41話 豪雨と避難場所のこと 前編
豪雨と避難場所のこと 前編
「いやあ、困ったもんですねえ・・・こんなところで足止めをくらうなんて」
濡れた体をタオルで拭きつつ、思わず呟いた。
「じ、自分はさほど気にしておりませんが・・・ふふぅふ(ご休憩・・・一朗太さんとご休憩・・・えへ)」
俺を気遣ってか、後ろにいる式部さんがそう言ってくれた。
・・・なんか嬉しそうだな?
「まあでも・・・この状況じゃあ、ねえ?」
「で、ありますね」
目の前に見えるのは、駐車場に停まった我が愛車・・・の影。
たぶん10メートルくらいの距離だと思うが、普段ならハッキリ見えるその姿も見えない。
「この前までロクに降らなかったって言うのに・・・なんだって今日」
「ふふぅふ」
それは、雨のせいだった。
まだ昼を過ぎたばかりの時間帯だというのに、周囲を確認できないほどの豪雨。
まさに『バケツをひっくり返したような』土砂降りの雨だ。
「ここにいても危ないですしね、とりあえず中に入りましょうか」
「はい!一朗太さんの後方の安全は自分にお任せください!」
頼もしいことを言ってくれる式部さんを後ろに、『玄関』に手をかける。
そこには『桐谷診療所』と書かれた看板があった。
「薄暗い病院か・・・ぞっとするなぁ・・・」
・・☆・・
石川さんがモンドのおっちゃんの所から鎧を引き取ってから、翌日。
俺は、朝から式部さんと一緒に探索へ出ていた。
特に足りないものはこれといってないが、それでも物資はあればあるだけいい。
ちなみに石川さんは今朝早くに帰って行った。
高柳運送に永住するつもりはないらしい。
子供たちもよく懐いているので、定期的に遊びに来て欲しいところである。
というわけで、神崎さんとの壮絶なジャンケン勝負を制したらしい式部さんを車に乗せて意気揚々と龍宮方面へ出発したのはいいんだが・・・
龍宮市の南側で、いくつかのコンビニや商店を物色しているとにわかに空模様が怪しくなってきたのだ。
これはいかんと探索を切り上げて帰ろうとしたんだが、硲谷までもう少し・・・という所でとんでもない豪雨に遭遇してしまった。
マジで何にも見えないくらい降るので、この状態での運転は危険と判断して路肩に停車。
周囲を警戒しつつ雨が止むのを待ったんだが・・・一向に止む気配がなかったので、そのままこの診療所の駐車場に車を停め、中で雨宿りをさせてもらうことにしたって訳だ。
車の中で待っていると、ノーマル以上のゾンビに見つかったらヤバいしな。
いくら大木チューンで頑丈になったとはいえ、黒ゾンビにボコボコ殴られ続けたら壊れるかもしれんし。
それに、こう視界が悪くちゃ車で逃げるのも危ない。
ハンドル操作を誤って路肩に突っ込みでもしたら、それこそ美味しくいただかれてしまうかもしれない。
何故か雨の中のゾンビは超活発に動くので、大事を取って建物内部に避難することにしたわけだ。
「一朗太さん、館内図がありますよ」
「お、どれどれ」
玄関をくぐって受付カウンターまで歩くと、壁に地図が貼り付けてある。
ここには下駄箱とスリッパが用意されている。
・・・いくつか靴がそのまま放置してある。
ふむ・・・外から見た時は3階建てだったが、この地図には2階までしか表記がない。
「3階は倉庫とか住居スペースですかね?」
「見た所入院患者を受け入れるほどの規模でもありませんし、その通りでありましょうな~。ここの敷地内に住居は見えませんでしたから、その通りかと」
さて、ここからもう1つ扉を開けると待合スペースになる。
いつもなら靴を脱ぐところだが、この状況では土足で失礼するとしよう。
「・・・一朗太さん、とりあえず自分が」
「ええ、お任せします」
式部さんと視線を合わせ、電気が停まって動かなくなった自動ドアに手をかける。
「1、2の・・・さんっ」
一気にドアをスライドさせるとほぼ同時に、式部さんの持つ拳銃が火を吹いた。
サイレンサーで消音された銃声が、3度響く。
「ァアッ・・・」「ォ・・・」「ッカ・・・」
待合スペースにいた3体のゾンビが、頭を撃ち抜かれて倒れ込む。
うむ、お見事。
服装から、たぶん診察に来た人たちだろうな。
「―――ッ!」
が、1体の老人ゾンビが倒れ込む際にソファをなぎ倒した。
ソファは、子供用らしき本棚にぶち当たって中の絵本を地面に撒き散らす。
金属の擦れる音と、本がこぼれる音が診療所内に大きく響いた。
「っも、申し訳ありません一朗太さんっ」
「不可抗力ですよ、気にしないで・・・前に出ます!」
返事を待たず、兜割を引き抜いて前に出る。
・・・地図によると、待合室から診療室までは一本道。
そして、診療室の先に2階への階段があった。
それなら、何が来ても方向は限定される!
「ァギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
奥の方から聞き馴れた声がする。
やっぱり、この規模の診療所とはいえ3人ぽっちってことはなかったか!
「元気な患者さんだな・・・式部さん、援護よろしく」
「了解であります!」
兜割を正眼に構えた辺りで、暗がり・・・診療室の方から足音が響き始める。
数は・・・ああくそ、同時に聞こえるからわかりにくいな!
複数ってのはわかるんだけど!
「1体先行・・・後方、2体!」
「ありがたい!」
式部さんが頼りになりすぎる問題!
「ガアアアアアアアッ!!!」
暗がりから、40代くらいの白衣を着た血まみれのゾンビが出てきた。
ここの先生のなれの果て、か!
「ふぅうぅ・・・」
足を肩幅に広げ、タイミングを取りつつ構えを上段へ。
「アアアアアッ!!」「っしぃい!!」
両手を広げて走ってきたゾンビの、脳天目掛けて兜割を振り下ろす。
「ッギ!」
ごぎん、という骨の折れる感触とともにゾンビがそのまま前のめりに倒れる。
頭蓋骨陥没骨折、ならびに頸椎損傷ってとこか!
よし、ノーマルならこの程度でもいけるぞ。
「1体、撃つであります!」
式部さんが暗がりに発砲。
マズルフラッシュで照らされた廊下に、年かさの看護師ゾンビが一瞬見えた。
そいつは眉間を撃ち抜かれ、そのまま倒れる。
よし、これで残りは1体!
「ギシャアアアアアアアッ!!!」
「―――!?」
最後の1体は、やけに姿勢が低いと思ったら小学生くらいの男子ゾンビだった。
獣めいた前傾姿勢で走るその速度は、速い。
「おらぁ!!」
さっきゾンビが倒したソファ。
そいつを、ゾンビに向けて蹴飛ばす。
直進以外の行動をしないノーマルゾンビは、地面を滑ってきたソファに膝をぶつけた。
そのまま、ソファごとこちらへ頭を差し出すように倒れてくる。
「南無阿弥陀仏!!」
剥き出しの後頭部に、兜割を振り下ろす。
「ッギギャ!!」
衝撃の逃げ場のない打ち下ろしの一撃は、ゾンビの頭を容易に砕いた。
大きく痙攣し、ゾンビは動きを止める。
「御見事であります、一朗太さん」
「いやいや、援護感謝です」
・・・やっぱり、子供ゾンビは苦手だな。
老人ゾンビも虐待してるみたいでいやなんだが、それでも子供・・・子供はなあ。
『こうなった』ら、もうどうしたって元の人間には戻らない。
戻らない、が・・・それでも、やっぱり心に来るものがある。
「おん かかかび さんまえい そわか」
俺の後ろで、式部さんが念仏を・・・いや、地蔵菩薩の真言を呟いていた。
どうやら、彼女も同じ気持ちらしいな。
そっか『降魔不動流』は密教派生だから真言だよな。
俺の念仏よりも迫力がある。
しばしそのままで、周囲の気配を探る。
豪雨の影響で音が聞き取りにくいが、それでも怪しい音は聞こえない。
「・・・おかわりはナシ、ですかね」
「で、ありますね。少なくとも動く音は聞こえないであります」
お墨付きも出たので、1階を軽く探索しよう。
「・・・死体がありますね、たぶん」
「で、あります」
待合室からライトを照らし、奥へ歩く。
歩くほどに・・・『診察室』と書かれた部屋の方から腐敗臭が漂ってくる。
本当にこの臭いだけは、いくら嗅いでも慣れない。
飽きるほど死体には遭遇してるってのにな。
診察室のドアに手をかけ、スライドさせる。
「おそらく、死後かなりの時間が経過してるでありますね・・・一部は白骨化していますし、ゾンビにならずに死ぬほどの損傷を受けたのでしょう」
「・・・ですねえ」
診察室の中には、2人の死体があった。
もう男女の区別もつかないほど腐敗している。
式部さんの冷静な分析がすごい・・・よくまあ直視できるな。
俺もできるけど。
臭い以外はもう慣れた。
・・・見るべきものは他にはない。
2階を調べるとしようか。
診察室を離れ、階段の方向へ歩く。
ふと、疑問が口をついて出た。
「・・・なんでゾンビになると腐らないんですかね」
ゾンビ七不思議を作ったとしたら、絶対ランクインする謎だ。
「自分は研究者ではありませんので、詳しいことは言えませんが・・・『死んでいないから』腐らないのでは?と愚考するであります」
「死んでいないから?」
それはまた、どういうことだ?
