42話 豪雨と避難場所のこと 後編

豪雨と避難場所のこと 後編








「出てきましたね」




「で、あります」




豪雨で視界が悪い中、それでも駐車場に停車した白のワゴン車はよく見える。


まずは運転席と助手席が開き、2人の人間が飛び出してきた。


若い男女だ・・・たぶん20代前半かな?。


見た所、特に変わった様子はない。




「ウチの車には気付いてないようですね」




「何やら急いでいる様子でありますね・・・後ろにも何人か乗っているようです」




その言葉通り、運転席から出た男の方が後部のドアに走っていく。


助手席の女は大きな傘を取り出し、同じように続く。




「・・・アレは」




引き戸が開き、中に乗っていた人間が出てくる。


そのシルエットだけで、俺も式部さんも対象が『どんな人間か』わかった。




「なんとも、判断に困るであります」




男に支えられて降りてきたのは、女だ。


傘で顔はよく見えないが、目立つのは・・・大きく膨らんだ腹だった。




「妊婦連れの襲撃者・・・いると思います?」




「人間は、必要に応じてどれほどでも残酷になれる生き物でありますので。まあ、一朗太さんはその考え方でよろしいかと思うであります」




俺の言葉をぶった斬りつつ、式部さんが窓から体を離す。




「接触してみましょうか、見た所銃は持っていないようですので」




そのまま、彼女は階段の方向へ歩いて行く。


俺は慌ててその後を追う。




「よろしいのです、一朗太さんはそのままで。足りない部分は自分が補うのであります、ふふぅふ」




少し恥ずかしそうに笑った式部さんは、油断なく拳銃をコッキングするのだった。






・・☆・・






「キョウコさん、大丈夫?・・・タク、中、どう?」




「・・・うわっ、ゾンビがグシャグシャになって死んでる・・・もうちょっと待ってろ・・・うし!」




1階まで下りてくると、玄関の方から声が聞こえてきた。


どうやらいきなり中に入るのではなく、安全を確認しているようだ。


その証拠に、石か何かを投げ込む音がした。


・・・ふむ、ただの馬鹿って訳じゃなさそうだ。




「・・・音がしない、ここにはいない!入っていいぞ、ねえさん、足元気を付けて!」




足音が響く。


上で見た通り・・・3人、か?




「っひ、な、殴り殺されてるの!?それぇ!?」




「なにがなんだかわかんないけど、こいつらは一回死んだらもう動かねえんだ・・・早くねえさんを!」




「う、うん・・・キョウコさん、ゆっくり・・・ゆっくりね」




状況判断も出来てるみたいだ。


うーん・・・チンピラって感じじゃない・・・か?


