第4話【続くことを望む一日】

ゴールデンウィーク初日。

俺と妹は朝早くから駅に向かっていた。

あの後、冬華たちはどうやら当日はお弁当を準備しようと話をしていたようで、朝早くから慣れない料理をしていた冬華はあくびをしながら目を擦っていた。


「あーやばい。まぶた同士がイチャイチャして目を閉じさせようとする・・」

「慣れないことするからだろ?ただでさえお前、朝弱いのに弁当作ってメイクしたりしたせいであんまり寝てないんだろ?」

「・・うん。でも、2人とも作るって張り切ってたし、私だけ作らないとか女子力的にダメじゃん?」

「お前は誰と女子力競ってんだよ?」

「世界中の女!女は少しでも気を抜いたら負けるの!」

「はいはい。とりあえずもう少しは我慢しろよ?電車の中で少し休めばいいだろ?」


そう言って俺は冬華が持っているバケットを代わりに持つことにした。

別に妹を気遣って持つ訳ではない。

フラフラして弁当の中が、ぐしゃぐしゃになるのを未然に防いだだけだ。


駅に着くと鈴と中田がもうすでに待っていた。

中田は黒の薄手の長袖の上から赤のポロシャツに白のジーンズ。

こうして見るとどこにでもいる普通の男子高校生だが、なぜ友達が少ないのかがわからない。


鈴の方は白いふわふわしたハイネックにジーンズのショーパンに黒のタイツ。

えっ?わかりにくいだって?

そこは女の子の服装以前にお洒落にうとい俺が状況を話しているのだから勘弁してほしい・・。

兎に角。かわいらしい服装だったのには間違いない。


「おせーぞ!もういつまで待たせんだ!」

「お前どんだけ楽しみにしてんだよ?最初は駄々こねたくせに。それにまだ約束の時間まで時間あるし」

「うっせい!」

「陽くん冬華ちゃんおはよー。冬華ちゃん眠そうだけど大丈夫?

「鈴先輩おはようございます。ぜ・・全然大丈夫です」

「なにが大丈夫だよ。ここに来るまでに何回人とぶつかりそうになったんだよ。」

「えへへ・・。ごめんごめん」

「そういえばまだマリルが来てないみたいだな?」

「おう。お前たちも来たし、もうじき来るだろ。」


そうして俺たちはマリルを待っていると向こうから駆け足でこっちに来る人に気づいた。


「ごめんなさーい!遅くなって。お父さんが車で駅まで送ってくれるって言ってくれたんだけど、断って歩いてきたら思ったより時間かかっちゃって」


息を切らせながらマリルは伏せた顔を上げ、上目使いでこっちを見てきた。


俺はその姿に見とれてしまっていた。

もともと色白の綺麗な肌をしているのに今日は白のワンピースを着ていて余計肌の白さが際立っていた。

まるでどこかのお金持ちのお嬢様のような清楚感のある姿に普段の制服姿の印象が強かったせいか、今日は一段と可愛く見えた。


「陽先輩どうしたんですか?」


不思議そうな表情をしたマリルが様子をうかがってきた。


「あっいや、なんでもない」

(あっぶねーぇ!危うく可愛いと言葉が漏れそうになってしまった。)


「さーぁみんな揃ったし電車に乗ろうぜ!」


俺はそう言って1人先に切符売り場に向かった。


「おい、ちょっと先行くなよ!」


中田がそう言いながら、かけ寄って来て女性陣も後を追ってくる。

そうして俺たちは切符を買って電車に乗り込んでいった。


電車に乗った俺たちは三人掛けの椅子に窓側から俺、冬華、マリルの順に座り、通路を挟んだ反対側の二人掛けの椅子には中田と鈴が座った。

思った通り冬華は席に着くなり早朝からの疲れでぐっすり寝込んでしまった。


「しょうがないな・・」


俺は薄手の上着を冬華にそっとかぶせた。


「陽先輩優しいんですね」


マリルが意地悪っぽく俺に言ってくる。


「一応、兄貴だから・・」


俺は照れているのを悟れないように窓の方に顔を向けたが、マリルはフフフと微笑んでいた。


「私、実は遊園地って初めてなんですよねー。だから凄く楽しみなんです!」


マリルは子供のような純粋な笑顔をしながら言ってきた。

でも、その笑顔の可愛さよりも俺がびっくりしたのはマリルが遊園地に行ったことがないって事実だった。

各家庭に個人差はあるのかもしれないが、だいたい小さい時は遊園地やテーマパークに子供を連れて行って、写真やらホームビデオを撮って思い出にするんじゃあないのか?

