第9話 追跡

 研究所地下から地上へ戻ったウルフは研究所の正面ゲートを開放した。


 近くにあった箱の上に腰掛けて、体の痛みに耐えながらボロボロになったコートのポケットから信号弾入りの魔導拳銃を取り出す。それを空に向けて撃とうと構えたが、彼の耳に魔導車に搭載されているエーテル・エンジンの駆動音が届く。


 駆動音に集中すると、音はどんどんと近づいて来る。どうやら研究所に向かって来ているようだ。


 研究所内で派手に戦いすぎた。もしかしたら増援がやって来たのかもしれない。


 ウルフはすぐに身構えながら近づいて来る駆動音に集中し続けるが――やって来たのは見覚えのある軍用車だった。


「ヘイ! ウルフマン! 乗れよ!」


 ウルフの目の前で停車した軍用車の運転手はジョニーだった。ここまでウルフを乗せてきた運び人だ。彼は窓から上半身を出すとウルフに向かって「早くしろ!」と催促を繰り返した。


「どうした? まだ信号弾は撃っていないが?」


 後部座席に乗り込んだウルフはジョニーに問う。


「あんたのボスが出した使いから連絡があった! あんたが研究所をぶっ潰したから迎えに行けってな!」


 経緯を説明するジョニーの声音には、軽口を叩いていた行きと違って真剣さがあった。アクセルを踏みながらハンドルを回転させる動作も素早く、どうにも急いでいるように見える。


 ただ迎えに来ただけであればこうはならないだろう。


「んで、あんたらが追ってる悪党の位置が判明! 悪党が逃げ出したから、あんたを乗せて追いかけろとよ! まったく無茶言うぜ! まぁ、依頼料は倍にするって言われちゃ受けないわけにもいかねえよな! HAHAHA!!」


 魔導車を切り返し、来た道に向かってアクセルをベタ踏み。ジョニーは下り坂の多い山道をアクセル全開で駆け抜けて行く。


 ガタンガタンと車体が何度も浮くが、ジョニーは決して道からタイヤを踏み外す事は無かった。転落防止の柵すら設置されていない急カーブも華麗なドライビングテクニックで難無くクリアして、トップスピードを維持し続けた。


「あんたらが追ってる悪党は国境を越えてジルダニアに入る気だとよ! あの国は戦争中で無法地帯だからな! 逃げ込む先としちゃもってこいだ!」


 ジルダニア国はガーランド国と陸続きの隣国だ。現在、他国と戦争中でジルダニア側の国境警備はザルである。戦争の状況としては国境警備に人を割くくらいなら前線に人員を投入したい、それくらい切羽詰まった状態。


 となれば、ガーランド国側の警備を強引に突破してジルダニア側へ進入してしまえば良い。


 国境警備を行うガーランド国軍は戦時中国家の領土内へ迂闊に入れないし、戦争中の国に軍が無許可で侵入してバレたら大問題になる。


 ガーランド国軍がアガムの悪事に気付いてアガムを追おうにも、問い合わせ先であるジルダニアは戦争中でそれどころじゃない。アガムがジルダニアへ入ってしまえば正攻法で追うのはほぼ不可能だ。


 加えて、世界的企業であるレッド・マテリアル社もジルダニアへ足を踏み入れたと公になれば「国を支援する気か?」と火に油を注ぐような事態になる。


 ガーランド国内でアガムを仕留めなければウルフの復讐は先送りになる可能性が高い。ランディはそれを察知してジョニーに急ぐよう命じたのだろう。 


「理由は分かったが、使いとは誰だ?」


「ああ? あんたと同じような恰好しているヤツだったぜ。声からして女っぽかったが」


 知らないのか? とジョニーはバックミラー越しにウルフの顔を見た。


 言われたウルフも自分と同じような存在がもう一人いるなど聞いていない。ランディの部下なのか、それとも違うのか。今言える事はそのもう一人の人物が『ウルフを監視していた』という事だろう。


