第20話 ネコ、まこ、ロンド

 正体をあらわにした稲子いねこWiSワイエスのハンドルネームを「いねこ」から「ネコ」に変えてきた!

 そして、明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校の推薦入試の過去問とか、入学案内のムービーとかへのリンクを送ってくれた。

 どうやら、稲子は最初から明珠女学館第一高校に志望校を絞っていたらしい。学校見学にどこにも行かなかったのは、もう決めていたからなのだろう。

 いつもはいやいや開くときにしか開かない、自分の通う開平かいへい中学校のお勉強ページを開いてみる。推薦を出せる先の高校を調べてみると、明珠女学館第一高校はちゃんとそのなかに入っていた。

 「ネコ」は「明珠女はこの県の高校の推薦ならどこでも受けてくれるんじゃないかな」と教えてくれた。それで確かめてみたのだ。

 あとは、親に話して、推薦をとることを認めてもらえるかどうか。推薦をとると、推薦試験で不合格にならないかぎりほかの高校には出願できないから、決断は必要になる。

 舞子まこはふうっと息をついてお勉強ページを閉じ、パソコンの電源を落とした。あの物理学者の母親が、いまはまだパソコンにキーボードで入力できたほうが有利だから、と、豪快にも舞子専用に買ってくれたハイスペックのパソコンだ。

 外は朝真っ盛りだ。でも、いつものように、父親は夜遅くに帰ってきてまだ寝ているし、母親は新治にいはり大学の附属研究所に行っていて帰って来ない。もうすぐ論文が完成するので、そうなったら帰れる、あともうちょっと、と、そのWiSにメッセージを送ってきてくれてはいるんだけど。

 だから、舞子は一人で朝食を作って食べたあと、ジャンパースカートの制服に着替えて、パソコンの前の椅子に座っている。

 まだ家を出るには余裕がある。

 寝過ごしたらだれも起こしてくれない。だから、早めに起きて早めに支度し、ついでに二度寝しないように気をつけている。それでパソコンを開いて、「ネコ」の教えてくれた明珠女の入学案内のムービーを見て、開平中に明珠女への推薦の枠があるかどうか調べてみた。それでもまだ時間はある。

 棚に置いてあるヴァイオリンのケースに目をやる。

 いま、ヴァイオリンを取り出して弾いてみたらどうなるだろう?

 あの、大きいとか、伸びやかとか、前向きとか言われた演奏が、いまでもできるか、試してみたい。

 夜中の母の絶叫に耐えているのだから、朝、明るくなってからヴァイオリンを鳴らすぐらいのことは許してもらっていい。

 でも、やめた。

 いまから、チューニングして、試しに弓を当ててみてから演奏していたら中学校に遅刻してしまう。

 半年ちょっと後に明珠女学館第一高校に入り、未亜先生やみか先生の後輩になって楽器をきちんと練習してからでも遅くない。

 もし、お父さんが朝出社して夕方に帰ってくる生活に戻り、お母さんも加速器にずっと貼りついていなくてよくなり、そして、舞子が明珠女学館第一高校の室内楽部で演奏してもっとヴァイオリンが巧くなったら。

 お父さんとお母さんが朝ご飯を食べているところに舞子がヴァイオリンの生演奏でBGMをつけてあげる。そんな夢みたいな生活ができるかな?

 学校に行ったら、あのでぷっとしたネコ女と、ヴァイオリンとヴィオラで合奏して。

 そして。

 その先の将来は、いったいどうなるんだろう?

 ネコと舞子は、未亜みあ先生とみか先生のようにずっと仲良しでいられるかな?

 未亜先生とみか先生の生きかたをネコと舞子で繰り返す。ずっといっしょに演奏し続ける。

 想像がそんな将来まで伸びたところで、舞子は立ち上がった。

 そして、学校の鞄を持つと、お父さんを起こさないように足音をひそませて、まだ薄暗い廊下を玄関へとそっと歩いて行った。


 (おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネコ・まこ・ロンド 清瀬 六朗 @r_kiyose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