44話 長続きしない平和のこと

長続きしない平和のこと








「見えるかサクラ、かわいいよな」




「わふ・・・」




仮眠室の入口よりもすこしオフィス側に立ち、抱っこしたサクラに話しかける。


俺の声が聞こえているのかいないのか、彼女はこちらへ視線を向けることもなくおとなしくしている。


その視線の先は、仮眠室に敷かれた布団の上だ。




「ヴァフ・・・」




何故か俺の股の間から正面を見つめているなーちゃんも、いつもよりおとなしい。


それ以上先に進もうとしないのは、『アレ』にストレスを与えてはいけないと思っている・・・のかもしれない。




俺達の視線の先には、アニーさん達女性陣に囲まれて・・・スヤスヤと眠る赤ん坊の姿があった。


もちろん、母親である後藤さんも一緒だ。


あの子がこの世に産まれてから、ちょうど3日後である。






・・☆・・






難産・・・と言う程でもないが、予断を許さないお産は終わった。


アニーさん曰く、『普段ならどうということはない出産だがね、さすがにこの状況下では何が起こるかわからんからな』とのこと。


たしかに、薬品も医者も病院も何から何まで足りていない現状だ。


用心に越したことはない。




まあ、とにかく・・・お産は無事に終わり、母子ともに健康だ。


何が原因で体調を崩すかもわからない赤ん坊と違い、母親である後藤さんはひとまず大丈夫だろう。




『直接診察したわけじゃないから確実なことは言えないが、神経質になりすぎてもよくないよ。ともかく経過観察と絶対安静だね・・・しばらくはそのままで』




御神楽の石平先生は、通信でそう言っていた。


往診に行きたいところだけど・・・とも言っていたが、さすがにそれは無理なので断った。


俺や先輩方はいつもヒョコヒョコ外出するが、一般の方々にとってはノーマルゾンビですら脅威なのだ。


しかも、龍宮方面は若干強いっぽいノーマルばかりな上に、最近では黒もチラホラ見かけるとのこと。


貴重な医療従事者である石平先生に万が一のことがあったら大変である。




・・・え?大木くん?