「ゾンビをゾンビたらしめている部分は、脳に『成り代わった』謎の・・・生物?であります。我々の生命活動とは違えど、ゾンビとして生きているから腐敗しないのではないか・・・ふふぅふ、思考遊びであります」
「ああ、なるほど・・・そういう考え方もあるのか」
「元より人体を変形させたり、甲殻を分泌させるデタラメな存在であります。ぶっちゃけ、腐らないことなど驚くに値しないであります」
「たしかに・・・式部さんは賢いなあ」
「しょっ!?しょんなぁ・・・!?ほめっ!褒めても何にも出ないでありますよ~・・・」
式部さんは、嬉しそうにクネクネしながら階段を上るという器用な技を披露してくれた。
恐るべし体幹・・・!
そうだよなあ、今までに成仏させてきた白黒や黒、それにネオなんかを考えると人間の尺度に当てはめていい存在じゃないよな。
いつだったか神崎さんに『防腐剤でも入ってるんじゃ?』なんて言ったけど・・・
ゾンビの『謎虫』自体が『防腐剤』みたいなもんなんじゃないのか?
・・・ま、そういう系の解明は天才研究者にでも任せておこうかな。
「頭や心臓、延髄を破壊すりゃ死ぬ。電気を流せば死ぬ・・・この2つだけわかってりゃいいかな、とりあえず」
「さすが、一朗太さんであります。抱えた情報がシンプルであればあるほど、戦士としての純度の高さがうかがえるであります!」
「・・・俺をあまり褒めると無限に調子に乗りますよ式部さん」
「どうぞ!どうぞどうぞ!自分はいつでもどこでも一朗太さんの味方でありますから!」
式部さんが眩しい。
眩しすぎるよう。
いくら命の恩人だからって全肯定すぎるよう。
・・・せめて、自分をしっかり律しておかないとな、うん。
この状況でウェーイ!とか調子に乗り過ぎたら死んでしまう。
気をつけねば。
「ははは・・・でも、式部さんに見捨てられないように頑張りますよ」
「―――見捨てませんが?絶対に見捨てませんが?」
ヒィ!?急に目が怖い!!
式部さんっていつもニコニコしているけど、怒る時もそのままだから迫力が凄い!!
「・・・さ、さあて2階の探索ですよ~」
「ふふぅふ」
謎の迫力を背負った式部さんから目を逸らし、2階部分に足を踏み入れた。
「ふむ、このエリアには死体がないようでありますね」
「空気が埃っぽい・・・元々無人地帯だったんですかね?」
壁を照らすと、『レントゲン室』という表記が見えた。
検査とかそういうのをやっていた区画なんだろうか?
ゾンビ騒動が始まったのは朝だったから、この診療所も混む前だったのかもしれない。
「式部さん、ちょっと試しますね」
兜割で壁の手すりを軽く叩く。
きぃん、と甲高い金属音が響いた。
そのまま、黙って耳を澄ます。
「・・・動きはナシ」
「で、ありますね」
しばらく無言でいたが、反応するような音も声も聞こえない。
2階は無人だな。
フロアを真っ直ぐ進みつつ、部屋を確認する。
『第二診察室』ってのがあるな。
患者が多いとこっちに回してたのかな。
ってことは・・・下で倒したゾンビの他に最低もう1人は医者がいたわけか。
逃げたか・・・それともさっきの腐乱死体か。
とにかく、この階にはいないかな。
「・・・何か腐ってません?」
急に何か臭気が来た。
さっきみたいな腐乱死体の臭いじゃない。
「食物の腐った臭いでありますな。奥から流れてきているであります」
奥ってことは・・・この先か。
何か部屋があるようだ。
館内図に表記がないってことは・・・ここの住居スペース、か?
