第10話 最後の疑問

 ジョニーの運転によってレッド・マテリアル社の医療施設に戻ったウルフは、彼が最初に目覚めた地下施設へと向かった。


「やぁ、おかえり。復讐を果たした後の気分はどうだね?」


 薄暗い部屋の中でランディはウルフの帰還を笑顔で迎えた。彼は小さなテーブルに歩み寄るとワイングラス2つにワインを注ぎながら問う。


「晴々しくはないな」


「そうか」


 ランディは両手にワイングラスを持ちながらウルフの答えに返した。持っていたグラスの片方をウルフへと差し出して「乾杯といこうじゃないか」と言うが、対するウルフはワイングラスを受け取らない。


「その前に聞きたい事がある」


「なんだね?」


「どうして俺の復讐に手を貸した?」


 ウルフの問いは彼が目覚めた時から疑問に思っていた事だ。


 どうして自分の復讐に協力してくれたのか。ウルフとランディは全く面識がなかった。特別助けてもらえるような繋がりなんてありはしない。


「お前は慈善活動をするようなタイプには見えない」


 ウルフがストレートにランディへの印象を口にする。彼が言った通り、ランディは『企業の人間』だ。それも何万人と従業員を抱える企業のトップである。そんな人物が利益無しに事を起こすだろうか。


「なんと失礼な。まぁ、君の推測は正しいがね」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら笑うランディ。彼はグラスをテーブルに置くと、代わりにリモコンを手にしてボタンを押した。


 ウルフが見につけている外骨格が初めて登場した時と同じように部屋の壁がぐるりと回転。すると、姿を現したのは虹色に輝く巨大な宝石だった。


「マナストーンか」


「ああ。私の目的はこれだ」


 虹色に輝く巨大な宝石。これこそが全ての元凶。


 ウルフが妹を失くしたのも、彼が名前を捨てることになったのも、全てを失ったウルフにランディが手を差し伸べたのも。全てはマナストーンという存在に繋がる。


「前に言った通り、マナストーンとは希少な物だ。物の価値を正しく知らぬ悪党が持つには惜しい。それに、私は国際研究機構に出資もしているのでね」


「……これを研究者達の手に渡す為に?」


「ああ。だが、国際研究機構に属する研究者達じゃない。私のラボで働く研究者達のためだよ」


 結局、ランディもマナストーンという希少な存在を欲していただけ。悪党が破壊に使うためではなく、企業の利益を生むためか。どちらにせよ、ランディが世界の平和を願う聖人君子ではないというのは確かだ。


「君を助けたのはアガムやその一味を引っかきまわしてくれると思ったからだ。復讐という感情は驚くほど人の行動力を増幅させる。成し遂げた君のようにね」


「…………」


 ふふ、と小さく笑うランディ。全てを知っているかのような言い方だが、実際そうであったウルフは反論できない。 


「俺が連中と戦っている間にお前はマナストーンを追っていたんだな」


「ああ、そうとも。別働部隊というやつさ」


 ジョニーが会った『ランディの使い』という存在がそうなのだろう。大企業のトップともなればいくつも手札があるのは頷ける。


「利用した事、怒っているかい?」


 ランディはワイングラスの中にあるビンテージワインを口にしながらウルフへ問う。


 この世界に生きる人々の中には「利用される」という行為に嫌悪する人間もいるだろう。だが、ウルフは首を振った。


「いいや……。感謝している」


 利用されていたとしても、ウルフは復讐を遂げた。愛すべき家族を失って、その怒りと憎しみを犯人であるアガムにぶつけることができたのだから。


「そうか。まぁ、そう言うと思っていたよ」


 ふふん、と鼻を鳴らしたランディはワイングラスにワインを再び注ぐ。両手にワイングラスを持って、再びウルフへ近寄った。


「これからどうするか考えはあるのかね?」


 ランディの問いにウルフは沈黙する。これからどう生きるのか、どう生きていけばいいのか考えているのだろう。


 元の名前は失った。戸籍も死亡扱いになっていて存在しない。復讐を終えた彼は、この世界において『幽霊』と同義の存在だ。


 ウルフは黙ったままランディの顔を見ると、ランディはニコリと笑う。


「迷っているようだね。では、そんな君に私から新しいオファーをしよう。傭兵となって我が社と契約を結ばないかね?」


「契約?」


「ああ。君の才能を失うのは惜しい。魔導外骨格を使いこなせる人間は限られているのでね。我が社と契約を結び、私の元で傭兵として働かないかね? 報酬は期待してくれていいよ。なんたって、私は大金持ちだからねぇ!」


 あっはっはっは! と声を上げて笑い出すランディ。


 こんなヤツの下で働くのは果たして正しい選択なのだろうか。ただ、何もかもを失っている現状では最善の選択なのかもしれない。


「いいだろう。オファーを受けよう」


 ウルフは頷くとヘルメットを外して素顔を晒す。大きな傷が入った素顔と感情が消え失せたような表情は確かに傭兵として相応しい顔と言えるだろう。


「ふふん。そう言ってくれると思っていたよ」


 ランディはそう言いながら片方のグラスをウルフへ差し出す。二人はグラスを持って――


「これからよろしく頼むよ、ウルフ」


「ああ」


 二人はグラスをぶつけ合い、中にあったワインを一気に飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒狼:全てを失った男の復讐 とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化 @morokosi07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