曲だった。イメージできる? ――そう、高音シャウトの利いた力強いヤツ。めっちゃがならせられるし、女に求めんなよ、こんな声ってヤツ。「えー」って顔すんなや。こっちが「えー」だわ。まあ、ともかくそいつはそんな曲ばっか作ってやがったから歌ったんだわ。路上ライブとか動画投稿とかやって、バイトで金を貯めて他にベースやドラムやれるヤツ集めてライブハウスでったりもした。次の年の文化祭でも歌ったな。まあまあ楽しかった。強引なヤツだったけど、今思えば青春だったわ、うん。……なに聞かされてんだって顔してんな。まあ待て。話はここからだ。異能の話もそろそろな。


 高校生の青春バンドも色々活動してりゃ手応えも出てくる。けっこうまわりじゃ評判上がっててライブハウス借りてもチケット代で回収できるぐらいになってたし、動画の登録数や再生数もかなり増えてきてたし、もっと上を目指そうぜって盛り上がってもくるわけだ。ほら、声がいいから。で、そろそろプロ目指してみようぜって大手レコード会社のオーディションとか受けたらさ、合格しちゃったのよ、これが。「マジかよ」って、マジなんだよ。ほら、声がいいから。


 高校卒業と同時にデビューだってなって、まあ、浮かれてたんだよね。その連絡をもらった学校からの帰り道、二人で「うおー!」って街の中を駆けまわってさ。コーラとスプライトで乾杯とか、はしゃいでたら車に轢かれた。


 突然過ぎるって、突然だったんだよ本当に。バカみたいにはしゃいでたら、あたしがうっかり赤信号に飛び出して、それに気づいたあいつもあたしをかばうように飛び出して、二人して車に轢かれて、あいつは死んで、あたしは生き残った。


 病院のベッドの上で呆然としてた。こんなの嘘だ。嘘だって。なにも受け入れられなかった。信じなかった。こんな現実ありえない。あんな一瞬で全部が台無しになるなんて酷い。もう一度やり直させて。そんなことを眠れないベッドの上で、一晩中ずっと頭の中で繰り返してた。そうしたら、奇跡が起きた。


 気が付いたら、あいつに告白される前の文化祭の日に戻ってた。なんていうのか、タイムリープってヤツ? それがあたしの異能ってワケ。……なに、その顔。信じてないでしょ? まあ、当然の反応だけど、あたしにとっては事実だから、信じるかどうかはあんた次第。怒って帰ってもいいんだよ?


 ……帰らないなら、続きを話すわ。原因も理由もわからない。今までのことが全部夢だった説だって成立するけど、あたしにとってはそんなことどうだって良かった。やり直せる。それだけで十分だった。だから二度目のあたしはあいつの誘いを二つ返事でOKして、またバンドを始めてあいつの曲を歌った。もちろん活動はまた順調に進んだわ。二周目だったし、やっぱりほら、あたしの声っていいから。タイムリープする前の経験値で歌声も洗練されてたから、前より注目を集めるのも早かった。今度は芸能事務所やレコード会社の方からスカウトが来て高校在学デビューって話になった。すごいでしょ?


 でも今度は浮かれなかった。あんなトラウマ二度とごめんだ。デビューの連絡をもらった学校からの帰り道、季節も時間も変わってたから同じ車は来るはずないってわかってたけど、あたしは慎重に交通ルールを守って道を歩いた。横断歩道があったら手を上げて渡ろうかってぐらい慎重に――あいつの手を握ってさ。


 そしたら不良にからまれた。


 冗談じゃない、カップルに間違われてさ。……え、付き合ってたんじゃないのかって? ……違うわよ、あいつとはそういう関係じゃない。そういう関係だったらこんなにあたしだってさ……。あー、いいやいいや、いらないわ、この話は。ともかくカップルに間違われて、ヒマな不良どもに「おーおー仲がいいねぇ、お二人さん」的なマンガみたいなからまれ方をしたワケ。本当にふざけてる。それであいつが死ぬんだから。


 そう、死んだ。二回目。あいつは直情径行だったから、不良に怯まず猛然と喰ってかかった。不良って生きものは、なめられたら負けだって文化で生きてるから、不良の一人が野郎生意気だって先に手を出したのよね。そしたらあいつ、その不良に倍返しにやり返しちゃってさ、相手も仲間の見てるところで負けられないって引くに引けなくなったんだろうね、ナイフを取り出した。


 で、ブスリよ。刺した不良はビビって逃げた。あたしは頭がまっしろになって、なんかあいつの手をずっと握ってた。誰かが呼んだ救急車が来て、一緒に乗せられて運ばれてる最中もずっとあいつの手を握ってて、あいつが「ごめんな」とか言うのが聞こえて、それで気づいたら、またあいつに告白される前の文化祭の日に戻ってた。三周目。