彼は・・・一般人じゃないから、うん。


俺達南雲流とは別ベクトルで。






というわけで、後藤さんを含めた3人・・・いや、4人は1週間前後の間高柳運送で預かることとなった。


理由は2つある。




1つは、前述の通り医者からの指示だ。


産まれてすぐの赤ん坊と、出産を終えてすぐの元妊婦さんを動かすのはマズい。


ここは食料がひっ迫しているわけでもないし、面積が足りない訳でもないので問題ない。


それに、後で秋月からいくらか食料を融通してくれる話もあるそうだ。


花田さん様様である。




そしてもう1つの理由だが、それは天気とそれに付随する問題だ。


後藤さん一行がここへ来てから、連日の豪雨は一向に止む気配がない。


式部さんと病院に避難した日の一番強い時の雨・・・それが、1日中降り続いている。


この状況ではおちおち外にも行けない。


後藤さんのように体力の落ちた状態ではなおさらである。


赤ん坊が風邪でも引いたらそれこそ大惨事だ。




せっかくこの世に芽吹いた命なんだ。


風邪なんかで散らせたくはない。




俺はともかく、ここの住人はみんな(子供と動物も含めて)善人ばかり。


満場一致で、後藤さん一行の滞在に賛成したというわけだ。






・・☆・・






「もっど、どどど、もどり、ましっ・・・た・・・」




「お帰り・・・大丈夫かオイ、風呂は沸いてるぞ」




「あじゃ、あじゃじゃじゃじゃじゃじゃす・・・こ、こここれ、よ、ろろろろろっろろ」




「七塚原パイセン!大木くんを風呂にぶち込んでください!!」




赤ん坊を見て満足したサクラたちを伴ってオフィスへ戻ると、1人だけ地震の最中のように震える大木くんが豪雨の中から帰ってきた。


その手には、濡れないようにラッピングされた大き目の段ボールがある。


すげえ振動してるけど。




「無理するのう・・・冷え切っとるじゃなーか」




「んめ、めめめめ・・・めんぼく、ごじゃいまっせ・・・」




「ほいほい、田中野、荷物は頼むで」




震える大木くんから段ボールを受け取る。


先輩は強引に大木くんの合羽を脱がし、米俵よろしく担ぐと風呂場へ消えて行った。


その後を、サクラとなーちゃんが心配そうに駆けて行った。




「巴さん、これで大丈夫ですかね」




俺は段ボールを持って台所へ行き、お湯の用意をしていた巴さんにそれを見せた。




「ええっと・・・はい!大丈夫ですよ~!大木さんはすっごいですね、必要なものが全部入ってます!」




段ボールの中を見た巴さんが目を輝かせている。


その中身をざっと見ると・・・粉ミルクやらおむつやら、そして用途不明の何かのパッケージやらがぎっしり詰まっている。




「お礼に、ジェシカさんと一緒にとびっきりのペペロンチーノを作っちゃいます!」




「ああ、そりゃあ喜びますよ」




大木くん、ペペロンチーノ大好物だからな。




巴さんはいくつかのモノを段ボールから取り出すと、沸かしたお湯と一緒に仮眠室へと向かって行った。


アレだけの荷物を抱えてなんてよどみないスキップ・・・さすがの体幹だ。




大木くんは、今朝早くから赤ん坊に必要な物資を回収するために出かけていたのだ。


それも、行ってくれと頼まれたわけではなく・・・さりげなーくアニーさんたちの会話を聞いて必要な物資を記憶し、こっそり出かけたのである。


そういえば今日は朝から見ないな・・・と思っていると、3時間ほど前に急に通信が入ったのでびっくりした。


『今から帰るが、これ以外に必要な物資はないか』との連絡だった。


行くと言えば誰かに止められると思っていたらしい。


言ってくれれば俺もついて行ったのに・・・豪雨の中の物資回収は1人の方が都合がよかったらしい。


風呂から上がってきたら、詳しい話を聞いてみよう。


ほんと、大木くんもつくづく有能である。






「よく降るなあ」




「ぶるる」




社屋から離れ、倉庫へ。


今の所俺ができることはないし、子供たちが入れ代わり立ち代わり赤ん坊の様子を見に来るので結構騒がしい。


それが苦手と言うこともないが、わざわざ人口密度が多い所にいても邪魔になるだけだ。




「ここが川からも山からも遠くでよかったな」




俺の手を舐め回すゾンちゃんを見ながら呟く。




3日目に突入した豪雨は、周辺の元田んぼをさながら湖のように合体させて1つにしている。


高柳運送周辺の水路も、いつもの何倍もの水量となっている。


2階からチラッと見たが、鯉みたいな魚影が見えた気がした。


今度大木くん特製の電流罠を使えば、晩飯のおかずが1品増えるかもしれない。


鯉・・・親父の田舎で鯉こくっていう味噌汁?味噌煮?を食った記憶があるがそれなりに美味かった覚えがある。


この状況下ではもっと美味く感じるだろう。


生鮮食品は貴重だし、栄養もある。




「ブルルル・・・」




ヴィルヴァルゲが馬房の奥からこちらへ来て、俺の横で豪雨を眺めている。


外に出れないのがストレスになっているのか、鬱陶しそうな感じの目を向けている。


馬は大型犬とか目じゃないくらい走り回るもんな・・・かわいそうだ。


大牧場みたいな屋内運動場でもあればいいんだろうが、そんなものはない。


大木くんなら作れそうではあるが、過労死待ったなしなのでやめていただきたい。


10年くらいのスパンで作っていただきたい。




大木くん曰く、急な病気等が無ければサラブレッドは25年前後生きるようなので先は長い。


ヴィルヴァルゲは7歳くらいらしいし。


人間換算で20~30代とのこと。


若いママだ。




「やることもないしブラッシングでもしちゃろうかな~ホレホレ」




倉庫から馬用のブラシを取り、まずはゾンちゃんのブラッシングにかかることにした。


人間に使えば血でも出そうなくらいの固さだが、馬には丁度いいらしい。




「ぶるる!っひぃん!」




「あばばばばばば」




ゾンちゃんの場合は気持ちいいのかなんなのか、さらに興奮して舐めまわしてくるのが難点ではあるが。


落ち着きなさい!体中が牧草スメルになってしまうから!!






「ゾンちゃんたちはキレイになったのに、おじさんはベットベトだあ・・・」




「俺は無実だ、全部ゾンちゃんが悪い」




母娘のブラッシングを終えるころ、璃子ちゃんがやってきた。


ピカピカの馬に反比例して、俺はベトベトである。


いや待て、馬のグルーミングとして考えると・・・これはゾンちゃんなりのお返しなのではないか?