「あそこか」
ライトで照らした廊下の突き当りに、『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙がある。
兜割を肩に乗せ、式部さんとアイコンタクト。
彼女は拳銃を持ち上げ、いつでもいいとの身振りをした。
足音を立てないように歩き、ドアに到達。
ノブを回すが・・・鍵が締まっている。
鍵ねえ・・・下に行って探すか?
受付か、もしくは看護師ゾンビが持ってるだろう。
「(自分にお任せを、手元を照らしてください)」
式部さんが肩を叩いて耳元でささやいてきた。
くすぐったいが、了解。
式部さんは懐から針金とピンセットのようなものを取り出し、鍵穴に突っ込む。
しばしカチャカチャと音を立ててそれらを動かし・・・アタリをつけたのか捻る。
カチ、と音がして鍵が回った。
・・・もう開いたのか。
神崎さんといい、デキる自衛官はみんなピッキングの才能があるというんだろうか。
俺も習おうかな。
「(開けます)」
位置を代わり、ドアノブを捻る。
ドアが開き、視界が明るくなると同時に・・・腐敗臭!
くっさ!?
ドアの先は、大きいテーブルと椅子がいくつかある空間だった。
その他にはテレビや小さい冷蔵庫、横になれるようなソファがあった。
女性週刊誌が入っている本棚もある。
・・・ここは医者とか看護師の休憩スペースなんだろうか。
奥の方に扉が見える・・・あの先が3階への階段なんだろうか。
通りに面した窓はカーテンが開けられ、ガラスに雨が叩きつけている。
・・・まだまだ止みそうにないな。
それどころか、さっきより雨脚が強くなった気がする。
空なんか真っ黒に曇っている。
「・・・臭いの元はこれか」
気配がないので、声を出す。
テーブルの上には・・・コンビニ弁当やサンドウィッチのなれの果てが置かれている。
閉め切られていたからか、蛆が湧いてはいないようだが・・・それでも臭い。
最近は暑かったからなあ。
「さっきからの様子を見るに、ここはゾンビ騒動初日にはもう壊滅してたみたいですね」
腐った弁当を見れば日付も確認できるだろうが、別にそんなに気になるわけでもない。
弁当なんてものがここにあるだけでよくわかる。
「物色もされていないようですし、薬品もかなり残っているようでありますね。ここを離れる前に確保しておきたい所であります」
「式部さん、薬とかに詳しいんですか?」
「ふふぅふ、専門的な所はサッパリでありますが・・・風邪薬や抗生物質ならなんとかなるであります。在庫が潤沢なら、後日アニーさんと再訪してもいいかもしれませんね、彼女は衛生兵でありますから」
おお、そりゃあいい。
風邪薬や痛み止めなんてのはいくらあっても困らないからな。
ここに薬局はなかったが、病院に薬が全くないなんてことはないだろう。
3階を確かめて休憩したら、荷物持ちくらいは手伝おう。
「じゃあとっとと上に行きますか、さすがにここで休憩するのは御免なん・・・で・・・!」
3階に繋がる階段があるだろうドアに2人で近付いていくと、異変に気付く。
「おっと、これは・・・」
式部さんも気付いたようで、表情を引き締めた。
目の前にあるドア。
これは、鍵ではなく板を打ち付けることによって『封印』されていた。
こちら側から、がっつり封鎖されている。
ということは・・・
「奥に、誰か・・・もしくは何かを閉じ込めたのか」
「ドア自体に変形や破壊の痕は見られませんね。この先も何個か同じように封鎖されているんでありましょうな」
そいつはまた、念のいったことだ。
さっきのゾンビの誰かが生きていた頃にそうしたんだろうか。
だがもう噛まれたりしていて、下に逃げた後に・・・ってことなんだろうか。
ドアの構造はこちらへ引いて開けるようになっている。
この状態ではピッキングも役に立たないだろう・・・よし。
「式部さん、ぶっ壊すんで援護よろしく」
「了解であります」
ライトをしまい、兜割を振り上げて・・・封鎖されている板ではなく、蝶番に狙いを定める。
「っふ!!」
何度か振り下ろすと、蝶番が破損。
剣先を壁とドアの隙間にねじ込むと、テコの原理で何度か動かす。
数回繰り返すと、ドアが軋んで開いた。
開いたと言うか、壊れた。
その先は、思った通り階段だった。
1階から2階へのモノと違い、2人の人間が通るのがやっとのような狭さだ。
こっから先はプライベートってことか。
息を潜め、階段の方へ歩く。
なるべく足音を立てないように。
階段を上りきった先に、また封鎖されたドアがあった。
そして、そのドアは歪んでいる上に血痕が多数付着している。
この先か。
「(ここは狭すぎる。ドアをぶち破って突入します・・・その先でゾンビが多いようなら、2階まで誘引して処理しましょうか)」
「(了解であります)」
小声で意思疎通し、一呼吸。
踊り場を一気に走り、そのまま歪んだドアに跳び蹴りをかます。
あっくそ!1回じゃ壊れないか!
