第106話・父と子の罪


「あいつらは自分が甘い汁を吸う為だけに、俺を担ぎ出そうとしていた。俺は叔父上の身の危険を回避するためにあいつらの思惑に乗ったふりして宮殿入りした。そこにおまえの登場だ。おまえが叔父上と謁見した時に、叔父上の命をある一派が狙っていると忠告して、後日、叔父上と共にいたおまえの前に刺客が現れて襲いかかったんだったか? おまえが叔父上を庇ってみせて信頼を得たと聞いて、胡散臭く思っていた。叔父上もわざとらしい態度を取っていたからな」


 あの叔父上が何も対策を取ってないはずがないからな。と、ソールは言った。


「叔父上は運良く王位を拾った能なし王子のように言われてきたが、そうじゃない。他人の前では無能なふりをして警戒を怠らなかった。策略に長けている御方なんだ。だから他国からやってきたおまえに何も警戒しなかったのが気になっていた。しかも王太子の子であるかのような態度をとったのは失策だったな」

「あなたは王太子の子がフィオンだと知っていたのですね?」

「ああ。傭兵をしていた時に何度か顔を合わせる機会があった。あいつはあっちこち他国に飛び回っていたようだからな」


 フィオンはデニスの元で間諜部隊を任されていた。そのことをアントンも知っていた。


「まさかおまえが叔父上の子だったとはな」


 ソールはリアモスが警戒もなく、アントンを側に置いていたのを不思議がっていた。アントンもリアモスが好意的に受け入れてくれたのを幸いだと思いながらも、上手く行きすぎているような気がしてならなかった。


「叔父上は全て分かった上でおまえを受け入れたようだった。おまえがトロイルに来た時には、病魔に犯されていてあと数ヶ月の命だと医者に宣告されていた」


 ソールはアントンを哀れむように見た。


「おまえにも分かってはいたんだろう? あのような見た目だ。放っておいても死ぬ命だと。叔父上はおまえと向かい合う時には、いつ刺されてもいいように覚悟していたようだ」


 アントンは何も言えなかった。確かにリアモス王と会う時は、妙に警備が緩いとは思っていた。いつも連れて歩く屈強の護衛たちも遠ざけられている事があった。


「何もかも分かった上であの御方は私を……?」

「だから俺はおまえを簡単に死なせてはやらない。あの世で涙の親子の対面なんてさせてたまるか」


 国境を越えて森を抜けると草原に出た。その先にポツンと修道院らしき物が見えた。


「アントン・ガーラントは今日亡くなった。おまえは家名のないただの男だ。アントンおまえはこれから自分の罪と向き合い生きていくのだな」


 ソールは出迎えに出てきた修道士長の前でそう言うと、アントンを残し幌馬車で立ち去った。修道士長はアントンを頼むとソールに言われ、「はい。陛下」と、答えていた。その態度で、アントンはリアモス王が亡くなり、ソールが新たな王として即位したことを知った。

 尚更、なぜ自分を生かすのかと訝った。リアモス王の子である自分を生かしておいても彼にとって邪魔者にしかならないのではないかと。でも、全て悟っているような修道士長の言葉で戒められた。


「ここには亡きリアモス王の遺骸が眠っておられます。王は生前からここの修道士になることを希望されていました。しかしその夢は叶わず、亡くなる際にソールさまにお願いしたそうです。死後、こちらの墓地に埋めて欲しいと。我が子の罪は自分の罪。亡き後も我が子の為に魂はこの地で祈り続けるだろうと」


 修道士長は墓地に入り、ある墓の前にアントンを案内した。


「これは……!」


 アントンは身を震わせた。その墓は他の墓より離れてあった。しかし、墓にぐるぐると鉄の鎖が巻き付かれていた。異様な光景にアントンは息を飲んだ。リギシア国や、トロイル国では死後、皆の魂は裁かれて天国へと導かれると言われていた。このように墓を鎖で拘束するなんて聞いたこともない。

 大悪党でさえ、あの世で罪を悔い改めれば天国へと行けると言われている。それなのにこの墓はまるでそれを拒んででもいるようだ。


「罪人の証です。亡きリアモス王自ら、自分の罪は深いと認められました」


 アントンは膝から崩れ落ちた。修道士長は彼をその場に残し、墓地の外で彼を見守った。アントンは涙にくれた。その後、アントンは修道士として生きることとなる。父親の墓を守り続けながら。

 口数が少なく、自分のことをあまり語らなかった彼は、穏やかな一生を終えたと言われている。

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