 ……ここまで話したら、この先の展開ってだいたい想像できない? そう、あいつ死ぬのよ。何回も何回も。回避しても回避しても、どっからか偶然が降りかかって死ぬのよ。階段から落ちたり、トラックに轢かれたり、風邪こじらせて肺炎で死んだり、バイト先が火事になって死んだり、夕立降ってるときに外に出たら落雷で死んだり、川遊びに行ったら子供を水難救助して代わりに死んだり、もう軟禁してやるって部屋に押し込んだらストーブ点けっぱなしで昼寝して一酸化炭素中毒で死にやがるし、死亡フラグが紛争地域の対人地雷ぐらいあり過ぎて、前世でなにやればこんなに運命見放されるんだよっていうくらい死にやがるのよ、あいつ。スペランカーよりもよく死ぬ男だったわ。バナナの皮に滑って頭打って死んだときは、さすがに乾いた笑いが出たもん。ギャグかよって。なんかもう意地になって、何度も何度もやり直して、何度も何度も死に別れて、それでもやり直して、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し……。


 その中でも一番最悪だったのは、投稿してた動画の男性ファンがストーカー化して「こんな男よりボクの方がキミにふさわしい」とか言って襲ってきたヤツだね。また目の前でナイフに刺されやがってさ。吐きながら泣いたわよ。まったくさ。


 で、もう何周目なのかもわからなくなってたけど、このストーカーの件であたしの心はついに折れたんだ。二人でさ、生きてく未来なんてないってさ、出会わなければ、あいつは死なないのかもしれないって思ってさ、だからあたしは最初の文化祭で歌うのをやめたんだ。


 そしたらそれが大正解。あいつ死なないでやんの。あたしもあいつもプロミュージシャンにはなれなかったけど、高校卒業してもその先になってもあいつは死ななかった。あいつのSNSのアカウントずっと平和に売れないギター垂れ流して稼働し続けてんのよ。なんだよ、あたしが原因かよ、諦めたらゲームクリアですとか、神様ってヤツは本物の胸糞ゲス野郎だって思ったね。


 なのにさ……いい加減わかってこない? ねぇ、なんであんた、あたし口説いてんの? また死ぬ気なの? あたしがどんな気持ちで歌捨ててさ、あんたの前から姿消したと思ってんの? ああ、なんでこんなところで歌ってるの見つけちゃうの? 信じらんない。独りカラオケボックスで見つかるとか、マジありえない。カラオケにギターの練習とか来んなよ、貧乏人……。ああ、ホントこんなとこでさぁ……マジで勘弁してよぉ……。



   *****



 そう泣き崩れた彼女を前に、俺は掛けるべき言葉を探した。


「ずっとなにか足りないと思って生きていた」


 それは迷うこともなく、戸惑うこともなく、最初からそこにあったかのようにすぐに見つかった。


「でも、キミの歌声を聴いたときに、その足りないものが埋まったんだ」


 カラオケボックスの個室から自分の作った曲を歌う声。激しく、力強く、それでいてどこか切なく、誰かを求めるように掠れる声。


「だから、売れないギターで悪いんだが――」


 その声を聴いた瞬間に、俺はずっとこの声を求めていたことを知った。自分の全部を捧げてでも欲しいと思ってしまった。気づけば歌声の聴こえる個室のドアを開けて、その想いを歌声の主に伝えていた。


「俺のギターで歌って欲しい」


 今日、二回目のこのセリフに彼女は泣いたままの顔を上げて笑い、


「そういつだって、あんたはあたしの声のことしか言わないんだよ、バカ野郎」


 心底あきれた声で俺をくさした。たぶん彼女の言う通りなんだろう。彼女の話が全部本当なら俺は相当にヒドいヤツで、ずっと彼女を苦しめてきた存在のはずで、もっともっと違う言葉を掛けてやるべきなんだろう。だが――、


「バカだからここにいる」


 ギターを片手にそう言うと、彼女は大笑いして涙を拭いて俺を見た。俺は彼女に問い直す。


「答えは?」

「あたしの方が大バカだ」


 そこで彼女は急に俺に抱きついてきた。突然のことにやり場のない両手をバンザイしていると、耳元で彼女が小さな声で言った。


「……絶対、あたしより先に死なないでよ」


 それは消え入るような小さい声で、だから俺は彼女の背中に手を回し、安心させるように力強く言った。


「絶対死なない」

「ああ、バカ……それ絶対死亡フラグだよ……」


 そう泣き声混じりにぼやく彼女の手が、熱く、強く俺の背中を抱き締めるので、俺は彼女の気が済むまであやすようにその頭をなで続けた。

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