第5話【古川陽の過去】

私の名前は古川冬華。

高校1年生。

この春、お兄ちゃんの通う高校に無事入学した私は塾の時に知り合ったハーフの大和マリルちゃん、私はマリちゃんって呼んでいる子と卒塾会の時以来の再会をし、私たちは同じクラスでこれからの新生活を送ることになった。

その日からお兄ちゃんの友達の中田悠一先輩と市川鈴先輩とも仲良くなり、よく5人で遊んだりして高校生活を満喫していた。


GW初日。

遊園地にみんなで遊びに行ったあの日、マリちゃんを家まで送って帰って来たお兄ちゃんがマリちゃんを送る途中で聞いた昔の話を家族の前で話してくれた。

その話を聞いて私たちはある昔の事を思い出した。

それはお兄ちゃんが忘れていて、私が今のようにお兄ちゃん子になった理由を。


これはお兄ちゃんが小学2年生で私が1年生の夏休みを迎える1週間前の出来事。

あの日は学校が終わってお兄ちゃんと近くのスーパーにおつかいをしに行った時だった。


当時の私はわがままで、お兄ちゃんの言うことは、ほとんど聞かない今とは真反対の性格だったの。

お兄ちゃんは昔も今みたいに優しくて面倒見がよかったんだけど、その頃の私には、口うるさくて上から目線で大人ぶって偉そうにしているようにしか思えなかった。


だからその日も本当はお兄ちゃんと2人で買い物に行くなんて嫌だった。


学校では「兄妹で付き合っている」とか、一緒に帰るだけで男の子たちからは「ヒューヒュー」言われたりして余計恥ずかしくて毛嫌いしていたから、こんなところをクラスの子に見られでもしたら、また学校でからかわれると思っていたから。


でも、じゃあなんで2人で買い物に来ているかというと、お母さんも兄妹仲を気にしていつも1個なのに好きなおやつを2個ずつ買っていいと言われてその口車に乗せられてついて行ってしまったの。


スーパーに着いて頼まれていた物をかごに入れて、おやつを探しているとクラスの男子がいるのに気付いた。

向こうはまだ気づいていないようで私は早くその場を離れたかったけど、まだ1つしかおやつを選んでいなかったので離れるに離れられなかった。


そんな時お兄ちゃんが何も知らずに大きな声で私に喋りかけてきた。


「おーい、ふゆかー?まだ決まらないのか?お前プリン好きだからプリンにしたらどうだー?」


私は慌てふためいた。

そんなに大きな声を出されると気付かれるじゃない!