・・・ふむ、そう思えばコレも甘んじて受けよう。


だが。




「よかろう、ならば天然シャワーだ!!」




「ぴゃあっ!?おじさんのエッチ!?」




それでもベトベトすぎるので、俺は上半身裸になって石鹸とタオル片手に駐車場へ飛び出すことにした。


クソ冷たいが、豪雨は容易に体中を濡らしていく。


うーん、こういうのもたまにはいいモノだ。




あと璃子ちゃん、俺の上半身にエロ要素はない。


どちらかといえばグロ要素しかないのだ。


傷も増えることがあっても減ることはないし。


ぴゃあとか言うなら見なければいいのに、璃子ちゃんが顔を覆った指ガードはガバガバである。




頭に石鹸を押し付け、ゴシゴシ動かす。


そうして頭を洗いつつ、タオルも泡立てて上半身も擦る。


ほぼ毎日風呂に入っているから不潔ではないが、お湯は赤ちゃんと子供たち優先だ。


俺は水風呂もしくは天然シャワーでいい。




「ふい~・・・璃子ちゃんそこのタオル取ってタオル」




「ふぁ、ふぁい・・・」




倉庫に戻り、璃子ちゃんからバスタオルを受け取る。


ズボンも濡れているが、さすがにJCの前でクロスアウト(脱衣)するわけにはいかない。


倉庫の一角に置かれている着替えを取り、馬房の前を通って璃子ちゃんから見えないところへ。


上半身を拭き、タンクトップを着る。


下半身はジャージだ。


濡れた服はタライに放り込み、後で手洗いしよう。




「ひひん」




「おおっと」




隙あらば舐め回そうとするゾンちゃんから逃れ、璃子ちゃんの方へ戻る。




「ただいま、赤ん坊はどうだ?」




馬房の横にある長椅子に腰かける。


ここはちょいとしたテーブルもあるし、いい休憩スペースだ。


いつの間にか大木くんが回収してきたモノで作られている。


さっき俺が着た服なんかも、いつの間にか在庫が増えている。


・・・あいつ、最近マジでいつ寝てるんだろうか。


倒れる前に止めた方がいいのかな。




「元気元気!おっぱい飲んで寝ちゃったよ~・・・赤ちゃんってかっわいいね!」




「おお、そりゃよかった」




璃子ちゃんも俺の横に腰かけた。


魔法瓶からココアを注いでやる。


これも、いつも台所に常備されてるんだよな。


巴さんか、それとも斑鳩さんかねえちゃんか・・・ともかく、うちは料理上手家事上手が揃っててチートだと思う。




「大木のおにーさんが小鹿くらい震えながらお風呂場に入ってったけど、大変だねえ」




「この雨の中探索だからな、無理もない」




芯からあったまって欲しいものだ。


風呂から上がったら2階に連行して強制的に昼寝してもらおう。


これ以上働いて肺炎にでもなったら大変だ。




「あ、そういえば・・・あの赤ちゃんの名前ってもう付いてるのかね?」




ふと気になった。


俺は出産からこっち、邪魔になるだろうから距離を取ってたからな。


ああいうのって産まれてすぐ決めるもんなんだろうか?




「うん!『拓人タクト』くんだって!いい名前だと思うな~。・・・杏子さんの旦那さんがさ、前から決めてたんだって」




璃子ちゃんは、最後の方で少しだけ目を伏せた。




「旦那さんが・・・うん、いい名前だな。本当に、いい名前だ」




後藤さんの旦那さん、か。


身重の妻を残して、救命の為に飛び出していって行方不明の・・・


どんな気持ちだったんだろうな。


家族を残して死地に赴くってのは。


仕事とはいえ、さぞ辛かったに違いない。




どこかで、生きていて欲しいとは思う。


思うが・・・まあ、こればかりは俺が考えてもどうにかなるもんじゃない。


せめて、無事を祈るばかりだ。




「元気に大きくなってくれたらいいなあ・・・ね、おじさん」




「・・・ああ、そうだな。本当にそうだ」




無事には産まれた。


俺にできることは・・・せいぜい、あの4人が秋月に移るまでここを守ることだな。




「うーん、なんか私も赤ちゃん欲しくなってきちゃったな!」




「10年早いと思う」




とんでもない爆弾発言だ。




「おじさん知らないの~?センゴクジダイは11歳で赤ちゃん産んだ人もいたんだからね!」




「残念、ここは現代日本だし、なにより戦国時代はそれで大分妊婦が亡くなってるんだぞ。どこぞの前田家のゴッドマザーみたいなのは奇跡だ、奇跡」




・・・あの戦国武将、11歳の奥さんに1年スパンくらいで子供産ませてるんだよな。


夫婦仲はよかったらしいけど、それでも戦国時代って怖い。




「なにより相手はどうするんだよ。赤ちゃんは無から創造できるようなモンじゃないぞ」




「それなんだよね~・・・どっかに強くてカッコよくてお金持ちで身長2メートル以上のヒーローいないかな?」




なんだそのレアモンスター。


っていうかこの状況で金持ちとか意味ある?




