ゲームの力
MenuetSE
「バン、バン」
弾ける様にいくつもの催涙弾が弧を描いてデモ隊の方向に飛んでいく。民主化デモの鎮圧だ。デモ隊も負けてはいない。近くの車両に放火してバリケードを作る。何万もの人々が大通りに繰り出していた。ここでは軍事政権の容赦ない弾圧で多くの死傷者が出ている。
「軍事政権反対! 独裁反対!」
デモ隊は口々に叫び、銃を構える軍隊に投石を繰り返す。投石が激しくなった所で、軍は発砲を始めた。容赦なくライフル銃の水平射撃がデモ隊を襲う。
「パーン、パーン」
「逃げろー」
デモ隊は散り散りになって逃げてゆく。しかし、その僅かな間にも一人二人と被弾する。まだ10代、20代の若者達だ。倒れた仲間を助けようと駆け寄る人々。そこを銃弾が悲鳴のような飛翔音を残してかすめて行く。
しかし、軍隊の武力行使にもかかわらず、連日のデモには収まる気配がなかった。
警察庁警備局長の岡田は、入ってきた外務事務次官の宮田を見ると言った。
「わざわざお越しいただいて恐縮です。さて、用件を伺いましょうか」
事務次官が直々に、しかも警備局長を訪問するのは異例だ。
「マンマー国の事なんです。あ、それからこの話しは内密にお願いします」
宮田は手短に状況を説明した。岡田は少し考えてから言葉を選んで話し始めた。
「マンマー国からの相談だったんですか。確かに警備局にはノウハウがあります」
宮田は期待した。このままマンマー国がC国の傀儡国になってしまっては困る。軍事政権に対しては、表向きは憂慮を表明するが実際には支援を続けている。
「それで、そのノウハウとは?」
宮田は早く聞きたくて催促した。
「国内において、S作戦は現在進行中なのですが、もう一つG作戦というのがあります。これは準備はできているのですが、まだ実行していません。S作戦が順調なので、発動するまでもないという事で保留になっています。そこで提案ですが、マンマー国にはこのG作成を提案してはどうでしょうか。実際にやってみて有効かどうかを知ることができるのは、我々の利益にもなります」
岡田の説明に、宮田は手ごたえを感じた。そして聞いた。
「で、そのG作戦とはどんなものすか。日本の立場上、あまり強圧的な手段や人権侵害にあたることは控えたいのですが」
岡田は笑みを浮かべながら自信たっぷりに答えた。
「全く合法的です。欧米の人権活動家からも非難されることも全くないでしょう。何故なら、ゲームを配布するだけですから」
マンマー国へは、応援のため外務省から3人の職員が飛んだ。軍事政権との協議の末、G作戦の実施が決定された。
「届いた届いた! あー、これ欲しかったんだー、『ファイナル・パンタジー』!」
「こっちもこっちも、『ポケマンGO』だよ」
ゲームパックを手にした若者達は嬉しくて、はしゃいでいた。このゲームパックには人気のスマホゲームが沢山入っていた。これは、軍事政府から無償で提供されたものだ。スマホの無い者には、スマホが無償貸与される。
若者達は早速ゲームを始めた。いつものフードコートでは、あちらこちらでゲームに興じる若者達の姿が見られた。
そこにプラカードを持った女性が現れた。
「あー、もう。今日はこれから反政府デモでしょ。早く支度して」
リーダーらしきその女性は、ゲームに夢中な仲間を叱咤した。ある者はしぶしぶゲームを中断し、ある者はリーダーの声など耳に入っていないかのようにゲームを続けていた。
マンマー国では徐々に反政府デモの勢いが衰えていった。もちろん武力による制圧もあるが、デモ勢力が内部から崩れてきているようにも見えた。前線の兵士達は首を傾げた。
「なんか最近のデモ隊はやる気なさそうだなあ。スローガンを叫ぶ声も張りが無いし」
幸い兵士が発砲することもめっきり少なくなった。
そして3ヵ月くらい後には、反政府勢力は事実上崩壊した。僅かに残った残存勢力が軍事政権に楯突いているが、無視できるほどになった。
軍事政権の代表が訪日し、外務省を表敬訪問していた。報告を聞いた宮田はにこやかな笑顔で言った。
「そうですか、デモ勢力の鎮圧に成功しましたか。支援した我々としても嬉しい限りです。ところで、ゲームは国民全体に配布したのですか」
「いえ、反政府組織の関係者だけです。予算もありますので。それにしてもG作戦がこれほど効果を上げるとは思いませんでした。日本政府の治安維持能力には頭が下がります。反政府勢力がどうなったと思いますか? ドイツ公共放送ZDFの特派員レポートを見た時には笑ってしまいましたよ。見てくださいよ」
そう言って軍事政権の代表は自分のスマホを宮田の方に向け、操作をした。画面にはマイクを持った記者が映っていた。
「現地からのレポートをお伝えします。まずは、反政府デモの指導者テインタンさんへのインタビューです。えっ、出られないって? ゲームやってるって? もう本番始まってるんだよ。誰でもいいから呼んで来いよ。えっ、全部放送しちゃってるって? あー、皆様、大変失礼しました。一旦放送を終わります。ZDFのヨーゼフ・オットーでした」
警備局長室には再び宮田の姿があった。
「報告した通りです。いやー、本当にありがとうございました。G作戦がこんなに効果を発揮するとは思いませんでした。まさに『ゲームの力』ですね。しかし、良く考えたものですな。ちょっと恐ろしくもなります」
岡田は言った。
「お褒めいただいて恐縮です。お陰でG作戦の有効性が実証されました。いざという時には日本でも発動します。今はS作戦だけで十分ですが」
宮田は疑問だったことを思い切って尋ねてみた。
「前回訪問した際も触れていらっしゃいましたが、そのS作戦とはどんなものなんですか。今もやっている最中なんですか、この日本で」
岡田は、これは失礼という顔で説明を始めた。
「SはSportsの事です。GがGameのGなのと同じようにね。G作戦は我々のオリジナルですが、S作戦は米国から来ました。当時米国はベトナム戦争の反戦運動で悩んでおり、我々は安保闘争なんかで大変な時期でした。米国が考えたS作戦は、スポーツを振興し、国民をスポーツに熱中させる事で反政府的な考えや活動を抑制しようとしたものです。大変お金がかかったそうですが、これは大成功でした。大リーグやアメフトのスタジアムを建設したり、オリンピックを誘致したり。また、スポーツで健康になろうとキャンペーンを打ったり。日本はそれをまねて、やはり野球場やサッカー場を建設しました。Jリーグだって、オリンピックだって、S作戦から結構な資金が拠出されています。日本特有のやり口としては、学校の部活動を奨励したことですね。まあ、部活はスポーツだけではありませんが、これを学校間で競わせて。生徒達は部活動を一生懸命やってくれました。お陰で、少なくとも高校までは思想的な問題の芽は見られなくなりました。
そこまで説明すると、岡田は椅子に掛かっていた上着をさっと取り上げた。
「宮田さん、それではまた。帰って、今日のプレーオフを見たいからね。今度、いっしょにゴルフでもどうですか。そう、私もS作戦にまんまと乗せられている訳ですが、まあいいではないですか」
岡田は鞄を手にすると、もう一度宮田の方を見て言った。
「思うのですがねぇ。G作戦は、もはや発動する必要がないのではと思っています。実際、私も帰りの電車でスマホゲーム楽しんでいますから。我が家は皆、ゲーム漬けですよ」
そういうと、岡田は手振りで宮田をドアのほうに招き、二人は部屋を後にした。
ゲームの力 MenuetSE @menuetse
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