43話 こんにちは赤ちゃんのこと

こんにちは赤ちゃんのこと








「いっくん!お湯を沸かして!無我ちゃんはタオルを用意して!綺麗なのを沢山!」




「わ、わかった!」




「はい!!」




病院で出会った後藤さんが、高柳運送に到着するなり破水・・・つまり、産気づいてしまった。


予定日までは間があるのに、安心したせいだろうか。


それはともかく、俺と七塚原先輩はねえちゃんの陣頭指揮に従って忙しく動いている。




「チエコさん!出血が!」




社屋の奥・・・仮眠室からアニーさんの声が聞こえた。




「わかった!すぐ行くわ!・・・2人とも頼んだわよ!!」




その声に、ねえちゃんは踵を返して走っていく。


いつものぽやぽやした雰囲気とは大違いだ。




「田中野、はよせにゃあ」




「了解です、先輩!」




おっといかん。


ボケっとしているわけにはいかん。




「・・・神よこの野郎」




だが、俺は走り出す前に空を睨んだ。




ここに帰ってきた時とは違い、空は真っ暗。


そして・・・正門すら見通せないほどの豪雨だ。




「畜生め」




吐き捨てるが、雨は止む気配はない。


見切りを付け、デカい鍋を探しに行くことにした。






・・☆・・






破水した後藤さんを見て、誰よりも早く行動したのはねえちゃんだった。




「無我ちゃん!いっくん!担架でその人を仮眠室に運びなさい!」




「茜ちゃん!御神楽と連絡を取って!産婦人科の先生がいるんでしょ!凜ちゃんは秋月の病院に連絡して!」




「アニーちゃん!綺麗な服に着替えて手伝って!」




そう、矢継ぎ早に指示を出すとすぐさま後藤さんに駆け寄る。




「ね、ねえさん大丈夫か!?苦しいのか!?」




ねえちゃんは狼狽えて後藤さんに声をかける後藤くんの肩を叩き、




「死ぬような病気じゃないのよ!あなたが慌てちゃお姉さんが不安になっちゃうわ!」




「うぇ!?は、はい・・・」




初対面の人間に急に声をかけられて、目を白黒させる後藤くん。


そんな彼を尻目に、ねえちゃんは後藤さんに優しく声をかける。




「こんにちは~、私は荒川千恵子っていうの。陣痛の間隔はどう?」




「きゅ、急に・・・痛みだして・・・まだ、初めてです」




「あらあらそうなのね・・・」




ねえちゃんが後藤さんの手を取って、




「―――色々不安だろうけど安心しなさい、私も長男と次男は家で産んだんだから。大丈夫よ、大丈夫だからね~」




「は、はい・・・」




と、中々に衝撃的な告白をしたのだった。


そうだったんか・・・朝霞の兄貴たちを家で。




・・・家で!?


ナンデ!?牙島にも病院あるだろ!?


行けない事情でもあったんだろうか。






・・☆・・








「おじちゃ~ん、手伝う~」




「あーしも~」




「お、頼もしい援軍だな」




倉庫でドタバタしていると、朝霞と葵ちゃんがやってきた。




「ふわあ、おっきいお鍋」




葵ちゃんが目を丸くしている。


確かに見慣れないだろうな。


倉庫から引っ張り出した鍋は、どこぞの河原の芋煮会ででも使えそうなほどデカい奴だった。


・・・なんでこの会社、こんなのあるんだろ。


まあいいけど。




「にいちゃん、ジダイゲキとかでお湯沸かして!ってやってるのだね~。・・・でもなんで?」




あ、確かにそうだなこのシチュエーション。


俺も言われるがまま手伝ったが、沸かしたお湯・・・たしか・・・




「俺もよくは知らんが、産婆さん・・・赤ちゃんを取り上げる人が手を洗ったり、器具を消毒したり、色々使うんじゃないのか?綺麗な水じゃないと赤ちゃんに何があるかわからんからな」