少なくても我が家には未だに、俺の入園式や冬華の出産後のビデオが親父の部屋の押し入れに綺麗に整理されている。

見た感じ、マリルの家は裕福そうに見えるんだが・・

そんなことを思っているとマリルがおもむろに幼少期の話をし出した。


「私、子供の頃は病弱で喘息持ちだったんですけど、よく体調崩して入退院を繰り返してたんです。だから、なかなか外で遊ぶこともできなくて、ずっと病室から外を眺めてたんです。」


「そうだったんだ・・。」

「あっごめんなさい。なんか重い空気になっちゃいましたね・・。でも、だから今日が凄く楽しみだったんです!」

「じゃあ今日は今までで一番楽しい思い出にしょうな!」

「はい!」


マリルの会心の笑みに俺の心は暗い雰囲気から明るくなった。

でも、やっぱり病弱で入退院を繰り返す子っているんだ。


正直ドラマとかでそんな設定とかよく見るけど、実際俺の周りにはいないから実感がなかったな。


あれ?入院?

そう言えば俺・・昔入院してなかったっけ?

でもなんでだろう。その頃の記憶がはっきりしない。でも、まあいいか。


電車は駅を出て40分。もうじき目的の駅に着く。


「ほら冬華、もう着くからそろそろ起きろ。」

「ふにゃーぁ。・・あっ!しまった寝てしまったー。みんなで喋ったり、お菓子食べようと思ってたのにー!」

「ほーら、冬華。そんなに騒がないの。それに、可愛いよだれの跡がついてるよ!」


マリルの一言でぱっと我に返った冬華は、手鏡で口元を確認し必死に後を消していた。

いつまでも子供っぽさが抜けない妹だ。


電車を降り、駅から出ると徒歩3分のとこに俺たちの目指す遊園地がそこにはあった。

やっぱりゴールデンウィーク初日だけあって、家族連れやら学生で入場ゲートはごった返していた。


「わぁーやっぱり人多いいねー。」

「だから、映画館にしようって言ったじゃん」

「もう、まだ言ってる。」


中田と鈴の夫婦漫才は今に始まったことではないが、それを言うと2人してものすごい勢いで否定してくる。

冬華やマリルもこの短期間でその被害を何回も被っているからもうなにも言わずに、微笑みながら見ているだけにした。

「とりあえず足りない2人分の入場券買いに行こうぜ」


俺は鈴に向かってそう言った。

おそらくこの場面ではこう言うのが一番2人を止めるのにふさわしいと思ったからだ。

思惑通り2人はおとなしくなった。

すると鈴が何かを思い出したのか、おもむろにスマホを取り出し、どこかに電話し始めた。


俺たち4人は一体何をしているのかわからず、ただ電話をかけ終わるのを待つしかなかった。


「ごめんね、待たせちゃって。じゃあこっちに行こう。」


電話をかけ終わった鈴は俺たちに何も説明もなく、スタッフルームのドアの前まで誘導する。


俺たちは訳もわからずに歩いていると、ドアの前でスーツ姿の男の人が立っていた。

鈴はその男の人の姿を確認すると一目散に走って行った。


「紹介するね。この人は吉岡新一さん。私のお父さんの高校の同級生でママの元カレ!」

「ちょっと鈴ちゃん!何度も言ってるけど、お母さんとは本当に何でもないんだって・・」

「まあ今日はそういうことにしておいてあげますね!。」

「もう鈴ちゃんたら・・。えーと、吉岡です。ここの広報担当の責任者やってます。実は鈴ちゃんのお父さんに招待券を送ったのは僕なんだけど、昨日鈴ちゃんのお父さんから今日お友達と5人で来るって聞いたから、じゃあ残りの2人も招待しようって話をしていたんだけど、どうやら鈴ちゃんから話が通ってなかったみたいだね・・」

「そうだったんですか。えーと、ありがとうございます。」

「おっ!君が鈴ちゃんの旦那さんだね。じゃあこれ。楽しんで行ってね!」

「もう、吉岡さん!」

「ハハハ!さっきのお返しだよ!じゃあ僕は仕事に戻るから!お父さんによろしくね!」


中田が顔を真っ赤にして呆然と立っているのを俺たち3人は少し後ろから笑いをこらえるので精一杯だった。


入場した時にわかったことなんだが、この招待券は関係者用の招待券だったらしく、園内の売店でのソフトドリンクが飲み放題のおまけ付のフリーパスだったみたいで、みんなテンションが上がって子供のように入口近くの売店で早速飲み物を注文した。


