戦
3人は獣に上陸しようとしていた。航海中の宇宙船からその姿を捉えても、あまりの巨大さに闇としか映らない。
科学者たちに頭と名付けられたいくつもの場所。獣の体のあちこちが、大小の口を開き、燃えるような内臓を晒していた。これらの口は地球時間の数日をかけ、開いたり閉じたりする。そうだったな、と男たちは確認を取り合った。
少女は目を閉じ、リゼルの人々の感覚器に似た、しかし不揃いな双角に集中していた。生命の宿るところ、魂の座を探り当てようとしているのだと、教会の男は説明する。
速度を緩めることなく、しかし着地することもなく、宇宙船は獣から僅かに距離を取って停泊する。着地の衝撃を最小限にするために、このような手法が採られるのだ。3人は
キャプテンは大振りなサバイバルナイフと、他のふたりの荷物よりも大きなデータ転送装置。異端審問官は聖別された真の銀で鍛えられた、ツヴァイハンダー。そして少女は小さな聖印をひとつだけ。
着地地点は、口と口の距離が比較的広い場所が選ばれた。少女の視界が、残るふたりのバイザーに共有される。
熱く滾った生命の炎。その明るさに3人は圧倒された。闇から目が慣れるまで僅かな時間が必要だった。キャプテンがデータ転送装置を展開する。検体をこの装置に収めれば、その場でいくつかの解析を始め、さらに検体を保護するカプセルにもなる。そういった作りの装置だ。
少女は異端審問官に最も明るい場所を指示する。そこが、体表で活発に活動している個所。検体としてふさわしい場所だからだ。
異端審問官のツヴァイハンダーが抜き放たれ、聖句とともに
その一撃が少女とキャプテンの視線の集まる場所に叩き込まれる。
刃は埋まり、50センチ角ほどの肉片を削り取る。キャプテンに投げ渡されたそれは、すぐにデータ転送装置のカプセルに封じられた。ここまでは、理想的な進行だった。
3人は再びデータ転送装置のそばに集まり、装置とスキンタイトを命綱で繋いでいく。獣に降りて30分ほどが経っていた。あとはこの装置を宇宙船に乗せて帰還するだけ。手順としてはそうなっていた。
少女の悲鳴が響く。ふたりの男はバイザーに映された生命力から、ここに口が開くことを察知した。それまで微動だにしなかった地面から脈動が体に伝わってくる。
キャプテンはデータ転送装置を起動させながら、残るふたりを装置にしがみつかせる。この装置ごと、トラクターワイヤで宇宙船へと積み込むのだ。
「非常事態だからな。音声を入れさせてもらう」
キャプテンが命綱を解き、ひとりだけ獣の表皮に戻った。
「ふたりには悪いが、先に帰ってくれ。俺はこいつに一発喰らわせてから戻る」
憤怒の
獣の体内に普遍的に存在する分子を知覚し、比較的量が多いケイ素を選択する。異方性を可視化した視覚モデルが、キャプテンのバイザーに重ねて表示される。
「たすかる!!」
その声とともに、拳が獣に突き立てられた。
先程までとは明らかに違う反応。つまり、獣の身悶えするような、痙攣のような激しい動きによって、キャプテンは宇宙へと弾き飛ばされる。
「すまん、二人で帰ってくれ!」
キャプテンの声が聞こえたような気がした。
「申し訳ないんですが、あなたを生かして連れ帰るように言われていましてね」
異端審問官が跳ね飛ばされたキャプテンに追いつく。その軌道はゆるい円弧を描き、しかし、相当な速度で弾き飛ばされたキャプテンとベクトルを合わせて加速していく。
「わたくし、重力加速度を嗜んでいまして」
「おめえ、何いってんだよ、こんなに加速したらガントリークレーンのワイヤーでもちぎれちまうぞ」
「ですから、ここから、一旦重力加速度におとなしくなっていただく」
「は!?」
「ふたりとも、早くワイヤをつないでください!」
少女の言葉が会話を横切る。異端審問官は器用にベクトルを合わせ、キャプテンと命綱を結んだ。
「曲げます!!」
ふたりのベクトルが僅かな時間で、宇宙船へと向かう軌道に修正される。
「なにがおきてるかって? 彼女がコリオリ力に介入しているのさ」
「ですからふたりとも! 速度を落として装置に繫いでください!」
「了解」
ふたりの声が重なる。
眼下にはいくつものかけらに砕けていく獣の姿が映っている。
「Yo Ho! 俺たちのミッションは成功したらしい。教会のおふたりさん。本当にありがとう」
「私達はまだ脱出していないんですよ!」
少女の声がキャプテンの快哉を遮る。
「大丈夫だって、ふたりのちから、少し借りるぞ」
キャプテンから、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。一部意味がわからないものもあったが、ふたりはすべての指示をこなした。
「おっつかれちゃーん!」
「なんで私達宇宙船のハッチに立ってるんですか?」
異端審問官が不思議そうに問いかける。
「ふたりに指示を出しながら、宇宙船をこっちに回してな、そんでデータ転送装置を積み込ませてもらった」
「無茶苦茶なことしましたね……」
少女は完全に息が上がり、膝をついていた。
「ブリッジに上がろうぜ、メシにしよう」
「賛成です。これで終わりかどうかは知りませんが、お腹が空いているのは事実ですからね」
「わたしは、とりあえずお水がほしいです」
帰途。
3人はよく話し、笑い、陽気に振る舞いながら、首脳部の待つ首都へと帰還を果たした。道中で採取した生体サンプルの解析結果と、生体サンプルそのもの。そして、新しく生まれた絆を土産にして。
獣の欠片が辺境の惑星に飛来するのは、さらに数年後のことである。わずかばかりの平穏であることを知っている3人は、世界を守るための能力者を探す旅に出たのであった。
狩人たち ぺらねこ(゚、 。 7ノ @peraneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます