第97話 新生国家の歩む道

 

 クロフトの苦しげな言葉に、誠治は思い当たることがあり、口を開いた。


「クロフト。今のは『お前がエルフとヒトとのクウォーターだから、ヒト族のテレーゼとは結婚できない』と。そう言ってるのか?」


「ええ。その通りです」


 頷くクロフト。


「けど、魔王国じゃそんなの珍しくもないだろう。種族の差で言えばエルフより獣人の方がヒトと離れてるが、問題なく子供を作って家庭生活を営んでるじゃないか」


「それは魔王国だからですよ。基本的にヒト族の国では異種族交配は忌避されますし、まして五精霊教を信奉する国々では、禁忌と憎悪、排斥の対象です。このノートバルトの王族が異種族の血を入れたとなれば、それだけで他国との外交関係が成り立たなくなります」


「そんな、極端な……」


 怪訝な顔をする誠治に、クロフトは首を振った。


「残念ながら、それが現実です。––––それに国内でも、魔王国出身の僕が軍の要職に就くことを快く思わない層は、一定数いるんです。そんな僕と結婚すれば、彼女がなんと言われるか……」


 辛そうに吐き出すクロフト。


 『こいつはきっと、テレーゼへの想いと現実との間でずっと苦しんできたんだな』と。

 誠治はそう思った。


 大切な相手だからこそ、自分と一緒になることでいらぬ負担をかけたくない。


 世話になっているノートバルトにも迷惑をかけたくない。


 ––––そういうことなんだろう。


「むう…………」


 王を含め、誰もが考え込んだその時だった。


「だったら、誠意と行動をもって貴方の価値を示すしかないんじゃない?」


 ガチャリと扉が開き、もう一人の懐かしい顔が姿を現した。




「テレーゼ……」


 目を丸くして立ち尽くす優男に、つかつかと歩み寄る赤髪の王妹。


 彼女はクロフトの前まで歩いてくると、おもむろに両手を上げ––––


「ひてててててっ!!」


 クロフトの整った顔を、頬を、両の指でつまんで、うにょーんと引き伸ばした。


「ひょっ、やめへくらはい!」


 面白い顔で抗議するクロフト。


 その顔を見て「ぷっ」と噴き出したテレーゼは、手を離すとおもむろに未来の旦那に説教を始めた。


「二人のことを、貴方ひとりで決めないでほしいわね。私は誰になんと言われようと構わない。王家から籍を抜いてもいい。自分のパートナーは自分で決めるわ」


「っ……そうは言ってもですね。貴女が王妹である事実は変わらないんです。もし王籍から抜けて僕と一緒になれば立派なスキャンダルです。外交上著しく不利になるのみならず、国内の火種になるおそれすらあるんですよ?」


 必死で訴えるクロフト。

 だが彼の未来の妻は、一枚上手だった。




「それがどうしたのよ?」


「へっ?」


 狐につままれたような顔をするクロフト。


「火種ということなら、こうして独立した時点で十分燃え盛ってるわ。––––ねっ、『陛下』?」


「ぶふっ!!」


 突然話を振られ、お茶を噴き出す新王ヴォルフ。

 彼はゴフンゴフンとむせたあと、困ったような顔で妹の顔を見た。


「あの状態では仕方なかろう。いくらゲルモアに唆されたとはいえ、あの大侵攻(スタンピード)を仕掛けたのはヴァンダルク王だ。放っておけば遠からず因縁をつけてこちらに侵攻してきただろうよ。そうなれば我がノートバルトは魔王国の一部となる以外に存続できまい。ルシア陛下は我々に慈悲と救いの手を差し伸べてくださるだろうが、それでは我々が我々でなくなってしまう。ノートバルトがノートバルトであるためには、いかなる困難があろうと独立するほかなかったのさ」