もう一度、今度はドアの中心に蹴りをぶち込む。
木片を撒き散らしながら、ドアが歪んで向こう側へ倒れ始めた。
「ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
やっぱりいた!
倒れるドアの向こうに・・・髪を振り乱した若い女性のゾンビが!
そいつは俺に向き直ると、すぐさま走り出した。
ドアの向こうは長い廊下になっていて、そのゾンビ以外の姿は見えない。
「ふうぅ・・・!」
先に進まず、迎え撃つ体勢に入る。
兜割を引き、タイミングを計る。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
右手に黒い装甲が少し付いている女ゾンビが、涎を撒き散らして走ってくる。
黒に『なりかけ』か!ノーマルより速い!
速い、が!
「っしぃい!!」
踏み込むと同時に、捻りながら突く。
「ァガ!」
喚き散らすその口に、兜割が真っ直ぐ侵入。
そのまま喉を突き、貫通。
その瞬間に手の内を動かして捻る。
みし、と手応え。
「ァッ・・・ァ」
ゾンビが脱力。
兜割を抜くと、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
すかさず後頭部に一撃。
大きく痙攣したゾンビが、二度と動かなくなる。
「伏せて!」
式部さんの声に従って床に伏せると、銃声が1回。
廊下の奥から顔を出していた若いゾンビの頭が仰け反った。
薬莢が床に落下するのと、そのゾンビが倒れるのはほぼ同時だった。
「さっすが式部さん、頼りになるなあ」
「えへへ・・・」
立ち上がって兜割を構えつつ耳を澄ます。
・・・新手はいなさそうだな。
「医者の住居スペースだけあって、なんかこう・・・高級そうなモノがいっぱいあるなあ」
あの後、廊下を進むと住居スペースに出た。
2人でざっと確認したが、ゾンビも生存者ももういなかった。
大きなベッドルーム、広いキッチン・・・それに書斎や衣裳部屋。
シアタールームみたいのもあったし、風呂は高柳運送の3倍はありそうなでっかいバスタブだった。
電気が潤沢ならここに住みたいような物件だな。
「一朗太さん、お茶にしましょう!」
俺達は、リビングっぽい所の大きなソファに腰かけている。
式部さんが背負っていた背嚢から魔法瓶を取り出し、コップをテーブルに置いてくれた。
おお、ありがたい。
丁度喉が渇いていたんだ。
「今日の豆は中々いいモノでありますよ~♪」
式部さんが言うように、コーヒーのいい匂いが鼻に届く。
さっきまで腐敗臭ばっかりだったからな、鼻がリフレッシュしていくぜ・・・
「どうぞ、であります」
「いただきます・・・うっま」
暖かいコーヒーに口をつけると、俺の馬鹿舌でもわかるくらいいつもと違う味がした。
「ふふぅふ、お出かけですから奮発したでありますよ・・・ん、いい香りであります~」
式部さんは両手でコップを持ち、ふうふうと冷ましている。
・・・随分長く冷ますな、ひょっとして猫舌なのかな。
「しっかし、よく降るもんだな・・・あ?」
座ったまま窓に視線を向けると、相変わらずの豪雨。
だが、何か聞こえた気がした。
式部さんに視線を向ける。
「エンジン音のようなモノが聞こえた気が・・・」
そう言いつつ同時に立ち上がって窓の方へ。
外から見えないように、左右に分かれて窓に近付く。
「・・・何者だ?」
通りに面した窓から覗いた先。
そこには、明らかに来た時にはなかった白いワゴン車が停車していた。
・・・まともな生存者だといいんだけどなあ。
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