ヒンデンブルグ・オーメン

「お、先に来てたんだ」

 待ち合せ時刻の五分前にケンジが到着した。


 いつも通りに見えるケンジ。しかし、ミサキはケンジの顔を見ることができなかった。


「予約してたコース料理、お願いできますか?」

 ケンジは店員に手早く注文をした。


「予兆、揃ったみたいだけど、どう?」

「うん、最悪なことは起こってない。今のところは」

「それは、良かった」

「でも、まだ今日が終ってないし」

「やっぱり、まだ不安?」

「うん。どうしても頭から離れない」


 ミサキは「あなたに振られるかも」 とは言えなかった。


「ミサキ『ヒンデンブルグの予兆』って聞いたことある?」

「?」


「海外では 『ヒンデンブルグ・オーメン』 と言われている金融用語なんだ。いくつかの指標が揃ったらその後に株価が暴落する言われている。1973年に起こったドイツの飛行船ヒンデンブルグ号の爆発事故に由来して名付けられたそうなんだ」

「まるで……私のことみたい」

「その通り。予兆に囚われている君とそっくりだ」

 ストレートな例にミサキは即答ができなかった。


「頭で分かっていても、どうしても怖くなっちゃうの」

 ミサキはしょんぼりとして下を向いた。


 自分でも普通じゃないと思っている。しかし、予兆が1つ、2つと揃っていくと恐怖感が湧き上がってくるのだった。


「ミサキ。君に言わないといけないことがある」

 ケンジは真剣な顔でミサキを見つめた。


「事故にあってから体の傷は治ったけど、心の傷が治っていない。これまで、僕なりに努力したけど治せなかった。申し訳ないけど今の君と付き合い続けることはできない」


「やっぱ、私みたいなの、ケンジと付き合う資格……ないよね」

 ミサキはケンジの方を少しだけ見てから、うつ向きながら言った。


 しばらく沈黙が流れた。

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