「あー!なるほどね~!にいちゃんモノシリ~!」




現代では水道を使えば綺麗な水なんてジャンジャン出るが、江戸時代とかはそうはいかんだろう。


ここには井戸水があるが、それだって沸かさないと何があるかわからんしな。


井戸水の時点でチートではあるんだけども。




「とりあえず鍋はあったから、バケツに井戸水を汲んで・・・」




「いってきま!」「わたしもー!」




はっや。


2人はそれぞれ綺麗なバケツを持ち、雨が降る中へ飛び出して行った。




俺はそれを見つつ、『竈』の準備をする。


そう、『竈』だ。




何故ならこの鍋はバカでかい。


とても普段使いの携帯ガスコンロには乗らないだろう。




幸いにして、この前バーベキューをやった時に使った木炭が山ほどあるので場所さえ作ってしまえば問題なかろう。


問題があるとすれば・・・




「ブルル」「ひぃん」




『なにしてんの』とばかりに、馬房の柵の上からこちらを見てくる二頭の馬だ。


倉庫はヴィルヴァルゲたちの馬房が半分を占拠している。




「すまんな、赤ちゃんの為なんだ・・・煙たくても許してくれよ。今度美味い牧草を(大木くんが)差し入れるからな」




そう言いつつ、コンクリブロックを何個か積み上げて竈をでっち上げていく。


木炭だからそんなに煙は出ないと思うが・・・それでもな。


同居人?の許可は取らねば。




「ただいまー!」「もどったし!」




竈のセッティングが終わった頃、2人が帰ってきた。


鍋をセットし、バケツから水を入れる。


おお、まだまだ入りそうだ。


だがいきなり満杯に沸かすと時間がかかる。


これくらいから始めようか。




「よし、火を起こすぞ・・・っと」




マッチを擦って着火剤に火を点ける。


文明の利器は一瞬で燃え上がった。




「あ、そうだ朝霞よ。ねえちゃんがお前の兄貴たちを家で出産したってさっき言ってたけど・・・」




湧くまで時間があるので、水を向ける。




「あーね!うん、そだよー」




「おうちで~?」




火を見ていた葵ちゃんも興味津々だ。




「そそそ、なんかねー、アニキ2人ともむっちゃ嵐の夜に産まれたんだ。橋は通れないからビョーイン行けないし、近所にサンバさんがいたからね・・・ホラ、田所のばーちゃん!」