それから俺たちは始めに園内のウェルカムショーを見ることにした。

園のオリジナルマスコットキャラクターとMCのお姉さんたちによるショーだったが、正直この年でこれを見るのは少々きつかったが、初めて来るマリルや冬華はそれなりに面白がっていた。


ショーが終わり、俺たちは先ず初心者向けのジェットコースターに向かった。

初心者向けとは言ったが、主に子供向けに作られた遊具なんだが、それなりにスピードもあって大人でも十分楽しめる作りになっている。始めは怖がっていたマリルも慣れてきたのか、どんどん絶叫系のマシーンに乗りたがる。

マリルと中田がどんどん乗って行くもんだから冬華や鈴奈も仕方なしについて行くが、2人ともまんざらでもないようで、結構盛り上がっている。


俺は・・・早々にダウンした。


情けないことに絶叫マシーンは本当に苦手なんです。

小さい頃に乗ったマシーンが怖くて降りて親の顔を見た瞬間に安心して、おしっこを漏らしてしまって、それ以来トラウマになっている・・。


そうこう遊んでいると時間はすでに13時を過ぎていた。


4人がアトラクションから降りて来たから俺はみんなに昼食を提案した。

正直、お腹が空いていたのもあるが、乗り物に乗らない分、荷物当番になってしまって退屈になっていたからである。

みんなも遊び疲れてちょっと休憩もしたかったようで、ちょっとした広場のスペースでお座敷を引いて女性陣が作って来たお弁当を食べることにした。


「さぁ、朝早く起きて準備したんだから残したら承知しないよ!」


そう言って一番にお弁当を広げたのが冬華だった。

どんな自信があるのかわからんが、そんなに堂々と披露して大丈夫なのか?


・・・ダメだった。


卵焼きは焦げ気味で恐らくウィンナーもタコにしたかったんだろうが、切込みだらけで何なのかわからない。

他にもお肉と野菜の炒め物の割合がお肉が大半を占めていてバランスが取れてなかったりする。

まぁ・・不慣れの割によく頑張った方だと思うんだが、胸を張って満足げな冬華に向かってはみんな苦笑いをするしかなかった。


次に弁当を開けたのが鈴だった。


鈴のお弁当はとても綺麗でまるで宝石箱かと思わせるぐらい色取りが良く、冬華と違ってどれも美味しそう。

特に手作りのから揚げ!なんて女子力だ。聞けば、前日から仕込みをしていたそうでだ。


冬華よ。お兄ちゃんもこんな女子力のある妹だと、尚嬉しいのだが・・。


「鈴のから揚げは毎回旨いんだよなー!こー外はカラっと中はジューシーでさ!でも、お前のばあちゃんの味にはまだまだだな!」

「おばあちゃんの味覚えてくれてたんだ。早く習得できるようにがんばるね!」

「べっ、別にお前の料理が毎日食べていなんて言ってないからな!今度、ばあちゃんに飯作ってって言っとけよ」


この2人はなにイチャイチャしてるんだ。

早く正式に付き合って婚約まですればいいと思うのだが。


そして最後に出したのはマリル。


「私2人みたいにまだ人に出せれるような物は作れなくて・・。包丁もまだ上手く使えないからどうしようって考えたんだけど、これしかできなくって・・。」


マリルは2人が自分の想像以上のものを作ってきたので、恥ずかしくなりなかなか出さなかったが、冬華の弁当はともかく、鈴の後に出すとなるとハードルが上がるよな。


よく、テストで自信ないって言って高得点出した鈴と、そのままの結果になった冬華のような弁当の後に出すのだから気後れはするだろう。


そう言ってマリルが出したお弁当に俺は驚愕した。

こんな方法があったのか!高得点の出し方は一つではなかった!