いや、俺には人を判断する才能が皆無だ。


決めつけるのはよそう。


今までのチンピラはわかりやすかったからなあ・・・




視線を横に動かすと、何故か玄関方面ではなく俺の横顔をガン見していた式部さんと思いっきり目が合った。


なにしてんすか。




「ッヒュ・・・じ、じじじ自分からコンタクト、するであります・・・」




式部さんは目を白黒させつつ、俺の前に出た。


しばし呼吸を整え、声を出す。




「そちらの皆様、少しよろしいですか?」




「だっ、誰ェ!?」




女の声が返ってくる。


そりゃビックリするよな。




「落ち着いてください、当方にそちらを害する意思はありません。もっとも、そちらが攻撃してくるのなら話は別ですが」




いつものあります口調を止め、余所行きになる式部さん。


わかっちゃいるが違和感が凄い。


こっちのほうが普通なんだろうけど、もはやいつもの方に慣れてしまったからな。




「先に自己紹介を。自分は陸上自衛隊のものです」




バタバタと足音。


たぶん男の方だ。


声から当たりを付けたのか、こちらへ走ってくる・・・が。


こちらへ体を晒すことなく、角の所で足を止めた。


・・・へえ、やっぱり馬鹿じゃないな。




「っじ、自衛隊のヒト!?本当か!?」




「お望みなら身分証を呈示いたしますが?・・・それと、こちらは銃で武装しています、軽挙妄動はお控えくださいね」




「・・・う、撃つのか!?」




「そちらが攻撃してこないのであれば、撃ちませんよ」




しばしの沈黙。




「・・・抵抗する気なんてないよ、でも、そっちが襲って来るなら・・・容赦はしない!」




「見解の一致ですね・・・では、そちらへ参ります。こちらには護衛がもう1人いますが、私と同じように攻撃してこなければ何もしませんので」




式部さんが腰の所で拳銃を構えたまま、こちらを振り返って頷く。


俺としては文句はない。


さっき上から見ていて連中に銃がないのはわかっているし・・・なにより、あの待合室程度の空間ならこちらの手裏剣の方が早い。




兜割を腰に戻し、『魂喰』の鯉口を切って式部さんに頷く。


手首の手裏剣ホルダーからも、抜きやすい角度に棒手裏剣を移動させた。


これなら万事大丈夫だ。


式部さんがいる時点で大丈夫なんだけども。




式部さんに続き、足音を消さない程度に歩き出した。






診察室の横を通って待合室に入ると、やはり3人の人間がいた。




手前では、鉈を持った若い男がこちらを睨んでいる。


長髪気味の若い男だ。


年齢は・・・大木くんと同じくらいだろうか?


全体的に・・・それほど汚れていない。


ってことは、どっかに拠点があったってことか。




その男の後ろ・・・待合室の長椅子に、女が2人いる。




1人は男と同じような年齢だ。


セミロングの髪や服も、やはりあまり汚れていない。


こちらを、というか顔面が大迫力の俺の方を怯えたように見ている。




そして、その女の横・・・長椅子に身を横たえている女がいる。


年齢は2人よりも少し上・・・くらいだろうか。


大きく膨らんだお腹は、そんな知識がない俺でも臨月に近いように見える。


つわりなのか、それとも疲れか。


顔色はあまり良くはない。




「それでは、改めて・・・式部茜と申します。こちらは私の護衛で・・・」




おっと、こちらから自己紹介の流れね。




「田中野一朗太だ。自衛隊員じゃないが、式部さんとは何度も組んで探索をしてる・・・まあ、相棒みたいなもんかな」




何故かちょっと式部さんの肩が動いた。


どうしたんすか。




「・・・私達は探索の途中でこちらで雨宿りをしていたわけです。重ねて言いますが、あなた方をどうこうするつもりはありませんので、ご安心を」




まだ銃は構えたままだが、式部さんの声色は明るい。


・・・ように、聞こえる。


いつも俺に向けるのとは明らかに違う明るさだけど。




しばしの沈黙の後、男が後ずさって女2人に合流した。


そして、2人を庇うように前に立ちつつ口を開く。




「・・・後藤卓也だ。本当に自衛隊の人なのか・・・?」




「はい、こちらを・・・ここに置きますね」




式部さんがゆっくり歩き、3人の手前にある長椅子に何かを置く。


あれは、神崎さんも持っていた免許証みたいなやつか。




男・・・後藤はそれを手に取り、3人で見ている。


何度かカードの顔写真と式部さんを比べ、本人だと確信できたのか大きく息を吐いた。


そのまま、男も椅子に腰かけた。


緊張の糸が切れたって感じかな。




「・・・すいません、まともな人っていうか、自衛隊の人に会うなんて久しぶりで・・・ええっと、おい」




後藤が横のセミロングの女に話しかける。




「わ、私は根元みちるって言います。タク・・・卓也さんの、その、恋人です」




おや、そういう関係だったのか。


この状況下で恋人が生き残ってるのは心強そうだな。




「それで、ここに寝ている人が・・・」




「―――後藤、杏子です」




寝ている妊婦が、後藤の後を引き継ぐように言った。


顔色は悪いが・・・やはり体調が悪いのだろうか。




しかし後藤ってことは姉弟、か?


なんかねえさんとか言ってたし。




「あなた方も雨宿りを?」




式部さんが拳銃をホルスターに戻す。


3人はホッとした顔をしたが、俺の角度からはよく見える。


式部さんが拳銃をしまった時に、後ろ腰の三鈷剣をいつでも引き抜ける角度に調整したのが。


また、袖口にはこれまたいつでも抜けるように千本が装備されている。


油断はない、か。


当たり前だが。




式部さんが近くに置かれていた丸椅子に座る。


どうやら身分証は後で回収するようだ。




俺だけが立ってるのもアレなので、式部さんの斜め後ろあったパイプ椅子に座る。




「いや、俺達は・・・逃げてきたんだ。自衛隊さん、避難所とか、あるのか?いやあるんですか?」




後藤が式部さんをすがるように見てきた。


逃げてきた、ね。


どこからだろう。




「ふむ、あるにはありますが・・・まずはあなた方がどこからいらしたのか教えていただけませんか?出自が確かでない方々を、おいそれとご案内するわけにはまいりませんので」