田所・・・ああ、いつだったか釣りをしに行った所にあった空き家に住んでた人か。


なるほどな・・・産婆がいたとはね。




「オヤジは船で龍宮に連れていく!って言ったらしいんだけど、ばーちゃんがニンプをそんな危ない目にあわせんな!自分に任せろってぶん殴ったんだってさ」




「すげえな田所さん・・・」




なんとも、豪快な人だったんだな。


今もお元気でいてくれればいいんだが・・・




「おじちゃん、赤ちゃん・・・だいじょぶかなあ?びょーいん、行けないんだよねえ?」




葵ちゃんは心配そうだ。




「大丈夫大丈夫」




抱き上げて膝の上に乗せる。


うーん、相変わらず軽い。


もっと飯食え、飯。




「ねえちゃんがいるし、アニーさんは凄腕の軍医さんだ。それに、電話でお医者さんとも連絡取れてるからな、心配しなさんな」




「ふわぁ・・・えへへぇ、うん」




頭を撫でると、葵ちゃんは嬉しそうに笑った。




「男の子かなあ、女の子かなあ」




そのまま、ゆらゆら左右に揺れ出した。




「両方かもしれんな~?楽しみ・・・朝霞、お前小学生に嫉妬すんじゃないの」




「っし、ししししてないし!あーしをみくびんなよ!」




「みくびる要素しかねえよ」




その葵ちゃんを超羨ましそうに見ている朝霞である。


ほんと、でっかい子供だよなあ。


それもあって子供たちにも人気なんだろうが。




「朝霞おねーちゃん、いいこいいこ。おじちゃんも、ほら」




「はいはい、いい子いい子、部分的にいい子」




「うぇひひ・・・」




何故か葵ちゃんと朝霞の頭を撫でる謎儀式を行うことになった。


嬉しそうだが、お前それでいいのか朝霞よ・・・






「お湯はどうでありますかー?」




しばらく後、式部さんがやってきた。


朝霞たちは社屋の方に様子を見に行っている。




「もうそろそろってとこですかね。どれくらい沸かせばいいですか?」




「いくらでもであります!余れば捨てればいいのであります」




「なるほど」




式部さんは横に腰を下ろす。




「向こうはどうですか?」




「石平先生が通信機で指示をしてくれているであります。千恵子さんとアニーさんがいらっしゃいますので、現状報告も正確ですし問題はないかと」




「そっかあ、よかった」




葵ちゃんにも言ったが、この状況下では最強の布陣だ。




「薬品とかは足りていますか?」




が、これだけは気になる。


ここは病院じゃないからな。


風邪薬や痛み止め、子供用の塗り薬なんかはちょくちょく回収したからあるが・・・妊婦さんはいなかったからな。


可能性があるとすりゃ七塚原先輩夫婦だが、そんな余裕はまだないし。




「ご心配なく、後藤さんは動かせませんが・・・秋月から余剰の薬品が届きます」




「この雨の中を、ですか?そりゃあ・・・」




医者を連れてくるわけにはいかんが、それでも豪雨の中をよくもまあ・・・




「たまたま、増水した河川を撮影する目的で遠征していた大木さんにお願いしましたので」




「なにしてんの大木くん・・・」




なんか見かけないと思ってたらそんな所にいたのかよ。


まあ、詩谷方面ならノーマルゾンビしかいないし、あの世紀末バイクなら大丈夫だろうけど・・・


しかもなんでそんな撮影を・・・


ま、まあ・・・俺は配信者のことはよくわからんからな。


なんかこう・・・バズるんかもしれん、川の増水。






「花田一等陸尉がこころよく協力を約束してくださいました。『子は国の宝』とおっしゃっていただきまして・・・それに、秋月には妊婦の避難民はいませんし」




花田さん、いいこと言うなあ。


子供が産まれなきゃ国は滅ぶしな。


助けられるんなら、助けるにこしたことはない。




「いやあ、式部さんと探索に出て本当によかったですよ。ありがたやありがたや」




とりあえず拝んでおく。


あの病院で休憩しなかったら、ひょっとしたら赤ん坊が産まれなかったかもしれんしな。




「ふふぅふ、またいつでもお供するえでありますよ~!今からジャンケンの腕を磨いておくでありますよ~!」




・・・ジャンケンの腕って磨けるもんなのかな。


っていうか神崎さんとまたジャンケン勝負をするつもりなのか。


別に3人くらいなら一緒に探索してもいいと思うんだが・・・防衛の観点からなにか不具合でもあるんだろうな。




「そういえば式部さん、例の『作戦』なんですが・・・いつごろから開始されるんです?」




丁度いいから聞いてみよう。


詩谷駐屯地奪還作戦か・・・いつになるんだろうな。




「さて、とりあえず今日ではないであります・・・というか。自分にも決行日は周知されておりませんので」




「え?そうなんですか?」




なんか意外。


式部さんって何でも知ってそうな感じなんだけどな。




「どこに『耳』が潜んでいるかわかりませんので。万難を排し、万全を期す・・・で、あります」




「・・・まだ、避難所にスパイがいる、と?」




前の女みたいなのがいるんだろうか。


それとも、また別の何かが。




「もしくは『外』かもしれません。情報を知った隊員が捕えられれば・・・ということであります」




「なるべく核心に近い情報を持つ隊員を減らす・・・ってわけですか。なるほど」




情報漏洩は大ごとだからな。


しかも今回みたいな大規模な作戦は特に。




「牙島の『レッドキャップ』陣営もひたすら沈黙しておりますし・・・先が見通せない今、懸念材料は少ない方がいいのでありますよ」




・・・俺が心配するようなことじゃないか。


なんてったって歴戦の指揮官サマがわんさかいらっしゃるんだ。


殴れる距離の問題ならともかく、そういう軍師?的な視点や才能は俺にはまったくないからな。




「俺に手助けできることがあったらまあ・・・できる範囲で手を貸しますよ、ええ。避難所っていうか、式部さんたちにはお世話になってますし」




「・・・!ふ、ふふぅふ。じぶ、自分、自分にでありますかぁ・・・えへへ」




何やら嬉しそうな式部さんである。


何故か立ち上がりくねくねしながら歩いている。


あ、ちょっとそっちは・・・




「ぶるるっ」




「わぱ!?ひゃわわわっ!!」




ゾンちゃんの射程距離だ!無茶苦茶首筋を舐められていらっしゃる!


