僕とあいつの付き合い方

「待て、行くな、薫!!!!」


 僕の叫びに、靄の中で何かが動く気配がした。

 薫の瞳が、小さく振り返っている。——間違いなく。


「薫。

 僕と、これからも一緒にやっていこう。今までみたいに」


 もう遅いのか。

 あいつの耳にはもう、僕の声など届いていないのか。


「…………は?

 優斗、やっぱお前、頭おかしいんじゃねえの……?」


 どこか茶化したような、それなのに泣き出しそうな薫の細い声が、僕の耳に届いた。

 その声に、僕の頰にもどっと涙が溢れ出した。


「お前の経験してないこと、これから一緒に経験しよう。

 幸せを、これから山ほど味わおう。

 ただ、約束がある。

 今までみたいに嫌がらせを仕掛けてくるのは、今後一切ナシだからな。

 思い切り楽しく生きるんだ。二人で。

 ちょっと窮屈だけど、この身体使ってさ」


「……優斗……

 本当に、そうしていく気なの……?」


 母さんも、度肝を抜かれたように僕を見つめる。


「そうだよ。だって僕は生まれる前からこいつと一緒なんだから、もう慣れてる。

 だから母さんは、これからは僕と薫を思い切り愛してくれなくちゃ」


 そう言いながら、僕は靄の中の薫の腕をぐっと捉えると、力一杯自分の側へ引き寄せた。


 初めて、間近で薫と目が合う。

 僕たちは、昔からの友達のように笑い合った。







 二人で一緒に受験勉強を乗り越え、何とか高校に合格した高校1年の春。

「母さん、ただいま」

 帰宅すると、母さんがエプロンをかけながら冷蔵庫を開けている。

「お帰りー。今日は夕飯何にしようか?」

「んー、ハンバーグ、かな」

 振り返った母さんは、クスッと笑った。

「……あ、今日は薫ね? 

 薫は昔っからハンバーグ大好物だもんねー。よし。今日はハンバーグだ!」

 パッと明るく微笑む母さんの顔と、弾むような声。

 たったこれだけのことが、こんなに胸が震えるほど嬉しく、幸せだなんて。

 

「ありがとう、優斗」

「だからーいちいち礼とか言うなって。今度言ったらマジで怒るぞ」

 部屋への階段を登りながら、俺たちはしばしばそんな小さな喧嘩をする。







 それから、10年が経った。

 僕と薫は今、26歳を経験中だ。


「なあ、薫。——そろそろ、ひかりにプロポーズしたいと思ってるんだけど……お前、どう思う?」

「ああ。俺も今が最高のタイミングじゃないかと思ってた。彼女は本当に素敵な人だな」

「そっか、そうだよな!?

 彼女がプロポーズに頷いてくれたら——楽しいだろうな、三人で暮らすの」

「まあ、彼女から見たら俺たちは当然一人分だけどな」

「な」

 二人だけの極秘の会話をしながら、一緒に小さく笑い合う。


「なあ、優斗。覚えてるか?

 お前、生まれた時、最初泣かなかっただろ? 俺の言うことちゃんと聞いてるなーと思って、ちょっと笑えた」

「は?……お前、そういうとこマジ最悪だな」

「俺が生まれる時溺れかけて苦しかったからさ、つい。

 あの時、お前が俺の声に答えてくれなければ、俺はここにいなかった。

 ありがとな」



 僕たちは、これからもこうして一緒に人生を楽しんでいく。

 人生を独り占めはできないけれど、僕たちは孤独を味わうことはない。

 心臓が止まるその瞬間まで、二人一緒だ。


 生きるなら、独りきりより、やっぱり二人だ。

 薫と生きてみて、今僕ははっきりとそう思っている。


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僕とあいつの付き合い方 aoiaoi @aoiaoi

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