飛行船は飛びつづける

「……へ?」

 想定外の出来事にミサキは言葉にまった。


「僕は予兆がそろう日を待っていたんだ」

「ど……どうして?」

 ミサキは声を絞りだした。

「予兆は幸せの前触れだって証明するためだよ」

 ケンジを優しい笑みを浮かべた。


「君がOKしてくれたら、だけど」

「この日をずっと待ってたの?」

「ああ」

「いつまでも来なかったら?」

「絶対に来ると信じてた」

 ミサキは小さくため息をついてにっこりと笑った。

「やっと笑ってくれた」

 ケンジがうれしそうに言った。


「本当に私なんかでいいの?」

「なんかじゃないよ。君は素直で一所懸命だ。他人を気にして優しくできる。僕はそんな君を尊敬している。見習いたいと思ってる」

 言葉を挟む間を与えずにケンジは続けた。


「いつもニコニコしていてオレの心を温かくしてくれる。そして、……とても綺麗きれいだ。オレには勿体もったいない」


「……!」

 ミサキは両手を口に当てた。


 そうしないと声を出して泣き出してしまいそうだった。ミサキの両目からは静かに涙があふれていた。


―うれしい

 ミサキはそれまでの人生で感じたことがないほどの幸せだった。

 そして、『三つの予兆は幸せの前触れ』 だと確信した。


「ありがとう。考えが変わった」

 ミサキの声は震えていた。

「返事、聞かせて」

「もちろん……YES……」

 ケンジはそっとミサキの手を握った。その手は少し震えていた。ケンジは相当な覚悟だったことが伝わった。


「指輪、自分で買ってきたの?」

「同僚の女医さんに付き合ってもらった。僕がそういうの苦手なの知っているだろ?」

 ミサキは偶然、見てしまったメッセージがそれだと理解した。そして、信じてあげられなかった自分を反省した。


「次に予兆がそろったら、どんな幸せなことが起こるんだろうね」

「その時のためにプランを考えておこう」

 ケンジが無邪気に笑った。

「とびっきりの贅沢ぜいたく? 何がいいかしら」

 ミサキは予兆がそろうのが楽しみになってきた。

(人って、ほんの数分すうふんで変われるんだ)


「あれ、何かしら?」

 ミサキは夕闇がせまる海岸線を指さした。

「あの形、飛行船かな? このあたりで見かけたことないけど」


 真っ赤な夕日を浴びた飛行船はゆっくりと水平線の方向へ飛んでいった。

 二人は見えなくなるまでそれを見つめていた。


「見えなくなっちゃったね」

「僕らのヒンデンブルグ号は落ちずに済んだようだ」


 周囲は少しずつ暗くなっていった。


 二人はいつまでも、次に予兆がそろったときのイベントについて話し続けた。


(了)

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ヒンデンブルグ・オーメン 松本タケル @matu3980454

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