 だが、そんな事実が判明してもウルフにとっては関係無しといったところか。彼としては復讐を遂げられれば何でもよい。


 ジョニーが運転する軍用車は山道を脱して国道に出た。そのままジルダニアとの国境方面へと爆走を続け――


「あれだ! 見えた!」


 フロントガラスの先に4台の魔導車が見えた。先にいる魔導車はジョニーが運転する軍用車と似たタイプで、砂色のカラーリングが施されていた。


 荷台には魔導機関銃が設置されており、傭兵団が用意した戦闘用魔導車なのだろうと一目でわかる。


「よっしゃ! 近づいてやるから全員ぶっ飛ばせ! じゃねえと俺が金貰えねえ!」


 アクセルベタ踏みで追いかけるジョニーはハンドルを握り直しながら叫ぶ。


「武器が無い。片手も使えない状態だ」


 だが、ウルフの状態は満身創痍。対装甲車用の装備は持っていないし、あるのは愛用のブレードと右手に備わった内蔵魔導兵器くらいだ。ただ、これらで装甲車4台を相手するには心許ない。


 しかし、ウルフの言葉を聞いたジョニーはバックミラー越しに「ニッ」と笑う。


「安心しなよ、兄弟。俺はサービス満点の男だぜ!」


 そう言いながらジョニーは運転席側にあったボタンを押した。


 すると、トランクとの仕切になっていた後部座席の背もたれがバタンと倒れた。


「トランクにある一番大きなケースを開けな! ご機嫌なモンが入ってるぜ!」


 銀色のやつだ! と叫んだジョニーの言葉を頼りにウルフはトランクにあった銀色のケースを引っ張り上げた。


 ケースを開けると対装甲車用に作られた魔導重火器が。エーテル式の爆発物を撃ち出す物で、弾となる爆発物を回転式チャンバーに収めたタイプ。簡単に言えばエーテルを燃料として作られた爆発弾を飛ばすグレネードランチャーである。


 本体の他には密封ケースに収納された予備弾も用意されていて、ジョニーの言う通りサービス満点と言えるような準備具合。いや、運び屋であっても戦う場合があると想定して用意していたのかもしれない。


「それなら片手でも撃てんだろ! 野郎共のケツに火を点けてやんな!」


 やっちまえ! と叫びながらジョニーは運転席真上にあったロックボタンを押した。すると、ルーフの一部が開いて外に身を出せるようになる。


 ウルフはそこから上半身を晒し、ジョニーを前に行かせないようブロックする敵車両に向かって発砲。ポンと軽快な音を鳴らしながら撃ち出されたエーテル・グレネードが車両の上を通過してボンネットの上に落ちた。


 ボンネットの上にコツンと当たった瞬間にグレネードは大爆発を起こす。当然、爆発の直撃を受けた車両はボンネット側にあったエーテル・エンジンを吹き飛ばして大破。車体全体が炎に包まれながら前方宙返りのように空を舞った。


 勿論、乗っていたセイバーの傭兵達も一緒に。車体と一緒にあの世行きだ。今頃は地獄までの道のりを魔導車で向かっている頃だろう。


「FOOOO!! あんた、良い腕してるぜ! 見たか!? 乗ってた傭兵が丸焼きのチキンみたいになってやがった!」


 ウルフの腕前を賞賛しながら、傭兵の死に様に大笑いするジョニー。彼は行く手を阻んでいた邪魔者がいなくなると、最後尾の車両を追い越してアガム一行と並走を始めた。


 しかし、相手もやられっぱなしじゃない。荷台にあった魔導機関銃の銃座に傭兵が座り、並走を続けるジョニーの魔導車に向けて射撃を開始し始めた。


「ヘイヘーイ! そんな豆粒の連打じゃ、うちのティファニーを傷付けられねえぜ~?」


 なんと魔導機関銃から発射されるエーテル弾の直撃を受けてもジョニーの愛車『ティファニー』は傷一つ付かない! 


