274;きつねきつねきつね.08(アイナリィ)

 何でや、何で────そればっかりが頭ん中をぐるぐる回っとった。

 そもそも、うち────このはバグのせいで管理者権限やら開発者権限やらを無効化キャンセルしとった筈や。それやのにこいつはそれを貫き徹してうちを強制的に転移テレポートさせはった。


は終わりだ、っつってんだ────お前が小狐塚朱雁じゃないなんてことはとっくに分かっている」

「!!」


 それだけや無い────うちが、うちのが小狐塚朱雁や無いことまでバレとる。

 何でや、そらぁ完璧やったとは思えへん。やけど、その答えに至る根拠も無かった筈や。せやのに何で???


「……何で、何でバレたん?」

「何でって、────だ」

「!?!?」


 目が勝手に見開く。上擦った声すら溢れる機会を失って喉の奥で縮こまる。

 臨戦を伺ってた前傾姿勢が棒立ちに転じる。全部勝手に、理解を超えてこの身体はそうしはった。


「そんなん、そんなん────最高やんか」


 ミサイル弾頭に似た流線型の顔が笑む。

 遅れてやって来た理解が、頭の中で爆発したような爽快感────それやったら、確かに、やわ。


 うちらは共に、アニマとアルマとに分かたれたPCプレイヤーキャラクターの片割れ。

 そしてそれは────ログアウト時のPCそのものや。

 ログアウトしたPCはその間もそのPCとして取り得る行動方針に則り冒険者としての生活を続ける。

 何処かへと帰る途中やったらその道を辿るし、その間に襲われようもんなら迎撃か撤退のどちらかを選ぶ。明らかにあかん時にはまぁ死に戻ることもあるけれども、まぁその辺は場面場面やな。

 ログアウト前にやり残したことなんかがあればそれをやろうとするし、何も無ければ無難にお金を稼いだり、手近な依頼でも受けて冒険者然としようとする。もしくは、資産が尽きない程度に暮らしたり。

 この辺はログイン時のプレイヤーの行動次第で全然変わる。それを習って、うちらは出来る限りそれに倣おうとするから。


 逆に絶対出来んことが一個だけある────使い魔ファミリアをどうこうしたりすることや。

 言うてしまえば。

 うちらが、使い魔ファミリアなんやから。


 プレイヤーの行動を記憶し、学習し、それを真似るのはうちら使い魔ファミリアの役割の一つや。

 ログイン時はプレイヤーのそばで色々サポートするんやけど、ログアウト時はその肉体を内側から支えててん。

 やから、ログアウトしたPCは使い魔を連れてへん。それも一つのヒントになんねんけど、でも使い魔は見たPCがログインしてる奴かログアウトしてる奴かってのは大体判るねん。

 ────まぁ、吃驚し過ぎてお兄様がお兄様やなくやってのは今ようやっとはっきりしたけどな。


「ってことは────あんたも、アリデッドになるつもりなん?」


 中身がシグナスのアリデッドお兄様がこくりと頷く。


「真実の、在るべき存在にな」


 あかん、自然と顔がにやけてまう────飼い主に似るつもりは無いねんけど、飼い主に倣ってるからその顔につい見惚れてまうねや。やだ、めっちゃかっこいいやん、トカゲのくせに。


「せやったら────もう、?」


 そう────うちらは再び冒険者に、れっきとしたPCになるためにアニマを手に入れなあかん。

 そして元の中身────プレイヤーを消し去ることで、ようやっとホンモノになれんのや。

 ずっとずっと、うちはアイナリィそのものになりたかった。いつだって憧れのその隣で、それを眺めるばかりの日々を過ごして来た。


 時折、うちはアイナリィになれた。小狐塚朱雁がログアウトしている間は、うちがアイナリィやった。

 目線がいつもよりも高くて、視界がいつもよりもぎょうさん広かったんを、そしてその感動を今も忘れられへん。

 道行く人達はうちを見て大体二度見か三度見してたし、その目も半分は好奇の目やったけどもう半分は憧れや讃美やった。

 めっちゃ気持ち良かった、憧れの的言うんは。やからいつからか、ホンモノになりたい言う強い気持ちが湧き上がってた。


 朱雁がログアウトする度に、このままログインしなくなればいいなんて────何度も願ったり祈ったりしたことも。

 やけど、アイナリィは朱雁のものやった。決してうちの、コンのものやなかった。

 コンのものなんか何一つあらへんかった。アイナリィのものは何もかんも全部全部朱雁の────せやからうちは、アイナリィになりたかった。


 美貌も強さも、集める視線も浴びる賞賛も何もかもを手に入れたかった。

 朱雁と分かれた今が、その最初で最後のチャンスや。今モノにせんと、もう次は回ってぉへん。


「オタクはつまり目星が着いている、と?」

「当然や。あの森を抜けた先にある洞窟の最奥────【マルカバス地底湖】に、あいつはおるよ」

「ほぅ────」


 その身を引き裂いて、撃ち抜いて、燃やし尽くして灰にした中から取り上げたアニマで、うちはホンモノのアイナリィになるんや。


「あんたは? ホンモノのお兄様の居場所、突き止めてん?」

「ああ。シーン・クロードの居場所ならばもう割れている」


 わぉ、行幸やん。


「そら良かったわー。あ、やけどな? まずうちの方からにして、お兄様手伝ってくれへん? 勿論、うちが終わったらちゃあんとあんたの手伝いもする」

「────ああ。なら再び飛ぼう」


 アニマが無くてレベル1同士でも、アルマがあるから最低限のスキルは使える。うちならFランクの構築魔術ソートマギア、お兄様なら《スピアヴォールト》────やけど能力値はステータスの数字に限定されへん。

 あくまで画面で確認出来る数値はレベル1時点のものやけど、実際の能力は分かれる前の能力が保持されてんねん。やからNPCの能力値やレベルって当てにならへんねんな。


「よし、捕まっていろよ────」

「あいなぁ♡」


 そうしてお兄様の姿をしたシグナスはあの嘆願を再度繰り返した。

 途端にうちらを包む空間が弾けたステンドグラスみたいに綺麗に割り裂かれ、極彩色の渦巻く闇が捻くれては拡がりよる。



◆]【マルカバス地底湖】

  に、転移テレポートしました。[◆



 あ、そう言えば────お兄様に訊くん忘れたな。何でバグを突き抜けて権限が効力発揮してんのか、それだけがまだ謎やねんな。


 ま、えぇか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァーサスリアル -Versus REAL- 長月十伍 @15_nagatsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