「あ!身長とお金以外はおじさんも合致してるね!きゃ~!狙われちゃ~う!」




璃子ちゃんはクネクネしている。


ツッコミどころが多重衝突事故を起こしている。




「狙わないし狙う気もないから安心いっで!?」




外履き用のスリッパが顔面に飛んできた!!


殺気の伴わない攻撃は読みにくい!読み辛い!




「それはそれでシツレイかなって思うな!私!!」




「なんでさ」




女心と天気模様は読みにくい。


豪雨を見ながら何となくそんなことを考えていた。




と、その時。






「―――ぁ、おぎゃぁ」






社屋の方から泣き声が聞こえてきた。


拓人君の声だ。


換気の為に開けていた社屋1階の窓から、豪雨に混じって漏れてくる。




「あ!拓人くんが泣いてる!おしめかな、おっぱいかな」




璃子ちゃんが怒りを収めて腰を浮かす。






―――りぃん






不意にテーブルの上にある『魂喰』が音を立てる。




「へ?タマちゃん・・・?」




璃子ちゃんが視線をテーブルに向けると同時に、俺はジャージを脱いだ。




「ぴゃああ!?おじ、おじさ・・・!?!?」




璃子ちゃんの悲鳴を聞きつつ、壁に干していた濡れた作業用ズボンを履く。


生ぬるい感触が気色悪いが、そんなことは言っていられない。




「璃子ちゃん、社屋へ行け!先輩たちに『何か来る』って伝えて!!」




ベルトをきつく締め、壁に立てかけていた兜割を持つ。


脇差の位置を調整し、左腰に『魂喰』を差す。


足はブーツのままだったので、これでいい。




「おかあちゃん!端でおとなしくしてろよな!」




何かに気付いたように耳をピンと立てたヴィルヴァルゲにそう言いつつ、俺は再び天然シャワーの中に身を躍らせた。






・・☆・・






雨粒が体中を叩く。


あっという間にずぶ濡れだ。


視界も不良だが、水泳用のゴーグルのお陰で多少はマシ。


プール用品、常備しといて助かった。




「さて・・・」




耳を澄ますが、雨音以外は何も聞こえない。


いや・・・社屋の窓が開く音がした、たぶん2階だろう。




「イチロー!『ブラック』が来る!右からだ・・・数、無数!頑張れサムライ!!」




『ああもう、なんだってこんなにいい日なのに・・・!ファック!』




『大セールができそうなくらい在庫があるからいいけどさァ!!』




アニーさんの声がしたとほぼ同時に、腹に響くような銃声。


以前使ってた対物?ライフルってやつか!


キャシディさんたちはいつものライフルを使っているようだ。




『ブラック』・・・黒ゾンビか!




雨の日はゾンビが活発に動くからな・・・硲谷方面からはるばる遠征してきたってのか!?


なんでこっちに来るんだよ畜生!龍宮方面に行けよ!!




社屋玄関が開く音。




「田中野ォ!!」




七塚原先輩だ。




「先輩はそこを守ってください!抜かれないように!!」「応!!」




撃てば響くように返事。


頼もしい。


さすが高柳運送の守護神(今考えた)だ。




「晴れの日に来ればいいのに、ゾンビは空気読まない子」




「空気読んで全部自殺して欲しい所ですね」




たぶん、後方に後藤倫先輩。


足音がほぼしなかった。




「一朗太さぁん!国道からゾンビの群れであります!!ほぼノーマルですが、黒も混じっているでありますぅ!!」




「なるべく数を減らします・・・!!」




式部さんと神崎さんの声が屋上の方から聞こえる。


同時に、銃声も。


より高い所から見ているので、確実だろう。




「いける時に水路に電流流します!みなさんゴム底ですよね!?流す時に叫びますから!!」




「頼むっ!!」




大木くんまでいるようだ。


悪いなあ、風呂入ってただろうに。




「っちい!死角に入ったか!オーキ!!」




「なんちゃってクレイモア発動!!」




塀の向こうから爆音が何度も響く。


そういえば地雷埋めてあったな、あそこ。




「続いて電流流します!手を地面に付かないでくださぁい!!3、2、1・・・はいドーン!!」




電流の音は聞こえないが、向こうから悲鳴が聞こえる。


効いてる効いてる!




