もしもすべてのトイレが有料になってしまったら…

ちびまるフォイ

やっぱりトイレは無料がいい

「ついに我が社がトイレのシェア100%を獲得したぞーー!!」


トイレ社長は社員がそろうパーティでおおいにはしゃいだ。

テレビからの取材に上機嫌で答え、これからの会社の展望を語ったり、自分がいかに優れているかを話し続けた。


「それもこれも、すべて俺のおかげだ! わっはっは!!」


トイレ会社の株価は大きくのびて向かうところ敵なしのはずだったが、

その数日後にナイアガラの滝よりも急激な下落をしてしまった。


社長室でワインをたしなんでいた社長はあわてて社員たちを呼びつけた。


「おいどうなってる!! なんでこんなに業績が落ちているんだ!!」


「社長それが……トイレがもう売れないんですよ」


「はぁ!? うちがシェアを独占してるんだぞ! 売れないわけが無いだろう!!」


「よく考えてください社長。トイレが行き渡ったということは、

 これから新しくトイレを買う必要がないということです」


「あ」


ふに落ちた社長はウーパールーパーにも似たマヌケな顔になった。


「だ、だったらわざと壊れやすくして、また買うように仕向ければいい!」


「そんなことしたら他の会社にシェアを奪われますよ」


「むぐぐ……すべてのトイレの決定権を得ているというのに、

 なんでこんなにも悩まされなくちゃならないんだ……!」


そのとき、ひらめきという名の悪魔がそっと社長にささやいた。


「そうだ! すべてのトイレを有料にしよう!!」


「しゃ、社長本気ですか!?」


「当たり前だ! 水すら有料で売れる時代だぞ。

 トイレを使うのに金をとってなにが悪い!」


社長の圧力で国が動き「トイレ有料法」が決まった。

公衆トイレをふくむすべてのトイレは有料になり、利用料はすべて社長のふところに入った。


「わっはっは。またひとつ武勇伝を作ってしまったなぁ」


社長は上機嫌でトイレへと向かった。

トイレの社員はトイレ定期券でわざわざお金を払うことはない。


すると、トイレの横で悪臭に鼻をつまんだ。


「うわっ……誰だこんなところでしているやつは!」


トイレすぐ横にある草むらには誰かがしたであろう排泄物があった。

それも一人ではなく、何人ものものが草に隠され、隠しようのない匂いがたちこめていた。


「まったく、トイレに金を払えない貧乏人どもが……」


イライラしながら社長はトイレに入った。

トイレを済ませると手もあらわずに社員全員を呼びつけた。


「みんな聞け。最近、うちの会社の売上がまーーた下がっているじゃないか! 原因はわかっている!」


「原因……?」


「トイレに金をケチりはじめたからだ!」


社長はついさっきのトイレでの件を話した。


「トイレにすら金を使いたくないと思う貧乏人が道ばたでするようになり、

 結果的に有料化したことの収入が入ってないからだ!!」


「しかし……これ以上どうしろというのですか」


「その答えを探すのが社員である貴様らのやる仕事だろう!

 どんな手段を使ってでもいい! さっさと利益をもとに戻せ!!」


社員を叱りつけると、社長は営業などといって昼間のキャバクラへと出向いた。

女の子を両脇に座らせて気分良く自慢を続けていると、社員から連絡がきた。


「もしもし、こっちは営業中だ。いったいなんだ」


『実は会社の業績をもとにもどすアイデアがあるんです。

 新しいトイレの収入源が見つかったんですよ。

 社長に許可をいただきたくお電話しました』


「前にも言ったはずだ。会社の利益をもとに戻せばなんでもいいと。

 いちいちお伺いを立てるんじゃなく結果で示せ」


『は、はい社長っ。お忙しい中、すみませんでしたっ』


電話を切ると社長はふたたび席に戻った。


会社の利益を戻すべく必死に社員が働いたお金で、

たらふく食べて飲んでを繰り返した社長は店をあとにした。


「ふぃ~~。腹いっぱいだぁ~~……」


千鳥足で帰り道を歩いていると、急にお腹からゴロゴロと音が鳴り始める。


「ぐうぅ……こ、これはやばいやつ……! 早くトイレを探さないと!」


ちょうど近くにトイレを見つけた。


『トイレ入場料をお支払いください』


「……早く開けろ! こっちは定期券があるんだぞ」


『トイレ入場料をお支払いください』


「ああ!?」


なぜかドアが開かない。

なんどやってもトイレの自動ドアが反応しない。


「なんでだちくしょう! 早く開け! こっちはもうおしりが開き始めてるんだ!!」


ドアをぶちやぶろうかとも思ったが、自分の会社で作っているトイレが防犯用に強化ガラスを使っていることは社長も知っていた。

かばんを漁ると、トイレ開かないのは財布を持っていないことだと気づいた。


「しまった! 財布の中にトイレ定期券も入ってた!!」


キャバクラで落としたのか、その後で落としたのか。

酔っていたのもありまるでわからない。


社長の額からはダラダラと脂汗が流れ始め、お腹からはぐるぐると終焉の鐘が鳴り始める。


そこにちょうどトイレに入ろうとする人がやってきた。

社長はその肩を両手でつかんで揺すった。


「おいあんた! 俺にトイレを使うだけの金をくれ!!

 財布さえ見つかれば倍……いや、3倍にして返す!」


「何いってんだよあんた! は、離せ!」


やばいやつに絡まれたと怖がってしまい誰も社長に金を貸してくれない。

限界がすぐそばまで来ている。


草かげで済ましても、それを誰かに見られたりDNA解析されて

排泄主が自分だとバレれば有料化への風当たりが強くなってしまう。


「なんとしても……なんとしてもちゃんとトイレしなくては……!!」


社長は漏らすことへのリスクとを天秤にかけて、自分のプライドをへし折った。

地面に顔をこすり付けながら自動販売機の下のすきまから小銭を集めていく。


「トイレに入りさえすれば……入りさえすればぁぁ……!!」


運良く自販機の下に落ちていたお札を発見した社長は、

今にも破裂しそうなお腹をかかえてトイレへと向かった。


『トイレ入場料をお支払いください』


震える手でお札を入れると、ついにトイレのドアが開いた。

社長にはドアの向こうが桃源郷に見えた。


「やった……ついにこの地獄から解放される……!!」


社長はズボンを脱ぎ捨て、生まれたときの姿へと回帰した。

ここですべてを解き放つ準備を終えた。


身も心も開放的になった社長の目へ最後に飛び込んできたのは、

トイレの蓋に表示された一言だった。




『本日からフタを開けるのに1,000円』

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