マリルの出したお弁当箱からは食パンの耳を切り落として作られたサンドイッチだった。


「おー旨そうじゃん!冬華・・次はサンドイッチにしような。」


俺が頭を優しくなでると鈴と中田がくすくすと笑い始めた。


自分が馬鹿にされていると気付いた冬華は、いつものようにタコのごとく赤くなり、フグのように顔を膨らませていた。

「もーお兄ちゃんのバカ!」


そうして、俺たちの昼食は始まった。

自然に笑いが溢れみんなが笑顔で話をしている。

こんな状況が毎日続けばいいと本気でそう思った。


「でも、陽先輩乗り物乗らなくてよかったんですか?荷物番なら私もしますから先輩も乗ってきていいですよ?」


鈴の作ったから揚げを頬張ろうと思ったときマリルが申し訳なさそうな表情で俺に言ってきた。


「あっ!それなら大丈夫!お兄様にはどうしても克服できないトラウマがあるからー。あっ!これ言ったらダメだったよねぇー。許してお兄様―ドジで料理のできない哀れな妹を。」


俺が誤魔化そうと声を出す隙もなく、さっき料理ができないことを馬鹿にされた仕返しにと目を光らせ、悪意のこもった言い方で言ってきやがった。

そんなこと言ったら黙ってないやつがいる。そう、あいつだ。


「えー冬華ちゃんなにそれなにそれ!古川になにがあったのー?」


中田がもう何日も餌を食べてないライオンが、目の前に食糧を見つけた時の勢いのように食いついてきた。


「えーっとねー実は―――」


こうして俺のトラウマのお漏らし事件は明るみになり、そのあとの笑いの種になったことは言うまでもない。


昼食を終え俺たちはまた子供のようにはしゃぎ回った。

さっきのことを気にしてか今度はゴーカート等、俺が遊びやすくて楽しめるアトラクションが多かったのは、みんなが気を使ってくれたからだと思う。

こうして俺たちは思う存分楽しんで、そろそろ帰る打ち合わせを話していた時。


「本日は御来園まことに有り難うございます。本日から当園はGW特別営業となっております。本日のイベント打ち上げ花火は予定通り18時からの開始でございます。お時間のあるお客様はどうぞお楽しみください。」


恐らく今日1日流れていたであろう園内アナウンスをしっかり聞いたのは初めてで、みんな花火を見れることに心を躍らせていた。

今は5時だから花火まであと1時間はある。

俺は今のうちに帰りの電車の時間調べるためにスマホを取り出た。


「じゃあ私は帰りが遅くなるって親に連絡するね」


鈴の一声で冬華とマリルも親に連絡をすることにした。


そうして俺たちは空いた時間を園内のゲーセンでプリクラやUFOキャッチャーで遊んで時間を潰した。

でも、中学の卒業式にクラスのみんなで遊んだ時以来のプリクラだったから凄く緊張した。

その時も後ろの方で見えるかどうかの場所にいたし、落書きなんかする訳がないからペンを渡されたときは何をしていいのか全く分からなかった。


6時になり、花火大会のエリアには人がいっぱい集まっていて始まるのを今か今かと待ちわびていた。

そして、人々が心を躍らせているその時。一筋の光の球が高い音をたてながら空に伸びて行き、光の球が消え時間差で大きな音を立てて綺麗な閃光が眩しいくらいの光を放ち人々の顔を薄暗く照らした。