 予め言っておくが、傭兵達が使っている魔導機関銃がショボいというわけじゃない。しっかりと兵器メーカーが製造した純正品で品質保証もされている。効果にご満足頂けない場合、2週間以内であれば返品も可能なヤツである。


 だが、ティファニーの肌はそれよりももっと優れている特別製らしい。ジョニーは窓越しに笑いながら、銃座に座る傭兵に向かって中指を立てた。


「ウルフマン! 終わらせちまいな!」


 ジョニーの叫びに応じて、ウルフは並走する3台のうち、先頭車両に向かってグレネードランチャーを放つ。


 先頭車両が爆発を起こすと真後ろを走っていた一台がハンドル操作を誤って横転、最後尾にいた車両は爆発した先頭車両の残骸と横転した車両を避けるも、ウルフの攻撃を受けて爆発した。


 3台とも無力化すると、ウルフの「停めてくれ」という要請に応じてジョニーは急ブレーキを掛けながら停車する。


「すまないが、銃はあるか?」


「ああ、これを使いな」


 ウルフがジョニーに問うと、ジョニーはダッシュボードの中にあった旧式の魔導拳銃を取り出した。グレネードランチャーと同じく回転式チャンバー方式の拳銃だ。もしかしたらジョニーはリボルバー愛好家なのかもしれない。


 とにかく、ウルフはリボルバーを受け取ると外に出た。


 まずは爆発した先頭車両に近付き、中を覗き込むが死体は燃えていてアガムかどうかは判別できない。


 次に横転した車両に近付こうと足を向けると、横転した車両の後部座席ドアが開いた。中から血塗れになった腕が伸び、縁を掴んでいる様子から中にいる者が外に出ようとしているようだ。


 ウルフはそれに近付き、横転していた車両の上に飛び乗った。伸びていた血塗れの腕の持ち主が誰なのか確認すると――


「き、さま、は……!」


 腕の持ち主はアガムだった。彼は頭に怪我を負ったのか、血を流して荒い息を繰り返す。下半身が挟まれてしまっているようで簡単には脱出できない状態にあった。


 逃げ場を失ったアガムはウルフを見上げ、対するウルフは憎き相手の顔を見下ろしながらジョニーから借りたリボルバーをアガムへ向ける。


「どうして仲間だった者達を殺した?」


「仲間……?」


「どうして隊のメンバーを殺したんだ? どうして関係のない家族も巻き込んで殺したんだ!!」


 ウルフの脳裏には元気に笑う妹の姿が浮かんでいたに違いない。愛すべき家族、たった一人の家族であった妹はこの男に殺された。


「どうして、だと……? そんな、もの……。計画のためならば、小さな犠牲に過ぎない……! この国を変える為の小さな犠牲だ!」


 アガムがウルフに言い返すと、それを聞いていたウルフは小さな声で「妹は……」と零した。その呟きを拾ったアガムがハッと何かに気付いたような表情を浮かべる。


「そう、か、貴様は――」


 アガムは「妹」というワードでウルフの正体に気付いたのだろう。


「その男は死んだ」


 だが、アガムがウルフの「名前」を言う前に向けられていたリボルバーからエーテルの弾が発射された。発射された弾はアガムの額に当たり、頭部を撃ち抜かれたアガムの上半身から力が抜けて倒れた。


「…………」


 死体となったアガムを見つめるウルフ。確かに彼が言った通り、妹を失った男は既に死んでいるのだ。


 もうこの世にはいない。いるのは黒い魔導外骨格を纏った『ウルフ』だけ。


 ウルフは横転した車体から飛び降りると背を向けてジョニーの待つ方へと歩いて行く。ジョニーの魔導車に乗り込むと、無言でリボルバーを返却した。


「もういいのか?」


「ああ」


 一部始終を見ていたジョニーは何かを察したのか、これまでの軽口は鳴りを潜めてしまう。その場から立ち去る魔導車の中には静寂が満ちていた。


 帰り道の道中、ジョニーはチラチラとバックミラー越しにウルフの顔を窺う。何か言いたいように口をパクパクとするが、やはり言えないといった様子。


 ガタンガタンと揺れる魔導車の音とエンジン音だけが鳴り響き、車内には重苦しい雰囲気が漂っていたが……。


 走り出してから15分程度経って、ようやくジョニーは決心したようにウルフへ声を掛ける。


「なぁ、トイレ寄っていいか? もう漏れそうだ」

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