 王の言葉は、不思議と皆の胸にすとんと落ちた。

 それは、ともに大侵攻を戦い抜いた者同士だからだろうか。




 やむに止まれぬ事情で自ら王となることを選んだ男は、未来の義弟に話しかけた。


「なあ、クロフト。君が言うことはもっともだ。全くその通りだと俺も思う。––––だけどな。テレーゼが言うように、もう賽は投げられたんだ。ノートバルトは独立を選び、魔王国と共にあることを選んだ。周りが敵だらけなのは承知の上。国内に様々な意見があるのも承知の上だ。今さら種族がどうのと言うのであれば、最初から魔王国と交流などしないさ。君とテレーゼが種族の違いを超えて夫婦になるなら、それは今後のこの国の在り方を示すモデルケースになると俺は思ってるぜ」


 王の言葉に、王だからこそ言えるその言葉に、クロフトは胸の奥が熱くなるのを感じた。


 そして王の言葉を、王妹が引き継ぐ。

 テレーゼは真っ直ぐクロフトを見つめ、微笑んだ。


「それでも貴方が『引け目を感じる』と言うのなら、貴方自身が自らの価値をこの国の者たちに示せばいい。貴方にはそれができると、私は思ってるわ」


「つまり、今回の戦いで戦果を上げろ、と?」


「戦果はどうだっていいのよ。片腕をなくしながらそれでもこの地に残り、魔王国との架け橋になろうと努力している貴方を認める人は大勢いる、ってことが言いたいの!」


 そう言ってテレーゼは背伸びをし、クロフトの唇に軽く唇を合わせた。


「「(ほぉおーーーー)」」


 その様子に、声にならない声をあげる、誠治と詩乃とラーナ。

 兄王も苦笑いしながら見守っている。


「まったく、君って人は……」


 クロフトは照れ混じりに視線を外すと、テレーゼの耳元に口を寄せ、囁いた。


「(今晩、時間をとってもらえますか? 渡したいものがあるので)」


「っ! ……もっ、もちろんよ」


 強気にそう言ったテレーゼの顔は、一瞬で耳まで赤くなったのだった。




 ☆




 その後、ヴォルフ新王から「また君たちを頼ることになってしまうが、どうかよろしく頼む」という言葉をもらった誠治たち。


 王との会談を終えた三人は、クロフトに案内され今度は大広間に向かっていた。


 大広間は先の大侵攻の際にも司令所として使われたダンスホールだ。

 誠治たちも何度となく足を運んだ思い出がある。


 が、今回訪れたその場所は、前回とはかなり趣きが異なっていた。


 誠治曰く「100年ほど時代を飛び越したよう」だったのだ。




 ☆




「おお……」


 その光景に、誠治は息を呑んだ。


 広間の扉を開くと、中では紳士淑女がダンス……もとい、情報士官たちが情報という名のパートナーと踊っていた。


「11月13日。敵A集団、ヴァルドシュタットを出発。ミッドノルデ街道に沿って北上中」


「0800、マ軍第3砲兵大隊、ザリークを出発」


「1130、ノ軍第2旅団第4歩兵連隊、ボーエルスハイム到着」


 室内には楽団の演奏よろしく、トト・ツー・トトトト……と、ヘッドフォンを被った通信担当士官たちの打鍵音が響く。


 ホール中央には巨大な地図が設置され、長い棒を持った参謀将校たちが通信担当から渡されたメモに従い、地図上に置かれた駒を動かしていた。


「魔信による情報集約と作戦立案か……。まるで20世紀の光景だな」


 誠治が感嘆の声を漏らす。


 独立前から少しずつ整備が進められていたノートバルトの有線魔信。

 魔王国の協力により、この数ヶ月でそれらの整備が一気に進められ、結果、このような光景となっているのだった。




「マキシム。連れてきましたよ」


 クロフトが声をかけると、手元のノートに何かを書き込んでいた一人の将校が顔をあげた。


 それは、誠治たちもよく知る人物。


「おお! 久しぶりだな、セージ、シノ!!」


 数ヶ月前に共に戦ったもう一人の戦友は、満面の笑みで勇者たちを迎えたのだった。







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くたびれ中年と星詠みの少女 「加護なし」と笑われたオッサンですが、実は最強の魔導具使いでした(WEB版) 二八乃端月 @hazuki-niwano

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