この予防薬は100%の効果は無く、もし、感染した場合は通常より病気を悪化させる副作用が……
@HasumiChouji
この予防薬は100%の効果は無く、もし、感染した場合は通常より病気を悪化させる副作用が……
「すいません、教授、来週の木・金ですが……ちょっと年休取ります」
私は、上司である
教授は十数年前まで疑似科学批判でも有名だった人だ。
「えっ? いや、金曜は、研究室の学生が論文の進捗を発表する日だろ。居てもらわないと困るよ」
「いや……でも……抗ゾンビ化薬の注射にようやく当ったんですが、来週の木曜なんで……」
「じゃあ、木曜だけ休めばいいんじゃないの?」
「でも、注射した人の半数ぐらいが、翌日ぐらいまで、38℃〜40℃弱の熱が出るらしいんで、翌日は念の為、休みます」
「何言ってんの? 政府も『副反応は無い』って言ってるよね?」
「いや、ちゃんと、政府の専門家会議の学者も、そう言って注意喚起してますよ」
「あのさぁ……ちょっと待って……」
そう言って、教授は椅子から立ち上がると、何故か机の下に置かれていた段ボール箱を取り出し……。
「ああ、有った、有った」
段ボール箱の中から教授が出したのは……題名からして、医療系のトンデモ本らしき本が数冊。
「何ですか、これ?」
「著者の経歴を見て……」
言われた通りに見て見ると……全員が、国立大学の中でも上の方の大学の医学部の教授か名誉教授だった。
「判ったよね? 立派な医大のセンセイの中にも、変なのは居るの。そんなのが、政府の専門家会議の中に紛れ込む可能性が有ってもおかしく無いよね?」
「いや、だったら、政府の言ってる事が何で信用出来るんですか?」
「専門家委員会の中に変なのが紛れ込む可能性は有るけど、あくまで少数派。政府は、マトモなのが多数の専門家会議メンバーの言ってる事を総合的俯瞰的に判断してる訳だから、専門家会議のメンバーの1人が言ってる事より、政府が言ってる事の方が信頼性は高いよね」
……いや、待ってくれ……。
教授が好きな推理作家の名セリフのそのまんまの状況だ。
『狂人の主張は正しくは無いが、反論は難しい』
『狂人と正気の人間が議論した場合、正気の人間に勝目は無い。健全な判断には、様々な制約が付き纏うが、狂人は、そんなモノに縛られないから、論理的だが間違った判断を瞬時に行なってしまう』
やれやれと思いながら、何とか休みを取る方法を考え……そして、翌日の朝一番に、厚生労働省のWEBサイト内のあうページのURLをメールで教授に送った。
そこには、しっかり「注射後は、若干の副反応が有りますので、御注意下さい」と書いてあった。
ところが、数分後……。
「あの〜、これ印刷したの先生ですか?」
学生が紙を持って部屋に入って来た。
「いや、覚えが無いけど……」
だが、更に数分後……。
「はい」
今度は教授が部屋に入って来た。
「えっ?」
教授が私の机の上に置いたのは……どうやらさっきの紙。
私がメールで送ったWEBページの内容を印刷して……しかも、マーカーで線を引いた箇所が有る。
……しまった。
抗ゾンビ化薬の副反応を怖がっている人が一定数居るせいで、そのWEBページの副反応についての説明は、かなりボカした書き方がされていた。
「あのさぁ……一応、キミも科学者で、しかも、ボクの弟子みたいなモノなんだから、ちゃんと科学リテラシーを持とうよ」
教授がマーカーで線を引いた箇所には「生命に関わる重大な副反応は極めて稀にしか起きません」と書かれていた。
「来週金曜は出勤して、学生さんがやってる研究で問題が起きてたら、アドバイスしてあげて。わかった?」
「は……はぁ……」
そして、注射の翌日。
『ゼミの時間だよ。どこに居るの?』
携帯電話にかかってきた電話の主は教授だった。
「病院です……。出勤中に警察に『保護』されて、その後、病院に搬送されました」
『へっ?』
「体温が39℃超えのフラフラの状態で、電車に乗ってたら……他の客に……ゾンビ化が始まったと勘違いされて……」
『あのさ、いい齢して、何、馬鹿な真似やってんの?』
「いや、今日は出勤しろ、って言ったのは教授ですよ……」
『高熱出しても出勤しろ、って意味じゃないに決ってるよね? 常識で考えてくれよ』
「は……はぁ……」
『で……熱の原因は?』
「抗ゾンビ化薬の副反応です」
『はぁっ?』
「『はぁっ?』って何が『はぁっ?』なんですか?」
『
納得なんてしてね〜よ。
『判った。ちゃんと病院で、調べてもらって、治してもらって』
「……はい……」
「お節介ですけど……労基署に駆け込んだ方が良くないですか?」
電話での会話を傍で聞いていた医師がそう言った。
どうやら……教授の言う「科学リテラシー」とは……
この予防薬は100%の効果は無く、もし、感染した場合は通常より病気を悪化させる副作用が…… @HasumiChouji
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