第4話 セイティアの家はどこ?

 アーマードゴーレム修理工房に定評のウィルゲイズ工房の主人、ガンテツ・ウィルゲイズはスクラップと化したサイファー以上にカナタが拾ってきた青いアーマードゴーレムメテオライトに夢中になっていた。


 山火事の事の顛末を聞きにきた村長も一緒になってメテオライトをあちこち眺めている。


 内部機構の解析という事で外装は引っ剥がされ、あちこち剥き出しの状態にされておりカナタの話などまるで耳に入っていない様子だ。



「凄い、凄いぞこのマシンは! フレームとマッスルシリンダーの柔軟性、ジェットノズルの出力、無駄のない機構、ニューロンネットワークのきめ細やかさ!! そして見たこともないエンジン!!」

「確かに見事な業物じゃのう。これほどのゴーレムは長年生きてきたが見たことがないわ」

「で、セイティアの今後の身の振り方を考えてほしいんだけどさ……聞いてくれよ」



 セイティアはアーマードゴーレム工房など見たことが無いので、あちこち興味深そうに眺めている。工房を見たことがないという事は、軍事関係とは無関係の人間という事だろう。



「何だ、カナタ……今はそれどころじゃないだろう。こいつはオリジナルゴーレムかもしれんのだ」

「それどころだろ! 記憶喪失な上に身元不明の女の子が目の前にいるんだ!!」

「うむむ……言われてみれば確かに、器量も良いし放っておいたら事件に巻き込まれるかもしれん」



 もう既に事件だろこれ、などという無粋なツッコミを入れず会話を進めようとするカナタだが分かっている事があまりに断片的だ。



「まず、その女の子……えぇと、なんと言ったか?」

『セイティア・アンディールです。私が名付けました』



 唐突に会話に割り込んでくるメテオライトにまだ耐性が無い老人たちはビクッ!と体を震わせた。

 

「本当に喋りおるんじゃのう、このアーマードゴーレムは」

『メテオライトです、マスター・カナタ様が名付けてくださいました』

「空がピカッと光って島に堕ちたからメテオライトか、安直なネーミングだな」

「別に良いだろ、俺のネーミングの話は。それよりセイティアの話だ」

「確か、メテオライトのコクピットに閉じ込められておったんじゃな」



 セイティアの置かれていた状況はあまりに不自然だ。

 

 アーマードゴーレムに触れた事もないような女の子がコクピットに閉じ込められていた。


 そのアーマードゴーレムがどこから来たのか? 天空から落ちてきた。


 天空から落ちてきた、という事は天空に浮かんでいる何かから落ちてきたのだろうが。その天空に浮かんでいるという何かが思い浮かばない。


 そもそも天空には星が浮かんでいるだけで、他には何もないのだから天空から落ちてきたという状況はあまりに不自然だ。



「ルキアルド帝国が天空を飛ぶ艦を建造していたのではないか?」

「それはどうかな、天空に達するほどの高度だと熱で分解されちまうんだろ? いくら装甲で覆っていたとしても……」

「じゃが、メテオライトは天空から落ちてきた。そして無傷じゃ……メテオライトとこの子は神様の使いなのかもしれんのう」

「神様か……そんなのいるかな?」



 カナタがいるのかいないのかフワフワした存在に想いを馳せつつ、興味深げにあちこち見ているセイティアを眺める。


 女子の顔をまじまじと眺めるのは失礼にあたるのであまり見ないようにしていたが、よく見ると……よく見なくても美少女だ。



「セイティアってさ、なんでフード被ってるんだ?」

「何でですか?」

「その、何となくだけど」

「うーん、そういえば何でですかね? 



 可愛いのにもったいないだろ? なんて素直に言葉をぶつけたらセイティアがびっくりしたり、ジジイどもに冷やかされるかもしれない。


 なので、カナタなりに悟られないように言葉を選んで声をかけた。



「人前だし、顔を隠してるわけじゃないなら頭を出した方がいいと思う」

「ふーむ、それもそうですね」



 セイティアがフードから頭を出すと、栗色のショートジャギーのヘアスタイルの美少女の尊顔が露わになる。


 瞳の色は桃色と紫の中間といった色合いで、顔立ちはやや幼いが村長の言う『器量の良い』女の子だ。



「おお……」



 カナタは思わず声を漏らす。


 この辺境フェノシア村にもカナタと同世代くらいの女の子は数十人いるが、これほどカナタ好みの顔立ちの子はいないかもしれない。


 思わずセイティアをまじまじと見てしまい、セイティアはそのリアクションにどぎまぎしている。



「ただいま〜……」



 裏口からカナタの幼馴染、リココ・アンアップルが入ってくる。


 リココも目つきはやや怖いが愛らしい顔立ちと可愛らしい声で男子から一定の人気がある。


 そんなリココとほぼ一つ屋根の下に近い形で生活しているカナタは同世代の男の子達からしたら羨望の的だ。



「ココ、お帰り」

「ただいま……って、何これ? 新しいアーマードゴーレム?」

「いや、物凄く古いアーマードゴーレム……かもしれない」

「どういう事? この子、依頼者? っていうか、なんで村長がここにいるの?」



 滅多に人をニックネームで呼ばないカナタがリココを『ココ』と呼ぶほど親しくしているが、リココに対して異性という目で見ていないフシがある。


 リココはそんなカナタが面白くないし、カナタも良くも悪くも素直な性分なので不思議と異性を惹きつけるのでそれはもっと面白くない。


 リココ自身は何故そんなカナタに対して「面白くない」という感情を抱いているのか理解していないようだが——



「この半裸のマシンはメテオライトだ」

『こんにちは、メテオライトです。カナタ・ウィルゲイズ様とパイロット契約をしたアーマードゴーレムです』

「えっ!? 喋るの!?」

「ああ、どういうわけか喋る」

「喋るアーマードゴーレム初めて見たわ……」



 リココが工房に入ってきたのを見て、セイティアは軽やかに駆け寄ってくる。



「初めまして! 私、セイティア・アンディールって言います!!」

「あ、うん。リココ・アンアップル……です」

「セイティアちゃん、もしくはセイティアって呼んでください!!」

「アッハイ」



 セイティアは同世代の女の子に会えて嬉しいのか、手を強く握りブンブンと上下に揺らしている。


 リココは人見知りが激しいため、セイティアのグイグイ迫ってくるこの感じに戸惑っている。



「ココ、セイティアは記憶喪失なんだ」

「その割に明るくない!?」

「はいっ! 記憶喪失です!!」

「明るくない!?」



◆◆◆◆◆◆◆



 セイティアの今後はフェノシア村で生活しながら仕事を探しつつ、ハイスクールに通うリココから一般常識を習うというところで落ち着いた。


 しかし目先の問題であるセイティアの寝床をどこにするかという問題だが、取り敢えずウィルゲイズ工房の空き部屋に住まわせるのはどうか? というところで落ち着きそうになったものの——



「セイティア、本当に大丈夫だと思う?」

「大丈夫です!! 私、家事とかお料理とかにも挑戦します!!」

「そういう問題じゃなくて〜〜!!」



 リココはセイティアとカナタが一つ屋根の下で生活するのが心配でならないのだ。


 セイティアはリココの目から見ても可愛いし綺麗なので、カナタからえっちな目で見られないか? 手を出されるんじゃないか? と、心配されているのだ。


 だが、セイティアからしたらそんな事は知らない。というか、どうにも性的な事に関心が無いらしく知識も乏しいように見える。


 なら尚更、セイティアをカナタに近づける訳にはいかない。



「もしお風呂を覗かれたら大変よ!? 裸を見られちゃうの!!」

「それの何がおかしいんですか?」

「いや、覗かないってココの風呂を覗いたり裸を見たことないだろ?」

「それは……でも、私に興味がないだけでセイティアには違うかもしれないじゃない!!」

「ココもセイティアも美人だろ、例えば何が違うんだ?」



 カナタもカナタで女子と接する機会が無いせいで恋愛経験値が低過ぎる。


 あの子が可愛いとかこの子が可愛いとかそんな話はするので、カナタも恋愛に興味がないわけではないはずなのだが……。



「例えばその……ローブ着てるから目立たないけどこの子、おっぱい結構大きいわよ!!」

「な、何ィ!?」



 カナタも思わず驚いた。ただでさえ童顔なのにショートヘアという幼さが際立つ風貌なのに胸があるというのか!?


 いや、実際にぴょこぴょこ跳ね回るように歩いていて地面に着地する瞬間に胸元が揺れている。


 カナタは考える、実際どのくらいあるんだ?


 ローブを着ているから分からないが、平均的なサイズの子よりは大きめなのだろう。



「いや、むしろセイティアの胸がというより……リココの胸が薄過ぎると思うんじゃが」



 リココ・アンアップル16歳。金髪碧眼のポニーテール美少女。


 14歳で魔導研究所への入所を認められ、魔導術とスカイストリームの関連性の研究でマリナデール国の研究賞を得るほどの天才。


 才色兼備のパーフェクトガールとして同世代の女子の憧れなのだ。


 だが、一つだけ彼女にはコンプレックスがあった。


 そう、それは16歳という結婚可能な年齢になっても全く膨らまないまな板のように薄い胸である。



「誰が……貧乳だああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 抉りこむようなアッパーカットが不用意な発言をした村長の腹に突き刺さり、浮き上がる。


 その瞬間、村長には自分の身に何が起きているのか理解出来なかった。


スローモーションの世界に飛び込んだように身体がフワリと浮き、高度が頂点に達したところで一瞬で地面へと叩きつけられる。そんな感覚だ。



「ココ! 老人に暴力を振るうなんてダメだろ!」

「問題無いわ、最近治癒魔法を極めたの。エキスパート認定証もある」



 リココは地面に叩きつけられてノビている村長に治癒魔法をかけ、ダメージを受けた部位を細胞レベルから再生していく。



「暴力振るう奴が治癒魔法のエキスパートなの、普通に考えて怖いんだが」



 要は治せば良いんでしょ? と、人を殴る人間とか何をしでかすのか分かったものじゃない。


 とはいえ、リココも若い頃から社会経験を積んでいるので越えてはいけない一線くらいは心得てるだろうが……。



「カナタはおっぱいが大きい人が好きなんですか?」



 話の流れでふと疑問に思ったのか、セイティアはカナタに質問を投げかける。



「え、いや……まあ、うん」



 そのカナタの返答にリココの突き刺すような鋭い視線を感じたが、相手にするだけ面倒なので敢えてスルーした。


 カナタが質問の意図に困っていたところ、セイティアは満面の笑みでこう言った。



「じゃあ、カナタさんには胸を好きなだけ触らせてあげますね!!」

「〜〜〜〜!!!!!!」



 カナタとリココは言葉にならない叫び声を上げたが、リココは正気に戻り叫ぶ。



「セイティアは工房に住むの禁止〜〜〜〜!!!!!!!



 セイティアの住処はリココが寝泊まりしている手作りのプレハブ小屋に決まった。

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