第96話 旧友との再会
☆
魔都セントルシアを出発した翌日の朝。
魔導飛行実験艦シュバルツシルトは誠治の力による高速巡航のおかげで、早くもノートバルト新王国の領域に達しようとしていた。
「カンタルナ山脈を越えたな」
誠治の言葉に、隣の席の詩乃と、横に立つラーナが同時に頷く。
カンタルナ連合魔王国とノートバルト新王国の間に横たわる、高く険しい山脈。
その山々を南に超えた先に広がるのは、広大な森林地帯『深淵の大樹海』だ。
今、シュバルツシルトの足元には、その大樹海を長い年月をかけて切り拓いて作られた一本の道が延びている。
魔王国と新王国を結ぶ森林街道。
つい先日までノートバルトでは極秘とされ、せいぜい馬車の商隊が行き来する程度だったその道は、今や2本の鉄路によって様変わりしていた。
「あれ、ひょっとして列車かな?」
下方の森林街道に動くものを見つけた誠治は、席から身を乗り出した。
彼の問いに、傍らのラーナが答える。
「たぶん、そう。兵員と武器弾薬を運ぶ列車だと思う」
わずかに煙を吐きながらその道を走るのは、長編成の魔導蒸気機関車。
行き先は、先の大侵攻(スタンピード)で一度は廃墟になった城塞都市ザリークだ。
大侵攻の後、ザリークには避難していた街の人々が戻り、ノートバルト王国の北の玄関口として、急速に復興が進んでいる。
客車に乗った魔王国軍兵士たちは、終点のザリークで下車し、徒歩で一週間ほどをかけて戦地となる予定のシュトラスベルク丘陵まで移動することになっていた。
「こうして空を行けることに、感謝しないといけませんね」
詩乃の言葉に、頷く二人。
「私が前回ヴァンダルク入りした時も、鉄道で山越えして森林街道の中程で馬車に乗り換えて移動したけど、とても大変だった」
「そうだな。下を行く彼らが無事に故郷に帰れるように、俺たちもやるべきことをやらないと、だな」
自分たちの任務の重要性を再確認した彼らが、ノートバルト新王国首都のノルシュタットに着いたのは、それから2時間後のことだった。
☆
ノルシュタット城の北の演習場に、白く輝く飛行戦艦が降下してゆく。
3ヶ月ぶり、2度目の寄港である。
前回来航時には大勢の観客で賑わったものだが、今回は戦争が迫っているとあって、見に来ている者は少ない。
とはいえ、ノルシュタットを救った勇者たちの帰還ということで、着陸地点には王の使者や軍関係者など、いくらかの出迎えの者が待機していた。
その中の一人。
ノートバルト王国軍のグレーの制服に身を包んだ隻腕の青年が、降りてくる飛行戦艦を見上げ、笑みを浮かべて呟いた。
「さて、みなさん元気にしてましたかね」
☆
ゴトン、という音とともに扉が開き、引き込まれていたタラップが下ろされる。
二人の兵士が先に降り、タラップ下に並んだところで、誠治たちに下船許可が出た。
「クロフト!!」
タラップを降りていた誠治は、出迎えのメンバーの中に懐かしい友人の顔を見つけ、たまらず声をあげた。
その声に、左手をあげて応える隻腕の男性軍人。
「セージ! シノ! ラーナも! お久しぶりです!!」
互いにかけ寄る友人たち。
3ヶ月前、ヴァンダルク王国の北半分を縦断する逃避行を行い、生死をかけてともに戦った戦友がそこにいた。
「皆さん、お元気でしたか?」
以前と変わらぬ笑顔で尋ねるクロフト。
そんな彼に、三人は頷いた。
「ああ。魔王国のみんなのおかげで、落ち着いた生活を送らせてもらってるよ」
「魔王さまにも、とてもよくして頂いてます」
「セージの隣の部屋で、シノと一緒に暮らしてる」
「おやおや! それは充実した毎日じゃないですか」
ニヤリと笑って、誠治の背中をたたくクロフト。
一体、何が、どう充実しているというのだろうか。
小一時間問い詰めたいと思った誠治は、クロフトの背中を叩き返す。
「そんなこと言って、お前の方こそどうなんだ? テレーゼとはうまくやってんのか?」
誠治がそう言うと、クロフトは「ぶっ」と噴き出した。
「かっ、彼女とはその……そういうのじゃないですから」
顔を赤くしながら、目を逸らすクロフト。
「何言ってんだ。怪我してから散々面倒みてもらってるじゃないか」
