273;きつねきつねきつね.07(綾城ミシェル/アリデッド)

 あいつ────何のつもりか将又はたまたただの嫌がらせか、!!

 おかげでアイナリィに凍らされたまま、ただ動乱する戦況を眺めているしか無い状況だ。

 ああ、腹立たしい……久留米、覚えていろよ。


 ────しかしこう凍らされて冷静になってしまえば、久留米の判断は的を射ていたことに気付かされる。

 私はきっと、足手纏いにしかならないだろう、この戦闘に於いては。


 ゲームならばアイナリィ相手でも殺せると息巻いていたが、それは本当に覚悟だったか────ただ目を背けていただけじゃ無かったか。

 こうしてゲームの中に囚われてしまう前は、相手を殺したとて朱雁が死ぬわけじゃ無かった。

 だが今はどうだ。本当に死なないと、断言できる根拠に乏しくはないか?

 ならば私は手の内を緩めてしまうだろう。

 引鉄ひきがねにかかった指を外してしまうだろう。


 たった一月、同じ屋根の下で過ごしただけの相手だ。それがこんなにも私の急所になるなんて思わなかった。

 朱雁がそのままアイナリィだったのなら、こうはならなかったんじゃ無いだろうか────アイナリィでは無く朱雁だったからこそ、私はここまで内に踏み込まれることを許したんだと。


 ああ、だから────足手纏いにしかならない、私は。そんな人間、戦場にいることが相応しく無い。

 今目の前で戦っているアイナリィが朱雁じゃ無い証左もまだ見つかっていないんだ。偽物だと早合点し、永遠に喪うことになってしまったら────


「何で、何で逃げてくれへんねん!?」


 アイナリィが吠える────吠えながら《雹弾の嵐ヘイルストーム》の魔術を行使した。

 扇状に氷の弾幕を展開する広範囲殲滅魔術だが、それらの弾が貫いたのは幻影────ルメリオの幻覚魔術ハルシノマギアにより前衛を担うジュライや千葉、立花の三人は真後ろと左右から強襲を見せる。


「こんのぉっっっ!!」


 魔術スキル《物理障壁ウォール》は多面に展開は出来ない。だからアイナリィは必死の形相で前へと足を踏み出す────正面遠くの、ルメリオ目掛けて駆け出すのだ。


「そりゃあそう来るよね、っと」


 三者からの強襲を前方へとダッシュすることで躱したアイナリィ。そうしながらこの戦いの頭脳ブレーンであるルメリオに詰め寄ろうとする。

 無論そんなことはルメリオも百も承知だ。既に両手それぞれには魔術の込められた呪符を握り、魔術を発動させるタイミングを伺っている。


「────《森隠れの蓑フォレスト・カモフラージュ》」

「「「っ!?」」」


 そんな中で、その行使だ。

 視線を集めている、緊張を高めている最中にまさかの隠密。

 眼前で消えたアイナリィに目を見開いたルメリオ────流石の彼であってもそれは予想だにしていなかったということだ。


 隠密状態は他者への干渉や魔術の行使で自動的に解ける。だが接触距離でぶっ放されようものなら────特に相手はアイナリィだ、魔術に注ぎ込む魔力MPは同レベル帯のPCの軽く数百倍はある。


 成程、こういう戦い方もあるんだな────感心している場合では無いが、かと言って他に出来得る何かがあるわけでも無い。

 そして、何かが出来たとしても私にもアイナリィが今この瞬間に何処にいて何を狙っているかは皆目見当もつかないのだ。


「動き回れっ!」


 キャラを忘れてルメリオが叫ぶ────しかしその背後には既に、隠密状態の解けたアイナリィが。


「アイナリィっっっ!!」

「────っ!?!?」


 そこで、空間を割り裂いての登場────ルメリオを押し除けて射線上に割り込んだ翡翠色の巨躯。


「あかんっ! 避け────」


 火柱が空を貫いた。




   ◆




 危ない────間一髪、ってヤツだった。

 アイナリィが炸裂させた《灼熱の火柱クリムゾンピラー》は、受けたと同時に使用した《原型解放レネゲイドフォーム》で相殺した。

 正しく言えば、ダメージが入った瞬間にレベル75で追加された“生命力HP回復効果”で帳消しにした、だな。加えて言えば、[炎上]の状態異常ステートも打ち消す。これぞ《竜鱗のアニマアニマ・セイヴラ》の真骨頂だ。


 そして誰もがぽかんと口を開けている最中に、俺は何度も繰り返してきた嘆願をここでも口にする。


「────“Apply for Using of Authority.”」


 途端に伸ばした掌から白い光が迸り。

 その光は俺と、俺が肩を掴んだアイナリィとを包み込む。


「アリデッドさんっ!?」


 悪いな、ジュライ────こいつをどうこうするのは、俺一人じゃなきゃダメだ。


「心配すんなよ────なるようにしかならない」


 俺は吐き捨て、そして座標の転移を開始する。

 行き先は────そうだな、俺達二人が初めて出遭った、【ガイランスの街】にしようか。その方が何となくロマンチックだろう?










◆]ガイランス

  に転移しました。[◆


 渦巻く極彩色が晴れ渡り、森に囲まれたのどかな街並みが広がる。

 様々な人々が思い思いに往来する、街の中心の噴水広場────そこに空間を割り裂いて現れた俺達二人を、好奇の目で眺めるのは同じ冒険者ばかり。

 街の人達は、〈転移の護符テレポート・アミュレット〉なんかでここに突如として現れる集団を日々眺めているからな。流石に慣れている。


「……警戒するなよ。折角二人っきりになれたってのに」


 俺と同じくしてこの場に転移したアイナリィは、短く低い跳躍で俺から距離を取る。それだけに飽き足らず、姿勢を低くしては明らかに攻撃の体勢を見せる始末だ。


は終わりだ、っつってんだ────お前が小狐塚朱雁じゃないなんてことはとっくに分かっている」

「!!」


 そう────こいつはアイナリィであって、小狐塚朱雁じゃ無い。さっきまではあくまで小狐塚朱雁が演じるアイナリィというキャラクターが、何者かによって操られているといったような演技を披露して追い縋る奴らを撒き散らそうとしていた。

 だがその本質はそうじゃ無い────こいつはアイナリィであって、その中身もまたアイナリィだ。小狐塚朱雁じゃ無い。


「……何で、何でバレたん?」


 臨戦体制は崩さずに、しかしアイナリィは静かに訊ねる。

 そりゃあ、そんな疑問を持つのも不思議じゃ無い。根拠などありはしないからだ────普通ならな。


「何でって────」


 そう。キャラクターの中身が本人かそうで無いかなど、普通は判りはしない。

 一応、アニマとアルマの両方を持っているのがPCプレイヤーキャラクターで、アニマだけの存在になったのがプレイヤー、アルマだけの存在がNPCノンプレイヤーキャラクターだ。

 だから、ステータス画面をあらためれば一応判明はする。


 だだし、そんなことをしなくても俺には判る────分かっている。


────だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る