第105話・生きた死人
その日、囚人の塔から死体が持ち出された。刑がたった今、執行されたのだ。死体は王命により毒杯を食らった男のものだ。薄汚れた幌馬車にそれは乗せられて、国外れの無人墓地まで運ばれることになっていた。
死体の名前はアントン・ガーラント。ガーラント将軍の息子であり、この国の近衛総隊長職にまで昇りつめた男の罪状は重く、父親が用意した毒杯を躊躇うことなく口に含み、絶命したという。
デニスは息子の死に一筋の涙を流し、死体となった息子を抱き上げると、この幌馬車まで運び入れた。囚人の監督人達はそこまで見届けると塔の中へ戻って行った。彼らの仕事はここまでだからだ。後は、罪人の父が死者にお別れを惜しもうが勝手にすればいいという判断で特に意味はない。
御者台には、黒のフード付きのローブを着た男が座っていた。デニスは、フードを目深にかぶった男に頭を下げた。
「くれぐれもお頼み申します」
「了承した」
デニスの言葉にそれだけ返すと、御者は馬に鞭をくれ、この場を後にした。がたごとと馬車は悪路を急ぐ。この辺りは滅多に人が来ないので道が整備されていない。幌馬車が揺れに揺れ、まるで荒れ狂う海の中みたいだ。などと御者が思っていると、背後から起き上がる気配がした。どうやらこの振動で相手は目が覚めたらしい。
馬車の揺れで御者の被っていたフードが脱げて、赤毛に精悍な顔立ちが露わとなる。御者は、ほくそ笑んで振り返った。
「やあ、どうだ? 色男。お目覚めの気分は?」
「……最悪だ」
すぐには返事が来なかった。御者と目が合った相手は気まずそうに顔を顰めた。死んだと思っていたのに死ねなかったのだから、さぞ無念なことだろうと御者は思った。
そのうち大通りに出て道はなだらかになった。国境が近い。相手が隣に腰を下ろしてきた。
「なぜ、あなたさまが自らここに?」
相手の疑問は当然だった。御者は笑った。
「俺がここにいちゃ悪いか? アントン。叔父上の最期の望みでおまえという死人をもらい受けることにした。それはフィオンもリギシアの王も、おまえの父も知っている」
「……!」
死人となったアントンは、怪訝そうな顔をした。
「私が飲んだのは毒杯ではなかったのか?」
「そうだったなら良かったけどな、これは叔父上の遺言でもある。俺としてはおまえなど処刑してやっても良かった」
「遺言? ではリアモス王は……?」
「おまえが連行されて翌日に崩御された」
「私のせいで……」
「自惚れるな。アントン。叔父上はもともと持病をお持ちだった。それが悪化しただけだ。おまえが刺したからその傷がもとで亡くなられたわけではないからな」
「ソール殿下」
自分よりも先に、リアモス王が亡くなっていたと知らされたアントンは呆然とする。その彼を忌々しそうにソールは睨んだ。
「叔父上はトロイル王家の中では誰よりも優しい御方だった。他人の痛みを自分のことのように考えられる御方だった」
「……」
「おまえも知っているとおり、俺の父は第二王子だった。母親は俺の父が気まぐれに手を出した女で、俺を身ごもったことが分かると、用はないとばかりに宮殿から追い出した。母は平民育ちだったが、未婚の身で妊娠した女は肩身が狭い。実家からも追い出されて行く当てがなく彷徨っていたところを叔父上に助けられた。叔父上の乳母の家で俺は産まれ、匿われて育ってきた」
ソールはリアモス王を慕っていたと言った。
「叔父上は武勇を誇るトロイル人にしては、体が痩せていてひ弱に見られがちだが、それは幼い頃から毒を盛られていて体が弱くなっていたせいだ。短命だろうと幼い頃から言われ続けてきたそうだ。その叔父上の少しでも力になりたいと思って俺は傭兵になった。そのまま傭兵で終わるかと思っていたんだが、亡き親父の側近が接触してきた。あいつらは、リアモス陛下は王の器ではない。あなたこそが王に相応しい。と、言ってきて実に馬鹿げていると思ったよ」
ソールは第二王子の側室の子で、反王制派勢力の一つ、第二王子派が彼を擁立しようとしていたのをアントンは聞いて知っていた。アントンは第三王子派の者達に、王太子の子と思わせて担ぎ上げられようとしていたのだから。
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