会話によってこいつらが危険かどうか判断するつもりなんだろう。


こういうのは全部式部さんに任せる。


俺は門外漢だし。




「あ、ああ・・・その、俺達は龍宮の堀留から来たんです」




堀留・・・たしか、『みらいの家』の本拠地があった所から近いな。


あんな龍宮の中心部から、よくもここまで来れたもんだ。


悪いが、全然強そうに見えない。


運が良かったんだろうか。




「『こども科学館』って知ってます?あの、そこが避難所っていうか・・・そういう場所になってて」




女・・・根元が続けた。


あ、そこは・・・




「・・・プラネタリウムとかがあるところか?堀の近くにある横に長いビルの」




「あ、そうですそうです!警察とか自衛隊とかじゃないですけど、その、ゾンビが出た日にそこにいた人たちで・・・ずっと運営されてたんです」




懐かしい。


小学校の時に社会科見学で行った記憶がある。


あの頃もう既に結構なボロだったが・・・まだ運営されてたんだな。




「近所の消防署との合同イベントの準備で、非常食とか避難用品とかを集めてたので・・・それでそのまま住めたんです」




・・・なるほどな、それは運が良かった。


記憶頼りだが、確かに頑丈そうな建物だったような気がする。


食い物や寝具なんかがあれば、とりあえず籠城はできるだろう。




「まだイベントが始まってなかったんで、人も元々少なかったし・・・十分やっていけてたんです」




また後藤が話し始めた。




「何でか知らないけど、いつだったか急に周りのゾンビがみんないなくなったんで・・・チーム組んで探索したりして、なんとかやってこれたんですけど」




ゾンビがいなくなった・・・そりゃまたなんで?


あ、もしかして・・・




式部さんに目線を向けると、何故かウインクが返ってきた。


おお、朝霞のとは違ってしっかりしたウインクだ。


・・・でも真っ赤になるならなんでやったんです?




