第10話 やらせ?それとも演出?

地上波のテレビ局の視聴率ほどアテにならないものはない。


 ビデオリサーチという民間の視聴率調査会社が

ある一定の極めて少ない割合の家庭に出向き、

その家庭のテレビに謝礼を支払うのと引き換えに

視聴率レコーダーを設置してその地域でどれくらいの割合の世帯のテレビが

どの時間帯にどの放送局にチャンネルを合わせていたかを

記録するだけのものだった。


 現代のスマートフォンによる

リアルタイムでどの人がどのコンテンツを、

どれくらいの関心を持って觀ていたかがデータとなって蓄積され、

そのデータを基に効率の良い広告が

各自のスマートフォンやPCに配信される時代となってしまった今、

既存のマスメディアの広告は効果測定が全く出来ずに

大金をドブに捨てるような代物に成り下がってしまった。


 この悪名高いビデオリサーチが集計する視聴率を、

大岩は買収した。


 ビデオリサーチの車は、会社のロゴをつけた車で

堂々と視聴率をカウントする家庭に赴くので、

大岩はその車の後をつけて視聴率カウンターが設置してある家庭を特定し、

その家庭の主人にこの曜日のこの時間にはサクラテレビを觀てほしいと

現金付きでお願いをしていたのだ。


これは明らかに選挙でいうところの公職選挙法違反であり、

あってはならないことだが、自分の立身出世のためには

ここまでする人間なのだ。


 そういった涙ぐましい努力が実を結び、

大岩は念願のゴールデンタイム番組のプロデューサーの地位を

手にすることが出来た。

 

 やっとの思いで手に入れた権力を易易と手放したくないのは人間の性だ。

大岩はこのリアリティー恋愛ドラマを盛り上げるため、SNSとの連係を模索し、

若者が番組を観ながらリアルタイムで反応できるTwitterに目をつけた。

当時のトランプ米国大統領がTwitterでアジって

世論を盛り上げていた事を取り入れたのだ。


 大岩の目論見通りだった。

10代、20代の男女が夢中になっているメディアは

もはや地上波のテレビ放送ではなく、

Instagram、Twitter、You Tube、Tik Tokだった。

サクラテレビは何とか往年の勢いを取り戻さないと、

このままでは、地上波は高齢者だけのメディアに落ちぶれてしまうという

危機感があったので、

今まで多くの実績を残してきた大岩の提案には決行する許可を

無条件で与えていた。


 今やサクラテレビの敵は、他のキー局ではなく

AntennaTVなどのインターネットテレビや

Netflixなどの世界的なコンテンツで攻勢をかけてきている動画配信だった。

これらのコンテンツは

全て個人のPCやスマートフォンを媒体としたインターネットとつながっていて、

各視聴者の好みなどのデータが取れるので、

各コンテンツに広告を出稿したいスポンサーにとっては、

大岩が一生懸命買収していたビデオリサーチのデータなんかとは

比較にならないほどの価値がある。


 ロハステレビの高視聴率を狙うには10代20代がいつもチェックをしている

Twitterで、ロハスハウスのアカウントを炎上させること。

このためには「やらせ」は必須だ。

大岩は、番組での演出の他に、

一部の視聴者にアルバイト代を渡してTwitterに炎上目的のツイートを上げさせた。

つまりサクラだ。


大岩は、春を使って番組を炎上させることにした。

もちろん春にその詳細は伝えない。

事あるごとに春についてのツイートをサクラたちに上げさせていくと、

自然と一般の視聴者も春の一挙手一投足に注目するようになり、

自発的に春についてツイートして行くようになる。

日本人はもともと同調圧力に弱い人種なので、

すぐに世論形成が完成してしまう。


ロハスハウス放送開始の頃は

「春の見た目にどうやったらなれるのかなあ。」

「俺の彼女がはるのような見た目だったら、週に7回抱けるよな。」といった

純粋に春の美しい見た目から、春のことを崇め奉ったツイートが大半だった。


 機は熟したと見た制作陣は、ここから春を一気にヒールに仕立て上げる。


「春ちゃん、今日の撮影ではさあ、サトルに右手の中指を立てて

“ファック・ユー’をしてくんない。

サトルって自分が3人の男の子の中で一番モテてるじゃん今んとこ。

だから調子こいてるかんじなんだよね。

サトルの言うことなすことでなんだかイラッときたら、

ファックオフ!やってね。いつでも何回でもいいからさ。」


と大岩から命令されたディレクターの寺井が、春に馴れ馴れしく指示を出してきた。


「えっ、寺井さん!それって演出を入れるってことですか?」

春は単刀直入に“ヤラセ”って言いたいのを我慢して、

“演出”に留めて寺井にやんわりとやりたくない意思を示してみた。


「春ちゃんも、サトルって調子に乗ってるって思わない?

ちょっとした演出はいるけど、

そっちの方が、ロハスのアカも盛り上がっていいよきっと。」


 サトルは、若者の街渋谷にあるおしゃれで偏差値も高い

私立大学の渋谷学院大学の4年生で、

大学3年生の時に起業し、その事業を軌道に乗せつつ

メンズファッション雑誌TinTinの読者モデルもやっているイケメンだ。

事業の成功でお金はうなるほど持っているが、

若者の間で流行っているシェアハウス利用して共同生活をやってみようと、

このロハスハウスの登場人物になりたいと応募してきた。

もちろん、事業の宣伝とモデル業の宣伝も兼ねてである。


サトルの事業のメンターはあのAntennaTVやAntennagamesを運営しているネット専門広告会社サイバーセンス社長の前田仁だ。

前田からの紹介でサトルはロハスハウスの出演が即決した。


サトル本人は、囲碁の達人ということもあり

沈思黙考型で分別があり礼儀正しい青年だが、

モデルをやれるほどのスタイル良さと甘いマスクをしていることもあり、

例によって大岩がサトルのキャラクターを操作しているのだ。


他の登場人物はお互いに全員が初対面なので、お互いの素性を知らない。

大岩の作ったキャラクターが本人の本当の性格だと思っている。


どこがリアリティー恋愛番組なもんか!


全ては大岩の演出によって

ロハスの出演者も視聴者も騙されているフィクション番組である。


「サトルくんにファックオフなんてするんですか?

私そんなキャラじゃないし、サトルくんのことも嫌いじゃないのに、

そんなことするのって、ある意味ヤラセですよね?」


「春ちゃん、何いってんの!テレビなんて全て演出ありの代物だよ。

報道だってああ見えて結構演出入れてんだよ。

そんなの気にしてちゃ視聴率なんて稼げないよ!」と鼻で笑った。


春は、平気で嘘をついて視聴者をだましているテレビ局の闇を感じた。


「テレビ局って平気でみんなを騙すんだね。

もしも世界中で戦争が起きたとしたら、視聴者を簡単に騙して、

都合の良い方向に持っていくことなんて簡単なのかも。」

と空恐ろしく感じた。


「ね、頼むよ春ちゃん!」と一生懸命懇願してくる寺井の眼鏡の奥の目は、

春に頼み込む姿勢とは裏腹に、全く悪びれていなかった。

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