・・・式部さんも、敵意のないお馬さんには勘が働かないのかな。






沸いたお湯の第一陣を薬缶に汲み、式部さんは帰っていった。


俺はおかわりを沸し中である。


いくらあってもいいらしいからな。




「イチロ~」




あ、今度はキャシディさんだ。


動きやすそうな格好してんな。


手伝っているのかもしれない。




「キュ~ケ~」




そう言いながら、手に持った魔法瓶を掲げた。


休憩ね。


別に疲れてないんだが。




「そちらはどうですか?あー・・・ベイビー?」




「ガンバッテル!」




「なるほど」




仮眠室は現在男子立ち入り禁止だからな。


子供たちは、葵ちゃんや璃子ちゃん以外は2階の会議室にいるそうだ。


あと、サクラとなーちゃんも。


・・・定期的に風呂に入っているけど、用心のためだな。


お湯まで沸かして除菌しないと駄目なんだし。


ちなみにソラは倉庫の棚の上で寝ている。




竈の前に2人で座り、コーヒーをいただく。


ふむ、美味い。


豆のことはわからんけど。




「『でも、雨が憎いわね・・・コレがなきゃ安全に移動できたのに』」




キャシディさんが空を睨んでいる。


何となく言ってることがわかるな。


俺も雨が憎い。




「『大丈夫ですよ、ここには天使がいっぱいいるんだから』」




柄にもなく、クサい台詞なんかを言ってみる。


子供とか、動物とかな。


可愛すぎて悪運なんか吹き飛ぶわ。




「『あらあら、最近プレイボーイねサムライ・・・素敵よ!』」




「何で『挨拶』した!?あっづ!?コーヒーこの野郎!!」




不意打ちキスはやめてください!


不意打ちじゃなくてもやめてください!!




アナタたちがチュッチュチュッチュするから最近朝霞が真似して困ってるんですからね!!


あいつタコみたいな顔して追って来るから地味に怖いし!


