第六十八話 ヨモギ

 就職してから久しぶりにおばあちゃんの実家に行くと春の恒例のよもぎの団子を作ってくれた。

 よもぎは庭に生えているのでもぎたての新鮮なよもぎの香りがする。蒸し器を開けるとふわっと白い湯気が台所に広がり美味しそうな緑色のよもぎの団子が現れた。中はつぶあんたっぷりだ。


「さぁ、たんと召し上がれ」

 おばあちゃんは緑茶を注ぎながら笑顔でお皿にお団子を移した。

 私は「頂きます」と言ってからお団子を口に入れると、よもぎの香りが鼻から口に抜けてちょっと苦い独特の味わいと、粒のたっぷり入った甘いあんこの味わいで口の中が満たされた。


「どう?」

「美味しい!」

「これ、おじいちゃんの大好物だったんだよ」

「そうなんだ」


 おじいちゃんは昨年、食事を喉に詰まらせて意識不明になった。すぐに救急車を呼んだので一命は取り留めたが未だに意識が戻っていない。


「よもぎにはね。決して離れない夫婦愛って意味があるのよ」

 おばあちゃんは笑顔で言った。

「おじいちゃん……意識戻ると良いねぇ」


 おばあちゃんは何も答えなかった。


 家を出る前、おばあちゃんの部屋のテーブルの上に保険の書類が見えた。そこには、高額治療費の還付金の手紙と、入院手当のお知らせが見えた。


『よもぎ 花言葉 決して離れない・夫婦愛』



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畏怖の花言葉 @kyousha

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