お願いだから気づかないで。

そんな思いは届くわけでもなく気づかれてしまった。


「わっ!古川のやつ、またお兄ちゃんとイチャイチャしてるー!明日みんなに言っちゃお!」


そう言われて私の目からは涙がこぼれ落ちそうになっていた。

お兄ちゃんが私の異変に気づいて半泣きの私に慌てて近づいて声をかけてくる。


「おい、冬華どうした?あいつに何か言われたのか?」


私が何も答えずに立ちつくしていると、


「お前おれの妹に何言ったんだ!」

「おー怒った怒った!やっぱり付き合ってるんじゃねえー?」


その時のお兄ちゃんの顔は見ていないけど、肩が震えて手をギュッと握り絞めているのがわかった。


「お兄ちゃんのバカー」


私はまたからかわれて学校で恥をかくと思いその場を逃げ出した。


クラスの男の子の笑い声が聞こえる中、微かにお兄ちゃんの声が聞こえてきた。

でも、走るのに夢中で逃げ場のない狭いスーパーの中を走って外に出ようとする私。

広い通路に出た私は息を切らして立ち止まると、同じくらいの歳の子が走りながら買い物カートを押して真直ぐこっちに走って来た。


その子からは私は見えていなかったようでスピードが緩まる様子はない。

私は迫りくる恐怖に足が動けなくなっていた。

もうぶつかると思ったその時、体が横に押し飛ばされその瞬間「ガシャン」と大きな音を立てて買い物カートが倒れ押していた子も反動で倒れて泣いていた。

私は状況が理解できずに呆然としていると周りの大人たちが騒ぎ始めていた。


すぐに女の人が大丈夫かと心配をして声をかけてくれたんだが、何も言えずに周りの様子をうかがった。

するとカートを押していた子にはお母さんと思われる人がその子を抱え心配しているのがわかったが、それよりも多くの大人が集まって騒いでいるところがあった。

私は倒れた弾みでぶつけた右腕を抑えながら人ごみを通りそこで倒れているお兄ちゃんの姿が目に入ってきた。


お兄ちゃんはピクリとも動かず額から赤黒い血が流れ出していた。

私はなんでお兄ちゃんが倒れていたのかその時わかった。

私が走り出した時、持っていた買い物かごをその場に置いて追いかけてきたお兄ちゃんは私が買い物カートに轢かれそうになった時に小さい体で体当たりして私を吹っ飛ばした。

その勢いで私は飛ばされ打撲で済んだが私をかばったお兄ちゃんはそのままカートにぶつかり、倒れこんでしまった。


「きゃーーーぁ。お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃんが死んじゃったーぁ」


私はその状況を把握した時、凄く怖かった。

自分のせいでお兄ちゃんが死んだと本当に思った。

今までわがままばかりで言うことを何も聞かなかった私を助けるためにお兄ちゃんが死んだと思ったら涙が止まらず泣きわめくしかできなかった。

私がただ泣きわめいている間、店の人が救急車を呼んでくれていてお兄ちゃんは救急車に乗せられた。

泣いている私を救急隊員のお姉さんが私を抱きしめて優しく声をかけてくれた。


「大丈夫。あなたの大好きなお兄ちゃんは私たちが必ず助けるからもう泣かないで。」


私はその瞬間、お兄ちゃんとの思い出が走馬灯のように思い出してきた。

いつも喧嘩ばかりだったけど、いつも優しくて一緒にいてくれたお兄ちゃんの思い出でいっぱいで私は初めて自分がお兄ちゃんが大好きなんだと気付いた。

そしてそのことをはっきり実感した瞬間に、一瞬泣き止んだ私はまた大きな声で泣きお姉さんの胸にしがみついていた。

救急車の中は緊迫した雰囲気がしていて私はずっと抱きしめていてくれたお姉さんの服をギュッと握り絞めるだけだった。

病院に着き治療室にお兄ちゃんが運ばれると救急隊のお兄さんがお姉さんと話しているのが聞こえた。


「あの子の親は?」

「はい、名札に書いてあった小学校に事情を連絡してこっちに来てもらうようにしました。」

私は怖くてその話を聞いている間もお姉さんのズボンを握りしめていた。


「お前はその子についてあげなさい。1人では心細いだろうし、後のことはこっちでやっておくから、親御さんが来たらこっちに連絡しなさい。迎えを行かせるから。」

「はいわかりました。では、後のことおねがいします。」

「このお姉さんがお母さんたちが来るまで一緒にいるから怖くないからね。お兄ちゃんも怪我しているけど、ちょっと怪我しただけだから、すぐに元気になるからね」


そう言ってお兄さんは私の頭を撫でて他の隊員の人と一緒に帰って行った。


それから少し経って、お母さんがお兄ちゃんの担任の先生と一緒に病院へやって来た。

私はお母さんを見てお母さんのもとへ走り出した。

お母さんも私に気づいて泣きながら私を抱き寄せ、何回も名前を呼んでいた。


担任の先生が救急隊員のお姉さんから事情を聞いていたその時処置室のドアが開いた。

そこには頭を包帯で巻かれたお兄ちゃんがベッドで寝ていた。

そして一緒に出てきたお医者さんがお母さんを呼び処置室の中に入って行った。

私も担任の先生と一緒にすぐ後ろをついて行った。

担任の先生は状況を学校に報告するために立ち会ったんだと思う。

そしてお医者さんが机の前に座り、私たちも椅子に座って話を聞いた。


「息子さんの怪我は4~5日で治ると思います。ですが、頭を強く打っている様子なので今から詳しい検査をすることになります。それで、検査の結果次第ですが最低でも3日は入院してもらう必要があります。小さいお子さんなので、いつ急変するかもしれないのでこちらも万全を期したいと思うのですが、お母さんよろしいですか?」

「はい。お願いします。後遺症とかは残るんでしょうか?」

「今はまだはっきり言えません。兎に角、検査してその後の容体次第ですね。」

「そうですか。よろしくお願いします。」

「わかりました。では、今日はこちらの緊急外来での入院となりますが、今うちの病院は脳外科のドクターが不足していて明日からはうちの系列の病院に転院していただきたいのです。そこはこちらからは距離があるのですが、主に中長期的な入院患者を担当していて日本でも有数の脳外科のドクターが常時2名以上待機していますので環境が整っている、そちらの方がどのような状況にも迅速に対応できると思いますので、よろしいですか?」