その瞬間、今までのざわめきが嘘のように沈黙が訪れ、人々は連続で上がる花火に見とれていた。


俺も久しぶりに心から花火を楽しんだ。

隣を見渡すと、子供のような笑顔で花火を楽しんでいる妹の顔があった。

俺は兄貴としてその顔を見て嬉しくなった。

恥ずかしいけど、この妹の笑顔を見れるんなら何でもできる。そう本気で思った。

そして周りを見て鈴や中田の顔を見た。

2人も笑顔で今日1日がどんなに楽しかったかを物語っていて、今日はここにきて本当に良かったと思った。

そして俺はマリルの方に視線を送る。

するとマリルは俺よりも早くこっちを見ていたようで、俺と目が合うと驚いた様子でさっと顔を上に向けた。

マリルの顔を見た時にふと同じような光景、いや横顔を見た気がした。でも、この感覚はなん何だろう・・。

俺もみんなの顔を見ていたから、こいつも一緒でみんなの顔を見ていたんだと思うが、そんなにびっくりすることはないのに。

俺はこの時、初めて本当の友達ができたように思えた。

みんなとこれからもいっぱい思い出を作っていきたい。そう願った。



最後の花火が打ちあがり、余韻に浸りながら俺たちは駅に向かった。

帰りの時間を確認していたかいがあってスムーズに電車に乗ることができ、電車の中では女性陣が3人で今日の出来事や料理のことで話が盛り上がっていた。


電車を降り俺たちは別々の岐路に着くことになった。

どうやらマリルの家は俺たちの家よりの少し先のようで俺は荷物を家に置くと家までマリルを送ってくることにした。

最初は冬華が送ると言い出したんだが時間も遅くなっていたし、それに片付けもあったから冬華にその役目を押し付けて俺がマリルを送ることにした。


「すみません送ってもらって。」

「いいよ、女の子を一人で夜道を歩かせるなんて危ないだろ?」

「フフフ。ホント陽先輩は優しいですね」

「うるせーぇ。今日は面白かったか?」

「はい。とっても面白くて最高の1日でした!」

「ならよかった。遊んでる時の顔も、花火を見ている顔も生き生きしてたもんな」

「そっ・・そうですか?恥ずかしいなー。ひょっとして、ずっと見ていたんですか?笑」

「いっ、いや・・荷物番してたし・・マリルが楽しそうだったから。それに、お前も花火の時に俺を見てたじゃん!」

「気づいてたんですかー?」

「当り前だろう?それにすぐ目逸らすし。」


するとマリルが少し遠くを見るような表情で話しだした。


「ちょっと昔のことを思い出していたんです。」

「昔のこと?」

「はい。私、小さい頃はよく入院をしてたって言ってたじゃないですか。入院と言っても、1週間前後のプチだったんですよ。でも、1回だけ1か月ぐらいの長い入院をしたことがあったんです。」

「へぇ。そんなに酷かったの?」

「その時は喘息がちょっと酷くて、肺が少し弱くなっていたみたいで、今退院してもまた発症するからゆっくり治療をした方がいいとお医者さんに言われて、ちょうど夏休みの時期で学校もお休みだったからそうすることにしたんです。」

「へぇ、そんな事があったんだ。大変だったね。」


俺はそう言うしかなかった。

俺のボキャブラリーが乏しいのはわかっているが、これ以上変に言葉を並べていいものかとも思っし、少なくても本人にとってはあまりいい思い出ではないと思ったから。


「でも、その1か月は今までの入院と違って、寂しさとか全然無くて楽しかったんです。」


マリルはそう言って明るい表情で話を続けた。


「あの時私は、看護婦さんに気分転換の為に中庭に連れて行ってもらっていたんです。その病院は都会から離れた場所にあるから空気が綺麗で、とても静かな病院だったんです。それで車椅子で移動していると頭に包帯を巻いて寂しそうにベンチに座っている男の子がいたんです。私は、入院している患者さんの顔はよく覚えていたんですけど、その子の顔には見覚えがなかったし、子供が入院していたことも珍しかったからちょっと気になったんです。それからちょくちょく中庭で見かけるようになって、包帯が取れて表情が明るそうだったから話しかけて、仲良くなっていったんです。そしてお盆過ぎに院長さんが初めての長期入院だった私達に屋上で小さな花火大会してくれたんです。で、今日の花火を見ながら先輩の顔見たらそのことを思い出したんです。」


マリルの話を聞きながら俺は心の奥でマリルの話に同じような思い出があるような気がしていた。

でも、俺は入院した覚えもないし、まして花火大会に行ったんなら妹が絶対そばにいたはず。

マリルからは女の子の話は出てこなかったし、何か似たようなドラマを見たことがあるんだと自分の中で納得すことにした。


「へぇ、そんなことがあったんだ。もしかしてその男の子が、初恋の人?」


俺は少し茶化すように聞いてみた。

するとマリルは夜道だというのに街灯の光でもはっきりわかるくらい耳を真っ赤にしながら


「そうですよ・・。あの子のおかげで私は寂しくなかったし、初めてお友達ができたんですから。」


照れながらそう言うマリルは可愛いというより綺麗だった。

女の子は恋をすると綺麗になるってこういうことなのだろうか。


「その子とはその後どうなったの?」

「その子が退院する時は新学期が始まろうとしてて、どうやらその子は引っ越したみたいなんです。だから今はどこにいるのかもわからないし、どうしているのかもわかりません。」

