僕とあいつの付き合い方
「待て、行くな、薫!!!!」
僕の叫びに、靄の中で何かが動く気配がした。
薫の瞳が、小さく振り返っている。——間違いなく。
「薫。
僕と、これからも一緒にやっていこう。今までみたいに」
もう遅いのか。
あいつの耳にはもう、僕の声など届いていないのか。
「…………は?
優斗、やっぱお前、頭おかしいんじゃねえの……?」
どこか茶化したような、それなのに泣き出しそうな薫の細い声が、僕の耳に届いた。
その声に、僕の頰にもどっと涙が溢れ出した。
「お前の経験してないこと、これから一緒に経験しよう。
幸せを、これから山ほど味わおう。
ただ、約束がある。
今までみたいに嫌がらせを仕掛けてくるのは、今後一切ナシだからな。
思い切り楽しく生きるんだ。二人で。
ちょっと窮屈だけど、この身体使ってさ」
「……優斗……
本当に、そうしていく気なの……?」
母さんも、度肝を抜かれたように僕を見つめる。
「そうだよ。だって僕は生まれる前からこいつと一緒なんだから、もう慣れてる。
だから母さんは、これからは僕と薫を思い切り愛してくれなくちゃ」
そう言いながら、僕は靄の中の薫の腕をぐっと捉えると、力一杯自分の側へ引き寄せた。
初めて、間近で薫と目が合う。
僕たちは、昔からの友達のように笑い合った。
*
二人で一緒に受験勉強を乗り越え、何とか高校に合格した高校1年の春。
「母さん、ただいま」
帰宅すると、母さんがエプロンをかけながら冷蔵庫を開けている。
「お帰りー。今日は夕飯何にしようか?」
「んー、ハンバーグ、かな」
振り返った母さんは、クスッと笑った。
「……あ、今日は薫ね?
薫は昔っからハンバーグ大好物だもんねー。よし。今日はハンバーグだ!」
パッと明るく微笑む母さんの顔と、弾むような声。
たったこれだけのことが、こんなに胸が震えるほど嬉しく、幸せだなんて。
「ありがとう、優斗」
「だからーいちいち礼とか言うなって。今度言ったらマジで怒るぞ」
部屋への階段を登りながら、俺たちはしばしばそんな小さな喧嘩をする。
*
それから、10年が経った。
僕と薫は今、26歳を経験中だ。
「なあ、薫。——そろそろ、ひかりにプロポーズしたいと思ってるんだけど……お前、どう思う?」
「ああ。俺も今が最高のタイミングじゃないかと思ってた。彼女は本当に素敵な人だな」
「そっか、そうだよな!?
彼女がプロポーズに頷いてくれたら——楽しいだろうな、三人で暮らすの」
「まあ、彼女から見たら俺たちは当然一人分だけどな」
「な」
二人だけの極秘の会話をしながら、一緒に小さく笑い合う。
「なあ、優斗。覚えてるか?
お前、生まれた時、最初泣かなかっただろ? 俺の言うことちゃんと聞いてるなーと思って、ちょっと笑えた」
「は?……お前、そういうとこマジ最悪だな」
「俺が生まれる時溺れかけて苦しかったからさ、つい。
あの時、お前が俺の声に答えてくれなければ、俺はここにいなかった。
ありがとな」
僕たちは、これからもこうして一緒に人生を楽しんでいく。
人生を独り占めはできないけれど、僕たちは孤独を味わうことはない。
心臓が止まるその瞬間まで、二人一緒だ。
生きるなら、独りきりより、やっぱり二人だ。
薫と生きてみて、今僕ははっきりとそう思っている。
僕とあいつの付き合い方 aoiaoi @aoiaoi
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