キスマークなんて可愛らしいもんじゃないレベルの内出血すんぞアレ。




「イイコト、イイコト」




「ノウ、絶対にノウ」




その後、コーヒーがなくなる頃に湯が沸いたのでキャシディさんは去って行った。


もちろん、湯を持ってだ。




「ジャンジャンバリバリ、沸カス!オッケー?」




という、なんかパチンコ屋みたいな台詞を残して。


うん、沸かそう。


この場において俺ができることは他になさそうだ。






・・☆・・






「うぶるるる・・・さぶ・・・さっぶ・・・」




「おー、お疲れ大木くん」




削岩機くらい震えてる大木くんがやってきた。


秋月から薬品を持ってきた後、すぐに社屋から出てきて竈の前で震えている。


この豪雨の中をよくもまあ・・・




「さっぶ・・・た、田中野さんもっと薪をくべましょうううう・・・が、がががガソリンあります、から」




「高柳運送丸ごとキャンプファイアーにする気かよ」




寒すぎて判断力が鈍っているようだ。


倉庫に積まれていた災害用救援物資の中からなんか銀色のシートを持ってきてやる。




「ホレ、これ羽織って着替えなよ。ずぶ濡れだと風邪ひくぞ」




「ふぁい・・・」




大木くんは銀色の怪物になって、持ってきたナップザックから取り出した服に着替え始めた。




「湯ももうすぐ沸きそうだ、たしか棚のどっかにコップとコーンスープがあったはずだから・・・」




追加でそれも探してやる。


これだけ湯があるんだからコップ1杯くらい大丈夫だろ。




ええと、あったあった。


コーンスープじゃなくて生姜湯だったけど。


いや、こっちの方がいいか。




「ミッション御苦労。報酬だ」




「あああ、あったけえ・・・ありがとうごぜえます、お侍様」




「何のロールプレイだよ」




生姜湯を飲んで極楽に片足突っ込んだ大木くんである。




「んじゃ、火の番頼むわ。丁度沸いたから行ってくる」




「いってらっさ・・・ああああったけえ・・・」




大木くんを残し、湯を薬缶に移して社屋へ行くことにした。






「がんばって!あと少しよ!もう頭が見えてきたわ!!」




「杏子さん!がんばって!」




「んんんんん!!んんんう~~~!!!!!」




社屋に入ると、何やら騒がしい。


今頭とか言ってなかったか!?




「ここがショウネンバだ、頑張れママ!」




アニーさんの激励も聞こえる。


これは・・・とんでもない所に来ちまったな。


クライマックスじゃないか。


なんというかもっと時間がかかるもんだと思ってたんだが。


・・・いや、よくよく考えれば破水してから結構時間が経ってるな。


湯も何回も沸かしてるし。


豪雨のせいでよくわからんが、もう夜だろう。


元から暗いからな、今日。




「あ、おじさん!」




「お湯持ってきたぞ」




璃子ちゃんが走ってきた。




「もう産まれそうなのか?」




「うん!もうちょっとだって千恵子おばちゃんが言ってる!薬缶貰うねー!」




それだけ言うと、璃子ちゃんは再びとんぼ返りしていった。




俺は胸ポッケから煙草を取り出し、社屋から出る。


そのまま玄関先に腰かけ、社屋内に煙がいかないように気をつけながら一服することにした。




「わっ!わっ!顔まで出てきましたよ!あとちょっとであります!」




「杏子さーん!がんばって!もうちょっと!もうちょっとで会えますよ~!」




「ひっひっふ~、ひっひっふ~」




女性陣が勢ぞろいしているようだ。


後藤倫先輩までいるとはな。


気にはなるが、入っていくわけにもいかんしな。




喫い終わり、もう1本喫おうかと思った時だった。






「―――おぎゃあ!おぎゃああ!!」






休憩室の方から、産声が聞こえてきた。




例の赤子ゾンビとは違う、生命力に満ち溢れた産声だ。


こんなに大きい声が出るのか・・・すごいな、赤ん坊って。




「やった!やったやったー!!」




「可愛い男の子ですよ~!」




「おねえちゃん、おめでと~!」




女性陣の歓声を聞きながら、俺は煙草に・・・・火をつけなかった。


なんかそういう気分じゃないしな。




今まで散々命を刈り取ってきたが、思えば誕生に立ち会ったのは初めてだな。


こんな声なら大歓迎だ。


この先、いくらでも聞きたいもんだ。




「産まれたのう」




子供たちと一緒に2階にいたらしい七塚原先輩が、俺の所へ来た。




「お誕生日おめでとう、ってやつですねえ」




先輩も嬉しそうだ。




「のう田中野、あん人は産後で体力も落ちとるけえ・・・」




「落ち着くまでここで、ってことでしょ?俺が断ると思います、それ?」




「こういう方面にゃあ、鼻が利くのにのう・・・」




先輩は何か酷いことを言いつつ、嬉しそうに笑った。


子供好きのこの人からしてみりゃ、赤ん坊なんてのは庇護対象の最上級ランクだろう。




「肉・・・は妊婦さんにゃあまだ早いけえ、滋養のあるスープなんぞをこさえちゃろうか」




「いいですね、それ。斑鳩さんがいるから何でも美味くなりますよ」




「巴もおるけえな」




「はいはい、ご馳走様です」




なんか、いいな。


こういう日も。




あいにくのお天気だが、俺的には晴天よりも清々しい気分だ。




「―――お前が物心つくころには、もうちょっとマシな世の中になってりゃいいな。こんにちは、赤ちゃん」




未だに産声が聞こえてくる方へ振り向き、俺はそう呟いた。

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