「そうなんだ・・。またいつか会えるといいな」


そう言って俺たちはマリルの住んでいるマンションまで着いた。

話しながら歩いた時間は30分くらいだったが、それ以上に長く感じたのはマリルの話がどこか心の奥で引っかかる感じがしていたからだと思う。


「じゃあここで。」

「はい。わざわざ送ってくれてありがとうございました。」

「いいえ。今日は楽しかったよ。またみんなで遊びに行こうな!」

「はい!じゃあおやすみなさい。」

「おやすみ。」


俺は押してきた自転車の籠からマリルの荷物を手渡し、来た道を帰った。


帰り道マリルの話が気になって頭から離れなかったし、花火の時にマリルの顔を見て感じた、あの感覚がなんなのか俺は気になっていたが、長く感じた道のりは自転車に乗って帰るとすぐに家に着いてしまい考える暇がなかった。


家に帰ると、冬華がお袋と一緒に夕飯を並べていた。

親父も俺より早く帰っていたみたいで既にお風呂に入り、部屋着に着替えて食卓に座っていた。


「遅かったな。まだ高校生なんだから考えて遊ぶんだぞ。それに送ったのは女の子なんだろ?冬華に送らせないでお前が自宅まで送ったことは良しとするが、向こうのご両親の心配する時間になるのは考えなさい。なんだかんだで1番大変なのは、お友達なんだぞ。」

「わかったよ。気を付ける。」

「わかればいい。」

「はいはい。お父さんの話が終わったみたいだからご飯にしましょう。ねぇ冬華」

「もー遊び過ぎでお腹ペコペコー。いただきまーす!」

「いただきます。」


冬華の一言を皮切りに3人揃って合掌した。


「でも、珍しいわねぇ。冬華が手伝ってくれるなんて。」

「まっ・・まーね!たまにはしておかないと、私もそろそろ色々できないといけないと思うし。・・料理とか。」


バツが悪そうに歯切れを悪くしながらこっちを見てくる。

俺が笑いを堪えていたのがバレバレだったようで凄い形相でこっちを睨んでいた。

すると、ニヤリと笑った冬華の顔が一瞬見えて俺は恐怖を感じた。

どんな地雷を踏んだのか、そしてどんな爆弾を投下されるのか全く予想がつかなかった。


「ねぇ、お兄ちゃん?マリちゃんと帰り道は何を話してたのー?まさか無言で送って来た訳ではないよねぇ?」

ここぞとばかりに俺に恥ずかしい話を話させようとしているのだろうが、さっきのマリルの話を果たしてそのまま話していいのか迷っていた。


「ねぇーねぇー早くー」


冬華がしつこく話さをせようとするので、俺はマリルが入院していた夏休みのことや今日の花火大会での違和感のことを簡単に話した。


「――――って訳なんだけどよ。俺は入院した覚えはないし、第一花火するんならお前もついてくるだろ?だから最初はドラマのシーンでそんなのがあったのかと思ったんだけど、そんな感じではないんだよなー」


そしてマリルの思い出に、ところところ身に覚えがあるのということ。だが、そもそも入院した覚えがないことなど自分の記憶がはっきりしないことを何気なく話した。


すると、3人は少し黙り込んでいた。お袋や親父が喋らないのは良しとしても、話題を振ってきた冬華が何も話さないことがおかしい。

俺になにか隠してる?

いや、別に俺が入院したとしてもなぜ隠す必要があるんだ。

3人の反応にそろそろ俺も困惑の表情を隠せなくなったその時、冬華が明るい声で喋り出した。


「なにそれー花火するのに私がお兄ちゃんについて行かない訳ないじゃん!お兄ちゃんの思っている通り、ドラマのシーンなんかじゃない?」

「きっとそうよ。お母さんもあなた1人で花火に連れて行ったこと無いわよ?ねーぇお父さん。」

「そうだな。まぁ、小さな頃の記憶だし、お前が勘違いしているところがあるんだろ。」


まーあ、親父やお袋が言う様に俺の勘違いなのか?

でも、じゃああの思い空気はなんだったんだろうか。

そんなことを考えながら風呂に入って今日の疲れを癒すことにした。

風呂に入りながらも今日の一日の思い出も振り返ってみた。

朝早くから行動して体は疲れているはずなのに、この心地よく感じる疲労感は今まで味わったこと無いな。


にしても、マリル可愛かったな・・。


風呂から上がり自分の部屋に戻った俺はベッドに横たわるとすぐに眠気が襲ってきてすぐに寝てしまった。

あまりにも熟睡していてマリルからのLINEに気づかなかった。


「陽先輩送ってくれてありがとう。

お母さんに先輩に送ってもらったって言ったら今度会ってみたいって言っていましたよ!

今度はお茶ぐらいできる時間に送って下さいね!」

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