「それでしたら、お願いいたします」

「では、お母さんの方には今から受付で入院手続きと転院の手続きをしていただきますから、看護師に案内させますので。」


処置室を出た私たちを救急隊のお姉さんは待っていてくれていた。

私はお母さんにお世話になったことを言うとお母さんはお姉さんに深く頭を下げ感謝の言葉を言っていた。

お姉さんは少しお母さんと話をすると私の頭に手を置いて優しい声で話しかけてきた。


「今日は怖かったね。でも、お兄ちゃんのおかげで助かってよかったね。冬華ちゃんはまだお兄ちゃんのこと嫌い?」


私は首を振りながら


「うんん。私・・お兄ちゃんが好き。」


「そっか。じゃあこれからは2人仲良くできるね。」

「うん。ありがとうお姉さん。」


そおしてお姉さんはお母さんに軽く頭を下げて病院を後にした。


担任の先生も学校に報告するために病院を後にして私はお母さんが手続きをするのについて行き、そばでじっとしていた。

手続きの途中、待っている間のこの静かな空気が気まずく、私は何度かお母さんに話しかけようとしたけど罪悪感からか、なかなか声を出せなかたった。


手続きが終わろうとした時お父さんが病院にやってきた。

お父さんはお母さんから事情を聞いた後私の目線まで膝をついた。

「パーン」

乾いた甲高い音が病院のフロワーに響き渡り、一瞬の静寂が訪れた。

私は何が起こったかわからなかったが、次第に頬がヒリヒリするのがわかった。

お父さんは私の頬を叩いたあと、私をギュッと胸に押し付け抱きしめていた。

私は頬を叩かれた痛みよりも抱きしめられてお父さんの肩が小刻みに震えているのがわかった。

お父さんは泣いていた。


「今叩かれて痛かっただろ。でも、お兄ちゃんはもっと痛かったんだよ。痛いのをわかってて冬華を助けたんだよ。これがどれだけ怖いか冬華にもわかるよな?」

「うん・・。」

「じゃあこれからはお兄ちゃんの言うことは聞くんだよ。」

「うん・・。」

「でも、よかった。冬華が無事でよかった。」

「お父さんごめんなさぁい」

「お父さんこと冬華を叩いてごめんね。お兄ちゃんが元気になったらお父さんと一緒にお礼言おうね」

「うん」


私は初めてお父さんに叩かれて改めて自分がしたことを実感した。

でも、お父さんは一緒に泣いてくれて謝ってくれるって約束してくれた。

後にも先にも私はお父さんに叩かれたのはこの日だけだった。


しばらく経つと警察が病院に来た。

制服姿のお巡りさんに最初はビクビクしたが、どうやらカートを押していた子の親が事情を店の人からあまり聞かず、先走って警察を呼んで、ちょっと揉めたらしい。


お巡りさんが言うには、店側の説明と防犯カメラの映像を見てある程度の事情が把握できていたのだが、向こうの親はあまり納得をしていない様子だったそうで、私がなんで走って通路出て止まったのかを聞きに来たそうだ。


