第107話・最終話・未来に向かって

 一年後。私の心を表すかのように雲一つない晴れ渡った空の下、私は正装したフィーと肩を並べていた。二度目のウエディングドレスは、この日の為にフィーと話し合って新調したもの。前回はアントンが全て仕切って用意した物だったので、花嫁の私の意見なんて聞いてもらえなかった事を思い出した。

 あの時は、陛下によって結ばれた縁だったし、ふたりの挙式にはお偉いさん達が勢揃いしてのお式だったから、堅苦しいのもあり、高位貴族の結婚式はこのようなものかと思い込んでいた。

 だからダメ元でフィーに挙式は身内のみでしたいと言ってみたら、自分もそう考えていたと言われて賛成してくれた。

 フィーのおかげで堅苦しい式から免れて良かったと思っている。


「綺麗よ。ユリカ」

「リギシア一の花嫁だな」


 よく似合っていると母が涙ぐんでいた。もらい泣きしそうになって慌てて気を引き締める。父は出戻りの私がようやく落ち着くところにおさまってホッとしたようだった。


「今度こそ幸せになるのよ」


 お忍びで私とフィーの挙式に駆けつけてくれた姉のマレーネが言う。元夫との縁を結んでくれたマレーネの夫のリギシア王は、今日は宮殿でお留守番らしい。子供の世話を押しつけてきたわ。と、姉が笑っていた。

 姉は、陛下が私の結婚相手にと選んだアントンが、妻である私を蔑ろにしていたと知りずっと憤っていたのだ。


「ユリカのこと、頼んだわよ。ガーラント将軍」

「畏まりました」


 姉はユリカのことを泣かせたら承知しないからと言いながら涙ぐんでいた。姉は私達の再婚を喜んでくれた。デニスはアントンが表向き病死した後、将軍を引退し、ガーラント当主の座をフィーに譲った。今は亡き妻が静養していたお屋敷に後妻のマルゴットと二人で移り暮らしている。フィーは将軍となり、ガーラント当主となって私と再婚することになった。


 ここまで来るのに色々あったなと思う。アントンから持ちかけられた離婚話に、彼と信頼していた侍女の駆け落ち。アントンとの離婚が認められて継子のノアと別れたこと。その後で元夫となったアントンに攫われて監禁され、嫉妬したアンナに刺されたり、トロイル国王に会ったこと。アントンがトロイル国王を殺そうとしたこと。


 そしてフィーが、トロイル国の亡き王太子殿下の子供だったと知った時のことは衝撃が大きかった。トロイル国王がアントンに襲われたことでそちらに気を取られたが、後からフィーの素性に思い当たり悩んだ。でも、フィーは大して気にしてないようで、トロイル国から帰国する際に聞いてみた。


「ねぇ、フィーはトロイル国のことはどう思っているの?」

「なんとも思ってない。母さんとリギシア国に来てから俺たちはトロイル国での地位や名誉は捨てた。リギシア国に帰ってきた時に、トロイル国にいた自分たちは死んだものと割り切っていたし、今更戻る気もない」


 フィーがきっぱり言ってくれたおかげで、私は自分の想いを我慢する必要はないように思われて安心した。


「良かった……」

「ユリカ」

「私はこのままあなたを好きでいてもいい?」

「俺はガーラント家のフィオン。親父の再婚相手の息子だ。トロイル国とは一切係わりがない。それでもいいか?」


 そんな俺でも構わないか? と、逆に聞かれて「もちろんよ」と、言えば、ありがとうと言葉が返ってきた。


「この先、贅沢はさせてやれないかもしれない。でも、きみへの想いは誰にも負けない気持ちでいる。ノアのことも自分の子のように愛おしく思っているんだ」


 自然の流れでこの後、彼からプロポーズをされ、それを拒む理由がなくなっていた。そのことを一番初めに報告したのはノアで、ノアは大喜びで自分の願い事が叶ったと小躍りして喜んでいた。

 もしかしたら自分達のキューピッドはノアだったのかもしれない。彼が私達を結び付けてくれたのかもしれない。なんて感慨深く思っていたら、その天使がデニス夫妻と共にやってきた。


「おかあさま」

「ノア」


 デニス達は一昨日の晩から王都の屋敷に来ていた。その祖父達の間に収まり、二人の手をノアが引いていた。


「おかあさま、きれいです。フィーおじさんもかっこいい」


 ノアは嬉しくて仕方ないって顔をしていた。デニス達も微笑んでいる。


「こら、ノア。もうおじさんじゃないだろう?」

「……おとうさま」


 思わずフィーのことをおじさんと呼んでしまったノアは、顔を赤らめてお父さまと言い直した。それがとても愛らしかった。

 教会で式を挙げた後、ガーラント家の屋敷の庭で、お世話になった近衛隊の人たちや、デニスや、フィーの仕事仲間を招いて披露パーティーを行った。するとそこにある御方が来ていて驚いた。


「ソールへ……」

「ソールでいい。今日は友人の結婚を祝って祝福にきただけだ。おめでとう。フィオン」


 友人とは言うが、ソールはトロイル国王であり、フィーとは従兄弟同士になる。二人の間には一応血縁関係があるのだ。ソールは言った。


「フィー。おまえが寄付金を出しているサンライト修道院から、今日のおまえの婚礼を祝ってビール樽と沢山のパンを預かってきた。皆に振る舞ってくれ」

「それは有りがたく頂くことにしよう。わざわざここまで運んで来てくれたんだな。ありがとう」


 フィーが修道院に寄付金を出していたなんて初耳だった。そのサンライト修道院に何かあるんだろうか? フィーはソールにお礼を言っていた。


「あいつは憑きものが落ちたように修練しているようだ。親父さんに宜しく言っておいてくれ。じゃあな」

「今来たばかりじゃないのか?」

「ここには幸せになったおまえの顔を見に来ただけだ。かみさんを大事にしろよ」

「おまえに言われるまでもない」


 お互いの背をたたき合う彼らに親しいものを感じる。そこにちょっとした羨ましいものを感じながらも、そこには自分が入れないものを感じた。


「ユリカ。皆に挨拶に行こう」


 ソールが離れていき、フィーが振り返って手を差し出してくる。その手に自分の手を重ねながら私達は共に歩き出した。

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👼近衛総隊長である夫から離婚を望まれていますが、天使のような継子と別れたくありません 朝比奈 呈 @Sunlight715

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