・・・まあいい。




たぶんゾンビが減った原因は、俺達が『みらいの家』と決戦ぶちかました時の余波だろうな。


あの時は陽動の人たちがそりゃもう派手にドンパチしてたし、音も大きかったんだろう。


誘引されてみんなあちらへ行ったんだろうな。




「お話を聞くに、ここまで逃げて来るような状況とは思えませんが?」




「あ、はい。問題なくやれてたんです・・・その、3日前までは」




後藤と根元の表情が曇り、後ろの後藤・・・妊婦さんが目を閉じた。




「3日前まで?」




思わず口に出す。


ってことは、何かあったんだな。




「・・・本当に、3日前までは平和だったんです」




後藤が息を吸い、また話し始めた。




「あの日、6人が探索に出てたんですけど・・・1人だけが血まみれで帰って来て」




雲行きが怪しくなってきたな。




「それから・・・今まで見たことなかったゾンビが周りに出るようになって、籠城したんです」




見たことのないゾンビ・・・ね。


まさか。




「そのゾンビは、真っ黒な装甲を着込んだようなモノでしたか?それとも体表面が白黒のまだら色のモノでしたか?」




俺と同じことを考えた式部さんが質問した。




「ええっと・・・みちる、どうだったっけ」




「私も怖くてあんまり見れてないけど・・・なんか、テカテカした鎧みたいなの着てた、かな?真っ黒だったと思う」




黒か、もしくは天然のネオゾンビか。


・・・ないとは思うけど、アレについて聞いてみよう。




「大型犬くらいの大きさの、4足歩行のゾンビはいなかったか?」




「えぇ!?いや、いなかったですけど・・・こ、こっちにはそんな化け物がいるんですか!?」




違ったらしい。


ってことは『レッドキャップ』の線は消えたな。




「いや、遠くでそんなのが出たって聞いたことがあってな。俺も見たことはない・・・話の腰を折ってすまんね、続けてくれ」




再び水を向けると、後藤がまた喋り出す。




「えっと・・・それで、変なのが増えたんで籠城したんです。元々シャッターと二重扉があったんで、入り口は頑丈でしたし」




それくらいの扉があれば、あいつらでもおいそれと破れないだろうな。




「・・・でも、今朝扉がその、破られたっていうか・・・内側から開けられて」




「・・・なんだって?」「・・・なんですって?」




式部さんと声がシンクロしちゃった。


・・・なんか嬉しそうっすね。




「誰かはわかんないんですけど、夜の間に裏口から逃げた奴がいたみたいで・・・気付いた時には、その開いた裏口からゾンビがワラワラ入って来て・・・」




なんてこった。


よさそうな避難所だったのに、まさかのヒューマンエラーで壊滅とは。


ゾンビ映画あるあるじゃないかよ。




「その後はもう、とりあえずみちるとねえさんを連れて地下の駐車場にあった車に乗って・・・逃げました。何人助かったのか、死んだのか・・・わかりません」




言い終わると、後藤は下を向いて大きな溜息をついた。




一息ついたので、気になっていたことを聞いてみる。




「えっと、後藤さんは、キミのお姉さんなのか?」




「ええ、義理の姉なんです。兄貴の奥さんで・・・」




ああ、そういうことか。


合点が言った所で、後藤さん・・・杏子さんが口を開いた。




「夫は消防署の職員で、あの日は準備の為に科学館にいたんです・・・私は、近所の産婦人科で検診した後に顔を出したんですが・・・」




「・・・兄貴は救助要請が入ったとかで、街に。その後ゾンビが出てきて・・・それっきりです」




なるほどね。


なんともタイミングが悪いことだな。


救急の仕事してたんなら、要請があれば行かなきゃならんもんな。


俺は無職でよかった。


よくはないが。




「・・・ちなみにあなたは何故科学館で準備を?」




「俺とみちるはボランティアで参加してたんです。保育の仕事がしたくて、大学の授業の一環で・・・」




式部さんの質問に、後藤くんが答えて根元さんが頷いた。


この2人は大学生だったのか。


やっぱり大木くんと同年代だな。




「逃げ出したのはわかったが、なんでまたこっちに?この先は山道経由で詩谷だぞ?」




龍宮で避難所を探そうとは思わなかったんだろうか。




「龍宮は人が多くて・・・噂だと、避難所を襲うような連中もいるって聞いて。詩谷とか、秋月とか八千代田とか・・・田舎の方が人間も少ない安全かなって話し合ったんです」




ああ、なるほどなるほど。


一般人の噂にもなるほどチンピラが多いのか、龍宮。


確かに人がいなけりゃゾンビもいない、か。


人食いのゾンビよりは、野生動物や不便さの方がマシだろう。




「あの・・・式部さん、でしたよね。お願いします!避難所の情報を教えてください!」




後藤くんが地面に下りて土下座した。


それを見て、根元さんも同じように。




「肉体労働とか探索ならいくらでも働きます!ねえさんを安全な場所に連れていってやりたいんです!!」




「私も、働きますから!!」




2人して地面に頭を擦り付けている。


後藤君は義理の姉のことだからまだわかるが・・・根元さんも必死だ。


なんか、最近見かけない立派な若者だな。


・・・立派じゃない若者なら山ほど見かけるが。


むしろ成仏させまくったが。




しかし妊婦、妊婦なあ・・・




俺としては、なんとか助けてやりたいと思う。


大人ならともかく、赤ん坊はなあ・・・


さすがに、この世に産まれてない存在にまで対価を求めたりはしない。


赤ん坊がいなけりゃゆくゆくは滅んじまう。




式部さんの方を見ると、なんとまあ満面の笑みである。


俺の表情、わかりやすすぎる問題。




「秋月にアテがあります。受け入れ可能かどうか確認してみますね」




「あ、ありがとうございます!ありがとうございます・・・!!」




式部さんが立ち上がり、背負っていた背嚢から無線機を取り出す。


それを見て、後藤くんは嬉しそうに頭を下げた。




「ねえさん、よかった!これで安心だ!」




「よかった!杏子さんよかったあ!」




「卓也くん、みちるちゃん、あ、ありがとう・・・」




寝たままの杏子さんは、目を潤ませている。


しんどそうだが、頬に血色が戻ったように見えた。


安心したんだろう。




「こちら式部・・・」




無線機を起動しつつ、式部さんが話し始めた。


秋月に聞いているんだろうか。


それとも友愛経由だろうか。




しばし話し込むと、通信は終了した。


その表情は・・・うん、いっつも笑顔だからわからんな。




「秋月総合病院が避難所になっているんですが、空きがあるそうです。受け入れも快諾してもらいましたよ」




その声に、3人は手を取り合って喜んでいた。


・・・なんか、いいな。


いっつも血生臭いことばかりだから、なんというか心が洗われるような感じだ。




「後藤さん、それで・・・移動は可能ですか?そのお腹を見るに、臨月だと思われますが」




「は、はい・・・最近は検診にも行けていませんでしたけど、当初の予定日まではまだ1週間あります」




・・・結構リミット近いじゃん!?