なんだかんだ全部終わったのが夜の7時を超えていた。

私たちは病院の近くのうどん屋さんで夕食を食べて帰ることにしたが、お母さんだけは病院に泊まることにして、私はお父さんと2人で帰ることなった


家に着くと部屋の明かりがついていた。

私は不審に思っていたが、ドアを開けてリビングに入るとそこにはお爺ちゃんとお婆ちゃんが居た。

どうやら、お母さんから連絡を受けたお婆ちゃんが、お爺ちゃんと一緒に電車で様子を見に来てくれたそうだ。

お父さんにとってはお母さんの両親だから凄く申し訳なさそうに状況を話をしていた。


話が終わるとお父さんは私をお風呂に誘ってきた。

いつもはお母さんと入るからちょっと珍しかったが1人では入るのが寂しかったから、一緒に入ることにした。

お風呂から上がるとすぐに睡魔が襲ってきた。

まぁ、今日1日でいろんなことがあって緊張の糸が切れたんだと思う。

明日は学校を休むことになっていたけど、私はもう寝ることにした。


「お父さん、もう寝るね。」

「そうか、じゃあお爺ちゃんたちにごあいさつしなさい」

「お爺ちゃん、お婆ちゃんおやすみなさい」

「はい、おやすみ」


お爺ちゃんとお婆ちゃんが声を合わせて私を見送った。


寝床に着いた私はいつもなら隣に居るはずのお兄ちゃんがいないことを改めて実感した。

凄く寂しかったのを今でも覚えている。

疲れて眠いはずだったのになかなか寝つけずにいて、布団に入ってしばらく経ったあと、いつもなら違う部屋で寝るお父さんが隣に来た。

何も言わなかったが、優しさを肌で感じてお父さんの胸に身を寄せてようやく私は寝ることができた。


次の日。

お父さんは、お兄ちゃんの転院先の病院にお母さんと向かうため準備をしていた。

本当は私もついて行きたかったが、家からはかなり遠かったそうで、帰りが遅くなるからお爺ちゃんたちと留守番をするように言われてしまった。

昨日の今日だからわがままは言わないで私は大人しくお留守番をすることになった。


夕方になってお父さんたちは帰って来た。

お母さんは少し疲れた表情をしていたが、私を見て笑顔になったから私も自然と笑顔になっていた。


お兄ちゃんが転院して2日目。

今日もお父さんとお母さんは朝から病院にでかけた。

今日は学校に行く予定だったが、あのクラスの男の子に会うのも嫌だったし、まだ学校に行く気力がなかったからお母さんにお願いしてお休みにしてもらった。


お昼。

私はお兄ちゃんに手紙を書くことにした。

本当は直接お礼が言いたいんだけど、お兄ちゃんの体調がよくなってからじゃあないとダメだと言われたし、早くて今週には帰ってくるって言われていたから我慢することにした。


その日の夜遅く。

私はトイレに行きたくなって目が覚めた。

トイレからの帰りにリビングだけが明かりがついていたのに気づき、そっと近づいた。

リビングにはお父さんとお母さん、そしてお爺ちゃんとお婆ちゃんもいた。

私は中に入ろうかと思ったけど部屋の様子がどうも変だ。

外から様子をうかがうとお母さんが泣いているように思えた。

そしてそんなお母さんを横で肩を抱き支えているお父さんがいて、お爺ちゃんたちは下を向いていた。

私は怖くなってその場から逃げるように音を立てずに寝室へ戻った。


お兄ちゃんが入院してから1週間。

私はようやく学校に行くようになっていたが、午前中の4時間で帰っていた。

まだ食欲がある訳ではなく、お兄ちゃんのことが心配だったのもあるんだが、1番はクラスの雰囲気が重たく、私のせいで重たくなったと陰で言っている人が居ることも知っていたからだ。

本当は行きたくないんだけど、お兄ちゃんのことで疲れている両親をこれ以上心配させるわけにはいかないと、子供なりに気を使っていた。


その日の夜。

みんな揃って話があるということだったから、私はお兄ちゃんの退院の日が決まったのかと思っていた。

だって最近はお父さんも仕事に行き始め、少しずつ元の生活に戻りつつあるのを感じていたからだ。

そんな期待の中お父さんが口を開く。


「お兄ちゃんの入院がもう少し長くなりそうなんだ。」


私は愕然とした


「お兄ちゃんまだどこか悪いの?いつになれば帰ってくるの?」


お父さんは下唇を噛みながらゆっくりと話し出した。

「ホントは冬華には内緒にしようと思っていたんだが・・。お兄ちゃんは今記憶をなくしているんだ。」


私はその言葉で頭が真っ白になった。

ドラマや映画で、記憶喪失のことはしっていたから、お兄ちゃんが私のことも忘れて、全くの別人になってしまったのか思って、自分のことを責めそうになっていた。


今まで黙っていたお母さんがゆっくり話し始めた。


「転院して2日目の日ね、お兄ちゃんが目を覚ました時、自分の名前もわからないで、怯えたような目でお母さんたちを見るの。それが辛くてお母さん泣いてしまったの。」


それもそうだろう。

我が子が記憶をなくし、しかもその子に怯えた目で見られて平気な親はいないはず。


「それで、お医者さんとのお話で『検査には異常は見当たりませんでした。脳波も正常ですので一時的な記憶喪失だと思われます。いつになれば全ての記憶を思い出すかはわかりませんが、妹さんがこれをしったら一番ショックを受けて陽くんよりも重傷な心の病になる可能性が高いと思われます。なので娘さんには時期が来るまで内緒にしていてください。』そう言われたの。もちろんお兄ちゃんのことも心配だけど、お母さんたちはあなたのことも凄く心配で大事なのだから内緒にしよおってお婆ちゃんたちにも話したの。」


あーだからあの日の夜、みんなでリビングに集まっていたのか。

自分の中での疑問が1つ解消されたが今はお兄ちゃんの記憶が戻るのか、大好きなお兄ちゃんが帰ってくるのかが心配だった。


「で、3日目の朝。今日も記憶が戻っていなかったらどうしようと私たちは怖かった。でも、病院に行ったら陽が私たちの顔見て、お父さん、お母さんって呼ぶの。奇跡が起きたと思ったわ。私たちはその場で号泣してお兄ちゃんを困らせちゃったの。けど・・冬華のことは覚えてなかった。あなたの話をすると『その子だれ?』って言われて私たちはまた怖くなったの」


えっ・・私のことは覚えてないの。

私があんなことしたから、私のこと嫌いになって私の事だけ忘れようとしたの?