「いかん!デカブツが正門の影に回り込んだぞ!!」




「正門高圧電流ステンバーイ・・・ナウ!!」




「ッギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!ッガガガガガガガ!!!!」




正門越しの悲鳴。


通電しているようだが、まだ元気だ。


見えないのがもどかしい。




「―――うっそでしょおい!?か、カメラ!カメラで確認したんすけど―――」




大木くんの狼狽が聞こえる。


同時に、正門の向こうから異音。




「黒じゃないっす!ネオ!ネオです!そいつ、そいつがゾンビのした、死体を積み上げて―――」




何かを、踏みつけるような音。




「―――ジャンプ台にッ!?!?」




その声と同時に、拡張した正門の上に影。


黒光りする装甲が見える。




「ッガヤガアアアアアア!?!?!?」




滞空するネオゾンビの顔面が、火を吹く。


アニーさんのクソデカライフルだ!!


それに仰け反るが、慣性に従って奴は正門を飛び越えた。




どすん、と駐車場に着地するネオゾンビ。




「左!」「じゃあ右!」




後藤倫先輩と同時に走る。




「ッガガガガガ・・・!」「ッセ!!」




立ち上がりかけたネオゾンビの顔面に、先輩の蹴りが突き刺さる。


ぐらりと上体が揺れるネオゾンビ。




「っしぃい・・・あぁあ!!」




仰け反った喉に、兜割を突き入れる。


可動の為に薄くなった装甲板に、するりと切っ先が潜り込む。




「ぬんっ!!」




喉に入った兜割を、てこの原理で左右に捻る。


びきり、と骨が折れる感触。


よし、これで―――!?




「ガァアア!!!」「っちぃい!」




ネオゾンビの首元の装甲板が伸びる。


コイツ、まだ生き?てやがる!


完全に折れてなかった、のか!?




首を下げて突出した装甲板を避ける。


視界の隅に、ネオゾンビの後方で跳ぶ先輩が見える。




「っはぁあ!!」




斜めに跳躍し、回転の力を乗せた手甲の肘がネオゾンビの延髄へ吸い込まれる。


最適の角度と、最高の速度で。




「ッガ!??!!?!?」




俺にまで聞こえる、ごぎんという音。






南雲流甲冑組手、奥伝の三『破軍肘はぐんちゅう』


の、変形。






完全に、入った!




「ギャッガ・・・ァア・・・ァ・・・」




首をぐらつかせたネオゾンビが、前のめりに倒れる。


兜割を旋回させ、逆手持ちに。


倒れ込んだネオゾンビの延髄に向けて、それを思い切り突き刺した。




びくん、と痙攣した後・・・ネオゾンビは停止する。




ふぅ、先輩との連携がしっかり決まって助かっt




「気を抜くな田中!まだ来る!!」




「ッ!」




先輩の鋭い声に、突き刺した兜割を抜―――けない!!


死後?硬直だかなんだかで兜割が抜けない!




「田中野さぁん!まだいます!ネオがまだ!さっきと同じように―――!」




再び正門の向こうから、踏み切るような音。


跳躍の頂点で、同じように装甲から火花が散るが・・・有効打じゃない!


それに―――!






「―――しかも2体!!2体いますぅ!!!」






今度のネオゾンビは、2体。


さっきよりも遠くの場所に着地した。


現在進行形で銃撃が加えられているが、さほどのダメージを与えた様子はない。




「「ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」




2体のネオゾンビは俺達を・・・いや、正確には『社屋』を見て同時に吠えた。


今までのネオゾンビにはありえない行動だ。


目前の『敵』をシカトするなんて。


なんでだ、今までこんなことはなかったぞ。


見た所ただのネオゾンビにしか見えない。


じゃあ、以前と比べて何が違う?何が・・・






―――そこまで考えて、悪寒が走る。






こいつら、まさか・・・まさか『赤ん坊の声に引かれて』来たってのか!?




「七塚原先輩!入口を通さないで!!子供を、赤ん坊を狙ってるっぽいです!!」




「言われるまでもなあ!!ここは一歩も通さん!!」




頼もしすぎる返事を背に、抜けない兜割に見切りを付ける。




「ギャガガガガガガ!!」「うるっせえ!!」




威嚇するように吠えたネオゾンビに吠え返し、『魂喰』の鯉口を切る。




「田中、介護してやれないから死なないで」「言われなくとも」




抜き放った刃が、雨に濡れて怪しい光を放つ。


斬るべき敵を前にして、笑っているようだ。


『魂喰』的に、ネオゾンビはギルティ判定らしい。




「目の前にいる俺達を無視して、皮算用か―――舐めやがって」




「ガアアアアアアアアアアッ !!!」




俺を障害と認定し、吠えかかるネオゾンビ。




「南雲流、田中野一朗太―――参る!!!」




こちらも吠え返し、地面を蹴った。

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無職マンのゾンビサバイバル生活。 秋津 モトノブ @motonobu

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