第14話 親友
転校初日は何度経験してもものすごく緊張する。
──目立ち過ぎず、でも明るく親しみのあるキャラに見られるように。
そこを間違えると、クラスで問題ありのグループに入れられたり、最悪は無視されたり変にいじられたりする。
幼稚園の時から3回の転校で痛いくらい学んできた。
だから、自分がそもそもどんな性格だったか忘れるくらい、演じる。
最初の印象が大事だから、制服の着方、髪を結ぶゴムの太さ、靴下のポイント刺繍柄まで気を遣った。
──どうか平和な学校生活が送れますようにと願いながら。
かおりと出会ったのは中学1年生の二学期初日、転校した日だった。
私たちは同じクラスに配属された。
始業式の中で転入生全員が全校生徒の前で紹介された後、担任にクラスへ連れられていく時、かおりを見ると身体の前で組みあわせた手が震えていた。
「緊張してる?」
小声で聞いてみると、唇を噛んで小さく頷いた。
「私も。でもがんばろ?」
彼女が唇を少し緩めて可愛らしく微笑んだ。
その名札に「佐伯かおり」と書かれていた。
「かおりちゃんていうんだね。私、西岡真代」
「よろしくね、真代ちゃん」
──それが私たちの出会いだった。
幸い、クラスの女子達は緩い雰囲気で、私とかおりは席も近かったのでそのまま二人で大きなグループに受け入れられた。
お互いの家も転勤族が利用するマンション群の中にあり、朝と帰りの通学も一緒。
朝は、かおりのマンションの方が学校寄りだったのでかおりのマンションのロビーで待ち合わせ、帰りはマンション前の小さな公園でいつまでもしゃべった。
二人になると気が楽だった。
かおりの親も、かおりが小さい頃から2年~4年おきに転勤していたから、多く説明しなくてもお互いのことが手に取るようにわかった。
転入生なんて、最初は注目されても結局は地元の幼なじみ同士の絆には入っていけない。
2年くらいして転校して行く時は、いつまでも親友だよ、会いに行くねなんて泣いても、子供だから遠い所には行けないし、やがて文通も途絶えていく。
「親友」「ずっと友達」という言葉のはかなさ、軽さを身をもって体感してきた。
でも、地元に残る子たちはまだ、またいつかその場所へ行ったなら会うことは出来るだろう。
転校生同士は、一度すれ違ったらもう二度と会うことはない。
お互いに親の都合で次の場所へ次の場所へと移っていくのだから、住所を追うことも難しい。
どちらかが転校したらそれで終わり。
かおりと仲良くなるほど、その考えが脳裏にちらついて苦しくなった。
かおりの前では、無理して明るい社交的なキャラにならなくてもよかった。
転勤が決まるたび落ち込む母にも、ごめんなと謝る父にも言えない「転勤族の子供」としての愚痴を気兼ねなく言い合えた。
求めても私たちが得ることができなかった「幼なじみ」や「親友」というものへの憧れも素直に共有できた。
そんな日々を過ごす内に、いつしかかおりは私にとってかけがえのない存在になっていった。
そして思った──もしかしてかおりは私の初めての親友なんじゃないかって。
2年生の始め、定期的に実施されるいじめについてのアンケートで、ずっと気になりながらもマルをつけられなかった「あなたには親友がいますか」という項目に初めてマルをつけた。
胸の内側がくすぐったいような、照れくさいような気持ちになりながら。
思い切ってかおりに報告したら、彼女は顔を真っ赤にしながら、
「私は去年からもうマルつけてたよ」
と言ってくれた。
その時の泣きたいくらい嬉しい気持ちは、一生忘れない。
でも、どんなに二人で来ないでと願ってもやはりその日は来た。
出会って1年半後の2年の終わり、私たちは同時に県外へ転校していくことになった。
足元から崩れていくような感覚。
どうしたらいいんだろう?
中学生の無力な私たちが、お互いのために何が出来るだろう?
少しずつ春の訪れが感じられるようになった3月中旬。
私は必死で思いついたある考えをかおりに提案した。
話しながら涙が溢れた。
かおりも涙を流しながら、「絶対守る。真代は私の初めての親友だから」と言ってくれた。
私もそう誓った。
──本物の親友ならきっと叶うと信じて。
4年後の4月。
入学式が行われる大学の正門の前で、私はかおりを待っていた。
あの時誓った。
──高校までは、親の都合でどこになるか分からないけれど、大学は、私たちの意志で決めよう。
──ずっと親の都合に振り回されてきて、友達と断絶されてきた私たちが自分で進路を選べるようになった時、お互いがいる場所へ行こう。
──私たちは本物の親友だから絶対に叶えられるよ。
転校してから一度も会えなかったけれど、4年の時を埋めた、たくさんの電話、手紙、SNS。
勉強を頑張りながら、二人で志望大学を決めた。
親元を離れても納得してもらえるような大学。
私のほうがちょっとかおりよりも出来が悪かったけれど、苦手な箇所はかおりがプリントを送ってくれたり電話で教えてくれた。
そうやって一歩一歩互いにこの場所へと近づき、なんとかあの約束を叶えた。
大学へと続く桜並木の中を、美しく成長したかおりが歩いてくる。
私を見つけた彼女が、ぱあっと笑顔になった。
4年ぶりに見る私の親友の笑顔は、まるで満開の桜のようだった。
【短編集】ひとときの百合を おおきたつぐみ @okitatsugumi
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