怖い。

大好きな人に忘れられるってこんなに寂しいものなの?

私はもうこれ以上話を聞くのがつらくなって心のドアを閉めかけて自分の世界に閉じこもろうとしていた。


「でもね、お兄ちゃん、ちゃんと冬華のこと思い出したんだよ。」


その瞬間閉ざしかけた心のドアが一気に開いた。

そして大粒の涙が頬を伝うのがわかった。


「ホントに・・?ホントにお兄ちゃん私を覚えてる?私のこと嫌いになってない?」

「大丈夫よ。だってあなたを助けたお兄ちゃんがあなたを嫌いになる訳ないでしょう。」


その言葉を聞いた瞬間私は大きな声で泣き叫んだ。

今までの不安だった気持ち。

恐怖と罪悪感。

色々溜め込んでいた物が涙となって体の外へ出で行くのがわかった。

しばらく泣き続けた私は目を充血にさせていた。

そして次は自分の番と言ったかのようにお父さんが口を開く。


「でもね、冬華。1つだけまだ思い出せないことがあるんだ。」

「なあに?」

「それは、事故の日の記憶なんだよ。だから本人はなんで入院したか本当の理由を知らない。頭をぶつけて検査の為に入院しているってことにはなっているけど、その日のことをまだ思い出さないんだ。」

「そうなんだ・・。で、どうすれば戻るの?」

「それなんだけど、お父さんは思い出さなくてもいいと思っている。陽にとっても怖かったと思うんだ。だから、怖い記憶を無理やり思い出させたりしないでいいと思うんだけど、冬華はどうかな?」


私は暫く悩んだ。

本当に思い出さなくてもいいのか子供の私がわかるはずない。


「わからない。でも、私はお兄ちゃんが私の知ってる、大好きなお兄ちゃんで帰ってくるならどっちでもいい!」


私は自分の気持ちを何とかまとめて言葉にした。

でも、本当にそれだけだった。

お兄ちゃんがいればそれでいい。

恨まれてもいい。私のせいだとみんなに思われてもいい。

だから、お兄ちゃんさえいれば何も怖くなかった。


「じゃあ、あの日のことはここにいるみんなの秘密にしよう。将来、お兄ちゃんが自然に思い出した時に全部話そう。そしてみんなで“ありがとう”を言おう。冬華を守ってくれてありがとう。そして、返って来てくれてありがとうって。」


お父さんの一声で私は決心した。


今までクラスのみんなに言われてきたこと。

今でもクラスから浮いていること。

家族にはお兄ちゃんのことで大変なのに私のことで迷惑をかけたくなかったけど、自分の中でけじめをつけるために全部話した。


お母さんもお父さんも困惑していたけど、そのことを受け止めてくれた。

いじめまでいかない子どもの“軽いお遊び”が、紛れもなく“いじめ”に変わろうとしていたのを感じ取ったからだ。


次の日。

お父さんは仕事を休んで学校に行き、私の担任の先生に事情を話した。

先生もクラスの雰囲気が変わったことは気づいていたが、それは私を心配して声をかけれないんだと思っていたらしいが、本心では気づいていてそのままにしていたんだと思う。

そして、1学期が終えると私たち兄妹は転校することが決まった。

正直転校までは予想はしていなかった。

でも、私も今からクラスのみんなと仲良くできると思っていなかったから内心ほっとした。


こうして私たちは終業式を機に引っ越した。

そして夏休みが明ける1週間前。

お兄ちゃんは帰って来た。

でも、最初の頃は定期的に検査をしに病院へ行っていたが1年後、お兄ちゃんからあの夏の記憶がなくなっていることがわかった。


私たちはあの日のお礼をまだ言えていない。


いつかはこのことをお兄ちゃんに伝えないといけないと思っている。


そしてもう一人。

そうマリちゃんだ。

恐らくお兄ちゃんの話してくれたマリちゃんの初恋の人はお兄ちゃん。

でも、その記憶が今のお兄ちゃんには無い。

それでも、マリちゃんには伝えるべきだと思う。

だってその男の子のおかげでマリちゃんは元気になったのだから。


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2度目の初恋 のぶ焼き定食 @pan_nobu_lunch

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