は・・・・ギリギリだったんだな。




「そうですか・・・一朗太さん、少しいいですか」




式部さんが俺を手招きしている。


立ち上がって3人から離れ、診察室の前辺りまで行く。




「この豪雨で秋月まで行くのは難しいであります。時間も夕方近いですし・・・それで、高柳運送で」




「ああ、あの3人を泊めていいかってことですか?問題ありませんよ、食料や寝床も大丈夫だし」




「よろしいのですか?」




「元気な大人ならまだしも、妊婦さんは大事にしないといけませんからね」




この世界では、出生率もガンガン下がってるだろうしな。


手の届くところに助けられそうな赤ん坊がいるなら、俺としては否も応もない。




「・・・そう、言ってくださると思っていたであります、えへへ」




式部さんは、はにかんで小さく笑みをこぼした。


そんな感じで笑うと、年相応って感じだな。




「(このままここでご一泊・・・という素敵なプランはなくなりましたが、お優しい一朗太さんが見れて大満足であります・・・)では、移動の準備をしましょうか。いくらか薬品を回収しますので、一朗太さんは説明と車の用意をお願いするでありますよ」




「了解です、相棒」




「ヒュゥエッ」




笑顔には笑顔で返したが、式部さんはよくわからない鳴き声のようなものを発して診察室に消えていった。


・・・俺の笑顔がキモ過ぎたとかはないと思う。




「おーい、お姉さんの方は大丈夫か?落ち着いたら移動しようと思うんだが―――」




式部さんが凄まじい勢いで物色している音を聞きつつ、3人にこれからの行程を説明することにした。






・・☆・・






「にいちゃん、おっかえり~!」「わうん!」




高柳運送まで帰り、門を開けると朝霞とサクラが出待ちしていた。


犬並みの聴覚まで手に入れたか、朝霞よ。




あれからゆっくり走り出したが、硲谷あたりで雨が弱くなり・・・ここでは曇りだった。


路面は濡れていたからこっちでも降ったんだろうが、よかったよかった。


一瞬このまま秋月まで行こうかと思ったが、微妙に暗いしな。


無理は禁物だ。




「おう、ただいま。お客さんがいるからどいてくれ~」




「う?ジエータイの人?」




「うんにゃ、困ってた妊婦さん」




無線で神崎さんには伝えていたが、朝霞は知らんかったらしい。




「に、ににににいちゃんの、にいちゃんの子供ォ!?」




「なわけねえだろが落ち着け」




「みゃぎゃん!?」




とんでもない勘違いをする朝霞をアイアンクローで黙らせ、軽トラに戻る。


サクラは、なんか可哀そうな生き物でも見る感じの目をしていた。


犬にまで・・・哀れな朝霞。




「まったく・・・1日で臨月までもってけるかっての。俺は妖怪か」




「(子供・・・一朗太さんの、子供)」




「どうしました?」




「にゃにゃにゃにゃんでもありましぇん!じぶんは大丈夫でありましゅ!!」




「は、はあ・・・」




どうした急に。






「お疲れ様です、田中野さん」




「お帰りイチロー、妊婦を拾ってきたとはキミもマニアックだな」




「なんにも突っ込みませんからね」




神崎さんとアニーさんが出迎えてくれた。


後ろを振り返ると、ワゴン車も入ってくる。


駐車場で遊んでいた子供たちも、お客さんに興味津々である。




「陸士長、問題は?」




「盗聴器も隠し武器も爆弾もナシ、完全なシロであります」




・・・なんか超物騒な話してんな。


ソレ系は全く考えてなかった。


さすが式部さんである。




「子供はいいなあ、イチロー。私も麗しいママになりたいものだなあ?」




「アニーさんはきっといいお母さんになりますよ」




子供は間違いなく美形だろうしな。


この避難所、顔面偏差値高すぎるし。




「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。それでは早速サムライのDNAを・・・」




「ウワーッ!?俺の馬鹿野郎・・・あ?」




アニーさんが朝霞並に巻き付いてきたが、なんかワゴン車の様子が変だ。


後藤さんを下ろそうと扉を開けた2人が、なんか慌てている。


なんだ?後藤さんが体調を崩したとか?


そう思っていると、根元さんがこちらに向けて叫んだ。






「―――大変です!!杏子さん、破水しました!!!」






・・・はすい?


なんだっけそれ。


ええっと、確か・・・




「破水とは有体に言えば・・・赤ん坊が産まれる寸前ということだよ、イチロー」




「ああ、なるほどおおおおおおおおおおおおお!?!?!?マジかよ!?た、たたた大変だ!!救急車!救急車ァ!!」




「呼んでも来るわけがないだろうに、ふふ、カワイイサムライめ」




後藤さん、あと1週間って言ってたじゃん!


フライングすぎるぞ赤ちゃんよ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る