予兆

 ミサキを突き飛ばした犯人は結局、捕まらなかった。


 カメラに映っていたその人物は野球帽を深くかぶっており顔が確認できなかった。ミサキを突き飛ばしてすぐに、駅から逃走してしまった。


 何とか受験までに体調が戻ったミサキは大学に進学した。


 卒業後、化粧品会社に入社し現在、三年目だ。


 ミサキは少し茶色に染めたセミロングが似合う美人になっていた。化粧品が好きでメイクの技術は相当なものだった。


 事故の事は会社には言っていない。体の調子に問題がなく、言う必要がなかった。体に影響は残っていなかったが、心には大きなトラウマが残っていた。


①黒猫と目が合う

②駅前の交差点で黒い車に出会う

③ホームでカラスと目が合う

 

 これはすべて、事故の当日に起こったことだ。事故後、記憶を辿るとこの三つの出来事が思い出された。


(この三つの予兆が揃ったから不運に合ったんだ)


 いずれも、珍しいことだったため、そう考えるようになっていた。


 そして、予兆を確認するのが習慣になっていた。


「そんなの確認しなければいい」

 彼氏のケンジにいつも言われる言葉だ。


 ミサキも頭では分かっている。

 

 しかし、確認せずにはいられなかった。


 三つがそろわないことで、その日の安全を確認した気分になれた。


「あっ、黒猫」


 ある日、ミサキが駅まで歩いていると、コンビニ横の路地から黒猫が出てきてミサキの方をチラッと見た。


「まだ、一つ目。大丈夫、大丈夫」

 自分に言い聞かせて駅に向かった。


 そして、駅前の交差点。嫌な予感がした……黒い車にも出会ってしまった。


 ミサキは暗い気分で駅の階段を上りホームへ出た。


 最後尾側に向かった。事故以来、先頭に並ぶのは避けている。


(三つ目、来ませんように)

 切に祈るミサキの希望はもろくも崩れ去った。


 フェンスの上には黒いカラス。ミサキの方をしっかり見ていた。


(八年間、一度もそろわなかったのに……会社、休もうかな?)


 一瞬、頭をよぎる。しかし、理由が説明できない。


 不安が心に広がってきた。


 落ち着くために、ひとまずベンチに座った。


 数本なら電車を遅らせても遅刻はしない。


(そうだ、メッセージ)

 ミサキは彼氏のケンジにメッセージを送った。


『予兆、そろっちゃった どうしよう』

 仕事が始まる前のはず、そう思っていると返事がきた。


『大丈夫、何も悪いことは起こらない 僕が保証する』

 それを呼んでミサキは少し落ち着いた。


(根拠はないだろうけど)

 そう思いながら返事を送った。


『ケンジがいうなら信じる がんばって会社行きます』

 一分もしないうちに返事が来た。


『今夜、ご飯行ける? いつものレストラン予約しておく』

『分かった 楽しみ』

『じゃあ 夜七時に!』


「よし!」

 ミサキは声に出して気合を入れた。


 そして、次の電車に乗り込んだ。


 彼氏のケンジはミサキより十歳年上の三十五歳。脳外科の医者だ。


 二人の出会いはあの事故だった。


 入院したミサキを担当したのがケンジだった。当時は臨床研修を終えたばかりの研修医だった。


 治療が長引くにつれ、二人の距離は近くなっていった。

 

 そして、ミサキが大学生になったときにケンジから告白された。


 ケンジは高校時代ハンドボール選手で高身長で筋肉質のスポーツマン。


 そんな彼氏は、ミサキの自慢だった。

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