(2)


 本殿の広間に、泰山藍氏たいざんらんしの一行が入ってくる。全部で四人、共に青色を基調とした校服を纏っていた。

 校服には、それぞれの門派の特徴が出る。

 周氏は春の芽吹きを思わせるような柳色のほうに、陰陽の黒と白の帯を合わせてある。袍の下にはゆったりとしたはかまではなく細身のを着て、袖は手甲できっちりと留める。丈夫な布地で動きやすい形であるのが特徴だ。周氏は道士として修行するだけでなく、霄漢しょうかんの街の安全を守る警邏けいらの役目も担っているため、活動的な恰好が適していた。

 対して藍氏は、華美ではないが優美な意匠が特徴だ。袍ではなく古風な深衣の校服で、たっぷりとした長い袖や裾の広がった袴を染め上げる青の濃淡は、彼らが修行する泰山を覆う霧を表しているという。玉石や飾りこそ少ないが、布に施された刺繍は繊細で美しい。垂髪にして背中に下ろした長い黒髪と歩く度に揺れる外衣は、まさしく天上の神仙を思わせた。

 藍氏一門の出迎えのため、広間には百雲観の師匠達が集まっている。中央の奥の一段高まった座には、宗主である周慈淵が立っていた。きっちりと結った髷に、太い眉と立派な髭を持つ、堂々とした佇まいの偉丈夫だ。厳めしい顔つきの通り実直な堅物だが、大らかな人柄で道観の皆から慕われている。

 周家の一員である清羽は、端の方で浩宇や鈴麗の横に並んでいた。

 ふと、清羽の後ろで控えていた若い侍女達がそわそわとし始める。彼女達は頬を染めて、何やらひそひそと囁き合っていた。「素敵」「なんて美しい人なの」と色めいた呟きが清羽の耳に届く。

 彼女達の視線の先にいるのは、藍氏ご一行様だ。確かに皆、見目麗しい姿をしている。天道士は能力もさながら、容姿も際立って美しいものが多かった。

特に、先頭に立つ青年は目を引いた。

 年は清羽よりも少し上くらいだろう。筆で描いたような切れ長の目、まっすぐ通った鼻筋に薄く色づいた唇を持つ怜悧な美貌。白い肌は磨かれた玉のように清らかで、流れる黒髪は絹のように滑らかだ。背はすらりと高く、清雅な雰囲気を纏って広間の中央を進む姿は、まさに絵に描いたような貴公子であった。

 広間の奥まで進んだ青年は、宗主の座に立つ周慈淵に向かって拱手の礼を取る。


「周宗主、お初にお目にかかります。泰山から参りました、青海廟の藍景雲と申します」

「……!」


 広間がざわついたのも無理はない。

 藍景雲は、泰山藍氏の宗主・藍克峰の次男だ。

 生まれつき優れた仙骨を持ち、品行方正で高潔な道士の鏡。修為も高く、泰山周辺の街や村に現れた強力な妖魔邪鬼をひとりで退治したこともあるともっぱらの噂だ。まだ若干二十歳で修行中の身ながら、若い道士の中には彼を憧れとして崇める者も多い。

 まさか藍氏宗主の直系、しかも名高い彼が来るとは誰も想像しておらず、百雲観の道士達はざわめいた。そんな中、周慈淵は動揺を見せることなく、丁寧に礼を返して彼を出迎える。


「藍公子、遠路はるばるようこそお越し下さった。此度の四柱の調査の件、泰山藍氏のご助力を頂けるとのこと、まずは感謝を申し上げる」

「四柱の異変は五岳にも影響を与えかねないことで、我々も見過ごせません。こちらこそ、我が宗門の介入を許して頂き、お礼を申し上げます。お役に立てるよう尽力いたします」


 景雲もまた丁寧に挨拶を返した後、後ろに控えていた同門の道士達を紹介していく。

 清羽は特に彼らの名を覚える気も無かったため、真面目くさった顔をしつつもぼんやりと聞き流していた。

 だが――。


「周清羽」


 慈淵の低い声で名を呼ばれて、清羽ははっとする。

 慌てて視線を広間の奥へと向ければ、ちょうどこちらを振り向いた景雲と目が合った。黒曜石のような輝きと鋭さを持つ目が、清羽を捉える。その目に過ぎったのは、好意とはかけ離れたものだった。敵意に近いだろうか。

 なぜ睨まれなければならないのか。もしや聞き流していたのに気づかれたかと思いつつ、驚きやら焦りやらとまとめて頭の隅に押しやって、清羽は粛々と返事をする。


「はい、こちらに」


 拱手をしながら畏まって答えた清羽に、慈淵は淡々と告げる。


「周清羽、お前に四柱の調査を命じる。藍氏と共に千魂の森へ行き、柱の異変を調べ、真相を究明すること」

「は!? ――いっ!」


 素っ頓狂な声を上げてしまった清羽の脇腹を、隣にいた鈴麗がすかさず肘で鋭く突いた。痛みで涙目になる清羽を、鈴麗が目線で窘める。

 姉妹のやり取りに気付いているのだろう。慈淵は眉間に深い皺を作りながら、軽く咳払いして言葉を続ける。


「艮の柱は我が周氏の管轄であり、一門から調査の者を出すのは当然のことである」


 確かにその通りだが、なぜ自分なのか。

 清羽が困惑している間にも、他に同行する者の名前が呼ばれ、「以上四名、鋭意、事に当たるよう」と話は終わってしまった。

 慈淵は藍氏の道士達に向けて言う。


「長旅でお疲れのことでしょう。部屋を用意してあるので、しばし休まれよ」


 一行を弟子の一人に案内させようとしたが、景雲はそれを止めた。


「休息は不要です。そちらの準備が整い次第、すぐに出立いたします」

「藍公子、千魂の森が危険な土地であることはあなた方もご存じのことだろう。柱の異変がなくとも妖魔が多く棲む場所だ。ここで十分な休息を取り、万全の準備をして事に当たる方が良い」

「……分かりました。では、ご厚意に甘えさせて頂きます」


 景雲は頭を下げ、後ろに控えていた三人と共に本堂を出て行く。藍氏一行の気配が遠ざかり、広間にいた者達が散開する中、清羽は慈淵の元へ向かった。

 藍氏の身の回りの世話を弟子達に命じる慈淵の側でやきもきとした気持ちで待ち、話が途切れた所を見計らって声を掛ける。


「義父上――」

「清羽、お前も早く準備をしろ」

「お待ち下さい。なぜ私を藍氏に同行させるのですか? もっと適した者が……」

「柱の異変を最初に見つけたのはお前だ。これ以上適した者はいないだろう」

「ですが――」

「しつこいぞ、清羽。すでに決まったことだ、百雲観の道士としての責を果たせ! ……鈴麗! 清羽の支度を手伝ってやるように」


 慈淵はそれだけ言い残して、側近と共に広間を出て行ってしまった。



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天地道士 黒崎リク @re96saki

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