ニヤニヤしながら肘でクロフトの腹をうりうりする誠治。
「い、いや、あれはその…………断っても聞いてくれないというかなんというか……」
苦しい言い訳を続ける旧友。
一見優男に見られるクロフトだが、どうもこういうことには奥手らしい。
ノートバルト新王ヴォルフの腹違いの妹、テレーゼ。
ノートバルト魔術師団長ファルナーの副官である彼女は、3ヶ月前の大侵攻防衛戦で、黒竜の火球の直撃を受けそうになった。
そんな彼女を身を挺して守ったのが、ここにいるクロフトだ。
彼はテレーゼを助けることに成功したものの、火球の爆発に巻き込まれて全身を負傷。さらにその右腕を失うことになった。
そんな彼に責任を感じたのか、はたまた恋心を抱いたのか。
テレーゼは毎日のようにクロフトの元へと通い、かいがいしく彼の身のまわりの世話をしているのだった。
クロフトは、ごほん、と咳払いをする。
「まあ、その話は置いておきましょう。僕らは今『ノートバルトを救った勇者御一行を出迎える』という公務でここに来てる訳ですから、三人ともさっさとそこの馬車に乗ってください」
すました顔を作る旧友に誠治たちは、
「逃げやがった」
「話を逸らしましたね」
「……バレバレ」
即座にツッコミを入れた。
「ああ、もう! いいから、さっさと馬車に乗って下さいよ!!」
無理やりな笑顔のクロフトに追い立てられ、三人は用意された馬車に乗り込んだのだった。
☆
「おお、久しいですな。勇者どの!」
ノルシュタット城の応接間に通された誠治、詩乃、ラーナは、一時席を外していたクロフトと一緒に部屋に入ってきた口ひげの男性の歓待を受けた。
「お久しぶりです、新王陛下」
慌ててソファから腰をあげようとする三人。
「ああ、座ったままでいい。『陛下、陛下』と呼ばれているが、どうも慣れなくてね。こうして人目のないところでくらいは気楽にいきたいんだよ」
そう言ってソファに腰を下ろし、苦笑いする新王。
彼は傍らに立つ青年にも声をかける。
「ほら、クロフト。君もそんなところに突っ立ってないで、早く隣に座れ」
「隣って……さすがに陛下の隣というのは––––」
「どうせ義理の弟になるんだ。構わんだろうよ」
「ちょっ?! か、構いますよ! というか、そう簡単に仰らないでください」
人の悪そうな笑みを浮かべるヴォルフに、困った顔をするクロフト。
「こいつら散々人前で見せつけてくるのに、まだこんなこと言ってるんだぜ」
新王は誠治たちにそう言うと、大げさに「はぁ」とため息を吐いてみせる。
「はは……」と苦笑いする誠治たち。
「冗談はさておき、俺はお前なら妹を預けてもいいと思ってるんだがな」
そう言ってクロフトを見るヴォルフ王。
言われた優男は、どこか思い詰めたように吐き出した。
「僕だって、それが叶うならそうしたいです」
「叶うだろう。本人たちにその気持ちがあって、あれの親族である俺が『いい』と言ってるんだから」
「……王陛下。種族の違いというのは、この世界ではまだ非常に大きな意味を持ちます。まして王族ともなれば、内政のみならず、外交の面でもその影響は計り知れないのです」
俯いたクロフトは、そう言って拳を握りしめた。
☆いつも応援頂きありがとうございます。
いよいよ本日、本作の書籍版が発売になりました!
ここまで来られたのも、読んでくださる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
挿絵がたくさん入り、より読みやすくなった書籍版をぜひよろしくお願い致します。
近況ノートにてキャラデザを公開中です!
また本作については、こっそりコミカライズ企画も進行中です。遠くないうちにそちらの情報もお届けできるかと思います。
それでは引き続き、並行連載中の「ロープレ〜」ともども、本作をよろしくお願い致します。
(書籍版の紹介はこちら↓から)
https://kakuyomu.jp/publication/entry/2022070503
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