少しだけ暗くなります

@aikawa_kennosuke

少しだけ暗くなります

私はとある不動産会社に勤めていて、毎日営業で外回りをしています。

あれは11月ごろ。

少し肌寒くなってきた時期でした。

その日の2件目のアポイントを終えて、昼食をとろうと、近くの某ハンバーガーショップに入ったんですね。


午後1時を回ったころでしたが、結構混んでいました。

3分ほど並んでバーガーとポテトとドリンクのセットを買いました。

商品はすぐに出てきましたが、空いている席が見つかりません。



おろおろしていると、店員に声をかけられました。


「お客様、お席は上の階にもございます。」


そのハンバーガーショップはビルの1階にカウンターを構えていて、客席も30人分くらいあったのですが、ビルの上の階にも客席があるようです。

他の店と少し違うのは、少し階を飛ばして、5階部分に客席があるという点でした。

なんだか面倒くさいな思いつつ、トレイを持ってエレベーターの前に立ちました。


エレベーターの前には、背が高く恰幅の良い男性の店員も立っていました。

名札には「店長」とあったので、店舗の見回りをしているのだろうと思いました。


エレベーターが降りてきて、私と店長が乗ると、後からトレイを持った1組のカップルが入ってきました。

若いカップルで、大学生くらいかなと思いました。


店長が全員5階へ向かうことを確認すると、エレベーターが上がっていきました。

動き始め、ギイィィィィと嫌な音がしたものですから、少し不安を感じたのを覚えています。



で、その後です。

3階を通過した辺りでしょうか。

突然、ガン!という大きな音がして、エレベーターが止まってしまったんですね。


カップルの女性の方は短く悲鳴を上げて、男性の方にしがみついていました。

男性は「大丈夫、大丈夫」と声をかけていました。

私も突然のことで驚き、隅にしゃがみ込みました。



しかし、店長の男は階のボタンの前に立ったまま、微動だにしていませんでした。

そして彼がこうつぶやいているのが聞こえました。



「はあ、またかよ。」



店長の男はこちらに振り向くと、無表情に

「安心してください。すぐに動きますから。」

と言いました。




それを聞いて、私は、

ああ、これはよく起こることなんだ。

すぐに無事に出られるんだ。

と思い、ほっとしました。



「ただ」



店長は前に向き直り、こう続けました。




「これから少しの間、暗くなります。できるだけ音を立てないで、じっとしていてください。」



カップルの女性の方が、

「え?」

と怪訝そうな声をあげました。


「暗くなる、って。」

と男性の方も首をかしげています。


私もどういうことなのかさっぱり分かりませんでした。



すると、店長の言ったとおり、エレベーター内の照明が消え、真っ暗になりました。


その瞬間、女性はけたたましい悲鳴をあげました。

男性も

「おい!大丈夫なんだろうな!」

と店長に向かって叫んでいました。



「だから、静かにしていてください。少しの間だけですから。さもないと」

店長がその先を言いかけると、エレベーターの上の壁、その中心に白い光が現れました。

その光はだんだん濃さを増していきます。


「なんか照明が変だよ。」

女性が震える声で言います。 


「いや、これは」

男性はその先を言いませんでしたが、

おそらくこう言いたかったのでしょう。



照明じゃない。照明じゃない“何か”だ。



その光のような何かは、道路にあるマンホールくらいの大きさの円になりました。

エレベーター内が薄く照らされ、4人の姿が薄っすらと見えます


そして、どこからともなく、妙な音が聞こえてきたんです。

私は最初、猫の鳴き声のように聞こえました。

カップルもその異変を感じ、静かに耳を傾けているようでした。


その鳴き声のような音は次第に大きくなってきます。

いや、正確には、どんどんこちらに近づいてきているような、そんな感じでした。



「キャアアアアアアアア!」



突然、女性が悲鳴をあげました。


男性も

「なんなんだよ!あれ!」

と声を荒げ、上を指さしています。


あの白い光を見上げると、私の全身の血の気がひきました。



いつの間にか、あの白い円の中に、大きな二つの目が覗き、その下にさらに巨大な口がにんまりと弧を描いていたのです。


ぎょろぎょろと動く目の中の瞳は真っ黒で、エレベーターの中を見回しています。




女性は泣きながら悲鳴をあげ続けています。

男性は「どうなってんだよ!」と店長に向かって叫んでいます。

店長は依然とボタンの前に黙って立っていました。


天井の白い顔はカップルの方を見ると、目を少しだけ細めて、巨大な口を開いて、あの鳴き声のような音をともない壁伝いに移動し始めました。


そのまま滑るように移動してくるそれを見たカップルは二人してさらに大きな悲鳴をあげました。

それを聞いた白い顔は、口がさらに吊り上がったように見えました。




近づいてくるそれから少しでも離れようと、男は女性の手を引いて反対側の隅へ移動しましたが、顔はそれに構わず追ってきます。

いつの間にか落として、散乱しているポテトフライやドリンクの下も移動してきます。

男が呆然としている私を突き飛ばして別の隅へ移動しても、それはぎょろぎょろと目を動かして彼らに迫ってきていました。



「た、助けて!!」

気付くと、女性の足もとに顔が移動していました。

そして、その大きく開いた真っ黒い口の中に、女性の足が沈んでいました。


「やめろよ!!」

男の方も懸命にすがりつく女性を救おうとしていました。


しかし、突然その口がさらに巨大化したかと思うと、二人は落とし穴に落ちていくように、口の中に落ちていってしまいました。

真っ黒の口の中から、二人の悲鳴が響いていました。


その顔は口を閉じ、満足げな笑みを浮かべたかと思うと、すーっと消えていきました。






気付くと、照明の戻ったエレベーターの中で、私は尻もちをついていました。

店長の男は散乱したポテトやバーガーを片付けていました。


「大丈夫ですか?」

と店長に声をかけられ、私はよろめきながら立ち上がりました。


しゃがんで片付けを続けている店長に、

「あの、さっきのは一体なんなんですか?」

と訊きました。


彼はこちらを見上げると、

「さあ。」

とだけ言いました。



チーン!

と音がして、エレベーターが開きました。

エレベーターは無事に動き、5階へ到着したようです。



店長から、落としてしまった分は再度無料で注文を受けるという説明を受けた後、呆然とした状態で5階のフロアにそのまま降りました。


あれは、暗闇でパニックに陥った脳が見せた幻覚なのだろうか。

そんなことも考えましたが、

エレベーターの床に散乱していたおよそ3人分のバーガーやポテトは、あのカップルがたしかに居て、そして消えてしまったという事実を突きつけてきました。



私はそのまま店を後にしました。


もちろんエレベーターは使わず、階段で1階まで下りました。


あの顔は一体何だったのでしょうか。そして、あのカップルはどこに行ってしまったのでしょうか。


あれ以来、私はエレベーターに乗ることができません。


いつあの不気味な鳴き声がして、白い顔が出てくるかわかりませんから。








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